第015話 灼熱の魔剣
入学式が終了した直後。
大講堂の外で、わたしは一人の少年に呼び止められた。
「待てッ! ヴィータヴェン辺境伯令嬢!」
燃えるような赤髪に、意志の強そうな瞳。
アラン・バーンズと名乗った彼は、公式の決闘用装備である白銀の全身鎧を身に纏っていた。
今朝、正門でわたしが『ご指導』したグレビル伯爵令息の従兄弟らしい。
バーンズ家、ね。
わたしはオルガ先生によって叩き込まれた貴族年鑑と最新の情報とを検索する。
何人もの高名な騎士を輩出している、中央領地の貴族には珍しい『武』を重んじる家柄。
確かにわたしと同年の子息がいたはずだ。
貴族院騎士科の期待のホープ、目の前の彼がその人なのだろう。
ただ、今朝の出来事と目の前の熱血正義漢の存在が妙に噛み合わない。
グレビル伯爵令息からあることないこと吹き込まれて巻き込まれたのだろう。
お気の毒なことだ。
「貴様の振る舞いは、騎士道精神に反する野蛮なものだ! その歪んだ性根、僕が公式の決闘で叩き直してやる! 申し出を受けろ!」
入学式早々の決闘申し込み。
しかも、相手は騎士科の期待の星。
周囲の新入生や在校生たちが、色めき立たないはずがない。
わたしは鉄扇で口元を隠し、ニヤリと笑った。
「あら、熱烈なアプローチですこと。野蛮なのはどちらかしら? ……でも、売られた喧嘩を買わないのは、辺境の流儀に反しますわね」
わたしは鉄扇をパチンと閉じ、挑戦状を受け取った。
「お受けしますわ、バーンズ様。……場所は、闘技場でよろしくて?」
帝都に来る前は「領主科に入学するわたしには縁がない」などと思っていた『決闘』が、入学初日から転がり込んできたのだった。
◆◆◆
貴族院には、戦闘科目の実習の為、古代魔法文明の遺産を利用した巨大な円形闘技場が備わっている。
通称『決闘場』。
その観客席は、入学式から流れてきた生徒や教師たちで既に満員御礼だった。
『辺境の野蛮な令嬢』対『騎士科のホープ』。
字面だけを見れば、最高に悪趣味な見世物だ。
貴族院に在籍するのは子弟とはいえ面子を第一義にする貴族に連なるものだ。
子弟間での衝突は避けようもなく、この闘技場はそうした揉め事を後腐れないよう『なるべく安全』に解決するための設備でもある。
闘技場の中央。
わたしとアランは対峙していた。
アランは全身鎧に身を包み、殺気立っている。
対するわたしは、変わらず淑女のドレス姿のままだ。
「両者の合意があったため、あらゆる武器、命具、魔法の使用を許可する!」
審判役の教師の声が、魔導マイクを通じて場内に響き渡る。
「ただし、生死に関わる負傷を避けるため、守護結界・防護結界を使用する! 結界の判定により『戦闘不能』と見なされた時点で決着とする!」
こうしたお定まりのルール説明も、二年次・三年次の上級生達や教師達にとっては見慣れた光景なのだろう。
彼らは退屈そうに、しかしこれから始まる『血を見ない殺し合い』への期待に目を輝かせていた。
結界展開の完了と共に開始の合図が叫ばれる。
同時に、アランが動いた。
「来い、我が魂の刃! 『紅蓮の牙』!!」
彼が叫ぶと、その手に紅蓮の炎をまとった両手剣が顕現した。
一年生にして既に「命具」を、それもあれほど強力な属性剣を具現化しているとは。
さすがは期待の星だ。
「うおおおおおっ! アラン様の本気だ!」
「あれが『紅蓮の牙』……! 鉄すら瞬時に溶解させるという魔剣か!」
観客席がどよめく。
