悪いけど、もう俺のもんにするからね
「あれ、川崎? 久しぶりじゃん。俺、本田。覚えてる?」
本田君とは2週間前の同窓会で再会した。
もうすぐアラフォーに足を踏み入れるというタイミングで、十数年ぶりの同窓会に参加してみたのだ。
会が始まってから30分遅れで入った私が空いている席に座ろうと椅子を引いたとき、隣から声をかけられた。それが、彼だった。
「本田君! ひさしぶりだね~」
学生時代のおとなしそうな印象とは打って変わり、随分明るく社交的になった彼に少し驚いた。大学卒業後、Web系の広告会社で勤めた彼は30歳で独立し、今は個人でがんばっているらしい。
「川崎は何してるの?」
「実は私も……4月に独立したばっかりで。本田君の仕事と少し近いかも。サイトデザインとか、商品撮影とかやってるよ」
「あ、そうなの? え~、じゃあ、仕事何か一緒にできるんじゃないかな。俺、今チーム作れないかなと思っててさぁ。よかったら今度、時間くれない?」
既に酔っているのか、終始ニコニコ、ヘラヘラとそう話すものだから社交辞令かと思っていたが、後日「いつ空いてる?」とメッセージが入ってきた。
こうして、本田君の事務所で話を聞くことになったのだった。
「へぇ~、きれいにしてるね」
「まあ、仕事場だからね」
へへっと、相変わらずニコニコと答える本田君。
「あ、そこ座ってね。……コーヒー飲める?」
「うん、ありがとう」
事務所は古いアパートの一室だった。部屋の中央に置かれたソファーとテーブルが応接スペースらしい。ソファーに腰かけ、PCを開く。
「じゃあ、早速……」
数年前から付き合いのある建設会社から採用サイトの相談を受けたのだという。インタビューから撮影、制作まで一緒にできる人を探していたそうだ。一週間後何をするかさえ決まっていない、独立したての私だ。二つ返事で協力を申し出た。
「いや~、川崎にお願いできてよかったわ!」
2時間ほど話し込み、今後の流れが見えてきたところだった。
「こちらこそ、非常にありがたいです」
うやうやしく頭を下げてみせる。
「まさか本田君と仕事する日がくるなんて思わなかったな」
「たしかに! 高校の時、俺らあんまり話したことなかったよね」
そう言いながら彼が二人分のカップをテーブルから回収する。
飲み物を淹れ直してくれるのだろう。
「なんか、高校って男子と女子でわかれてたもんね。今思うと、もっと青春を楽しめばよかったのにって思うけど」
買ってきた惣菜パンを袋から出し、テーブルに並べる。来る途中に、お土産にと焼きたてを買ってきたのだが、さすがにすっかり冷えてしまった。
「そういえば俺さ~……、川崎のこと好きだったんだよ」
「……え?」
あまりにもサラリと言うものだから、聞き間違いかと思った。
驚いて思わず顔を上げたが、彼はこちらに背を向けてカップをゆすいでいる。どんな表情をしているのかは見えない。
「あ~……、えっと、意外、というか……全然気づかなかった! なんか、なんだろう、ありがとう、かな? えっと~……」
冗談めかして言ってみたが、なんとなく、気まずい。なんと答えるのが正解だったのだろう。
沈黙に耐えられず、次の言葉を考えていると
「まぁ、もう15年?16年?も経つのかぁ。そりゃおっさんになるはずだよなぁ」
ハハッと本田君が笑いながら振り返る。
「ええ? やだなぁ~」
言いながらほっとした。なんてことない、ただの思い出話だったようだ。自意識過剰になってるな、なんて思いながら差し出された紙皿を受け取ってパンをのせた。
「川崎、結婚してんの?」
冷えた総菜パンをかじりながら思い出話をしていたら、不意に質問がふってきた。あまり触れられたくない話題ではある。
「ん~、彼氏みたいな人はいるけど……結婚してはないね」
「彼氏みたいなって?」
「半分一緒に住んでる、みたいな。かよってきてる、みたいな……?」
「何それ、なんか大丈夫なの?」
先ほどまでのニコニコ顔がいつの間にか消えていた。
「まぁ、いいとこどりの関係というか、楽しくやってるよ。本田君は? 結婚してるの?」
矛先を変えようと、無理やり切り返してみる。
「……してないよ。でもさ、俺はさ、いいのよ……俺のことは。……そのさぁ、その彼氏さん、本当に川崎のこと考えてくれてるの?」
感情の読めない表情で、重ねて問われる。どうやら逃がしてはくれないらしい。
「まぁ、大人ですから。気楽にね。楽しんでるよ」
苦笑いでそう答えると、本田君はウーンと唸って腕を組み、下を向いてしまった。
「まぁ、まぁ、まぁ……私のことはいいんだって、本田君は……」
「――俺さぁ毎回同窓会めっちゃ楽しみだったわけ」
「そ、そうなんだ」
急に話題が変わり、戸惑いながらも安堵した。そのつかの間、
「俺、めっちゃ会いたかったから。川崎に、ずっと……」
穏やかな口調で淡々と言う本田君を見て、今日ここに来るのは間違いだったと悟った。
「でも、ぜんっぜん来ないし」
無理やり笑おうとして口の端が歪んでいる。
何か言わなければ、と口が開いたが、何も言葉が出てこなかった。
「……あ~、めっちゃ嫌だわ。まださぁ、幸せそうにしてくれてたら、俺もいい思い出だったって終われたのに、さぁ」
自嘲しているような、呆れているような声色。その視線には憐れみも混じっているように見えた。
「あー、なんか……、ごめんね。……っと、もう会わない方がいいかも、ね。ごめん、仕事の話もなしに……」
苦笑とともに、かろうじて絞り出した言葉。やっぱり同窓会なんて行くんじゃなかった。
足元のバッグを掴み、立ち上がろうと顔を上げると、向かいに座っていた本田君がいつの間にか隣に腰かけていた。
そして彼は、やっぱり穏やかな顔でこう言った。
「いや、逃がさないよ? 俺別に、想いを伝えて、これで終わり、なんて思ってないから。悪いけど、もう俺のもんにするからね」