単なる装飾ではない、確かな熱量と圧力が、結界越しにも伝わってくるようだった。
彼の実力は本物だ。
ただの温室育ちのボンボンとは一味違う。
「はぁぁぁッ!」
アランが炎の軌跡を描きながら突っ込んでくる。
熱波が肌を焦がす。
中央の温室育ちにしては、なかなかの気迫だ。
(……なるほど。直撃すれば、さすがのわたしもタダでは済まないわね)
わたしは身体強化も使わず、最小限のステップで紅蓮の刃を躱した。
炎がドレスの裾をかすめる。
オルガ先生直伝の体術がなければ、黒焦げになっていただろう。
「ちょこまかと……! なぜ武装を抜かない! 貴様の命具を見せてみろ!」
アランがやや焦り、攻撃が激しさを増す。
わたしはそれを優雅にいなしながら、闘技場の上空を見上げた。
強力な防護結界が、ブォンブォンと低い唸りを上げている。
(……よし。あれなら、大丈夫そうね)
それから目の前の赤毛の熱血漢を、改めて値踏みする。
彼の目にも動きにも侮りは感じられない。
未完成ながら正統派の騎士だ。
身体強化も年齢を考えれば上出来な方だろう。
鎧にも加護が付与されているのがわかる。
わたしは内心で安堵のため息をついた。
北の氷獄を出てから数ヵ月間、日々の鍛錬を欠かさず、また父や騎士達と共に『常闇の森』の魔獣駆除への参加をしていたわたしだが、武装は魔力で構成した命具……つまりは手加減用の「贋作」を、さらに弱体化させて使うしかなかった。
ドワーフ謹製であり、わたしの魔力で焼き直した「本物」を抜こうものなら、東の辺境に棲まう魔獣とはいえ、素材がダメになるレベルで粉砕されてしまうからだ。
わたしのとても頼りになる相棒は、手加減が必要な場面では封印せざるを得なかった。
けれど、ここは多重結界によって安全が保証された闘技場だ。
さらに相手の能力や装備にも安心材料がある。
(これなら、どんなに重くて硬い物理で殴っても、死にはしないわよね?)
わたしは彼との距離を取り、立ち止まった。
淑女の笑みを捨て、ヒールの顔になる。
「……良いでしょう。ご希望通り、わたしのとっておきの『相棒』を紹介して差し上げますわ」
わたしは右手を、足元の濃い影の中へとゆっくりと沈めていった。
アランが警戒して足を止める。
観客席が固唾を飲んで見守る。
わたしは、影の亜空間『暗闇の間』の最深部に鎮座する、絶対的な質量を鷲掴みにして――。
そして、一気に引き抜いた。
◆◆◆
ズヌゥッ……。
影からせり上がってきたのは、煌びやかな命具の剣でも杖でもなかった。
無骨で、歪で、ドワーフが匙を投げた失敗作のような、黒い金属の塊。
ガチャリ、と重苦しい音を立てて、それが「椅子」の形になる。
「……は? い、椅子?」
「なんだあれ、ただの鉄屑をどうするつもりだ?」
アランが、そして数百人の観客たちが、理解が追いつかずに呆気にとられた声を上げた。
当然だろう。
神聖な決闘の場で、令嬢が影から薄汚れたパイプ椅子を取り出すなど、前代未聞だ。
だが、これこそがわたしのスタイル。
わたしは、常人なら持ち上げることすら困難な重量級の『漆黒の玉座』を、片手で軽々と担ぎ上げた。
「さあ、課外授業の時間よ、熱血くん。――その熱い頭、物理で冷やしてあげる!」
「ふざけるな! そんなガラクタで、僕の魔剣が防げるものか!」
アランが激昂し、渾身の力で炎の斬撃を放ってきた。
岩をも溶かす高熱の刃が、わたしの『玉座』に直撃する。
ガギィィンッ!!!
甲高い金属音が響き渡り、火花が散った。
しかし、『玉座』は赤熱するどころか、傷一つついていなかった。
「な、なんだと……!?」
アランが目を見開く。
無理もない。
これはただの鉄ではない。
失われた古代技術で精製された『黒鋼』を、わたしの規格外の魔力とドワーフの秘技で鍛え直した、対物理・対魔法防御力SSS級のユニークウェポンなのだ。
「まだまだ! これならどうだ!」
アランは諦めず、二撃、三撃と打ち込んでくる。
わたしはそれを「玉座」の座面や背もたれで、的確に受け止めた。
カンッ! キィン! ガンッ!
重い衝撃が腕に伝わるが、身体強化したわたしの体幹は揺るがない。
炎の獅子が牙を剥くたびに、黒い鉄塊がそれを無造作に弾き返す。
その光景に、観客席の嘲笑は消え、どよめきと畏怖へと変わっていった。
「くっ……! なぜだ! 僕は幼い頃から剣技を磨き続けてきた! 血の滲むような鍛錬を、誰よりも積んできたはずだ!」
アランが吠える。
悔しさと困惑が入り混じった声だった。
「あら、勘違いなさらないで。あなたの剣、ちゃんと本物よ。だからこそ、こうして受け止める価値があるの」
わたしは玉座の座面で炎の斬撃をいなしながら、鼻を鳴らした。
「才能に胡座をかいた三流の攻撃なら、とっくに受け流して終わりにしているわ。……でもね、坊や。積み重ねた努力は、たった一つの理不尽――例えば、わたくしのようなイカれた馬鹿力の前では、簡単にひっくり返る。それが、この世界の残酷なところよ」
「な……ッ!」
「悔しいなら、もっと積み重ねなさい。血反吐を吐いて、心が折れそうになってもなお、立ち上がり続けなさい。……その先にしか、わたくしに届く場所はないわ」
挑発ではない。
これは、七年間を氷獄で過ごしたわたしなりの、精一杯の激励だった。
伝わるかどうかは知らないけれど。
◆◆◆
「はぁ、はぁ……っ! なぜだ、なぜ斬れない!」
息を切らすアラン。
彼の魔力は尽きかけているが、その瞳の炎は消えていない。
(……いいわね。その根性は認めてあげる)
わたしは口角を吊り上げた。
相手の技を正面から受けきり、その強さを証明させた上で、それを上回る力でねじ伏せる。
これぞプロレスの美学。
「さあ、そろそろフィナーレといきましょうか。……あなたの全力を出しなさい」
「くっ……! 後悔するなよ、悪役令嬢ッ! 我が命具の真髄、見せてやる!」
アランの全身鎧が輝き、剣の炎が巨大な獅子の形を成した。
「喰らえッ! 炎獅子・十文字斬りッ!!」
彼が放った最大の必殺技。
紅蓮の十字が、全てを焼き尽くす勢いで迫る。
わたしはそれを避けない。
一歩踏み込み、正面から迎え撃つ。
次の瞬間、わたしの姿はアランの目の前にあった。
「――フンッ!!」
わたしは担ぎ上げた物理最強の鈍器を、彼の炎の剣ごと、横薙ぎにフルスイングした。
ガゴォォォォォォンッ!!!
人体を殴打した音ではない。
巨大な鐘を至近距離で打ち鳴らしたような、重金属の衝突音が闘技場を揺るがす。
アランの炎の剣は飴細工のように砕け散り、フルプレートの鎧は粉微塵に炸裂した。
吹っ飛ばされたアランを受け止める結界が悲鳴のような激しい火花を散らす。
だが彼の体は結界を突き抜けそのまま砲弾のように吹き飛び、闘技場の壁に激突して、そのままずり落ちた。
一撃。
完全な沈黙が闘技場を支配する。
わたしは砂埃の中で、『玉座』を肩に担ぎ直し、観客席を見渡して不敵に笑んだ。
(さあ、帝都の皆さん。よーく目に焼き付けなさい。これが――『北の撲殺令嬢』のデビュー戦よ!)
「いかがでしたかしら、わたくしのデビュー戦。お気に召したなら、ブックマークと下の☆☆☆☆☆で応援なさいな。――万倍にしてお返ししますわ!」




