ローリタニア
「クラウス」
朝日差し込む荘厳な謁見の間、クラウスの名が呼ばれる。皇帝の手が沢山の皇族の中からクラウスを手招きする。それまで噂話を密かにしていた人達が左右に分かれてクラウスの前に道ができた。
「ここに。皇帝陛下」
進み出て、皇帝を見る。その膝には小さな子が一人、高齢の皇帝にできた最後の子。
「………………」
次期皇帝はその子になるとの噂だ。けど、そんなことはクラウスには関係ない。もう、どうでもいい。
「クラウス。ローリタニアに赴いてくれ」
「あそこに何かありますでしょうか?」
「南部方面に出るための重要な同盟国だ。そこと親密になることは、この国には必須だ」
クラウスは頷いた。確かにガイアエピタフを2つも持つ国とは事を構えるべきじゃない。
「ですね」
「そこで、皇族であるお前を送り、コチラの義を示そうというのだ」
「なるほど、自分もいい気分転換になります」
皇帝は頷いた。
「では、行って参れ」
クラウスは一礼して踵を返した。そこに皇帝は声をかけた。
「ジュリアスは惜しいことだ」
「……はい」
クラウスはもう涙は枯れ果てていた。
◇◇◇◇◇
皇族の墓苑にて
クラウスは弟の墓標に花を手向けて、膝まづいた。
ー勇敢な知将ジュリアス•アルマンドここに眠る 享年23歳ー
深く息を吸いクラウスは吐き出した。
「行ってくる、弟よ」
◇◇◇◇◇
長期間の旅支度を整え、ローリタニア行きの馬車に荷物を載せる。手伝ってくれる弟はもういない。
自分で出来ることは極力自分で。人を雇う金は節約したい。
「まぁ、節約する理由もなくなったが」
弟を次期皇帝にするという夢はなくなったのだ。クラウスのつぶやきに御者が反応する。
「しかし、ローリタニアとは田舎ですね」
「住めば都さ」
クラウスは言った。
「次期皇帝も決まりましたし、ここも少しは落ち着くといいのですが。とばっちりはごめんです」
御者は何かを心配しているようだ。なので、
「なんならお前も来るか?」
「あー、今よりいい暮らしができるなら考えときます」
◇◇◇◇◇
ガラガラガラ……
持ってきた本を読み尽くして退屈になった馬車の長旅にクラウスは窓を開け外に顔を出した。といっても夕日に染まった荒涼とした大地が広がっているだけなのだが、なかで籠もってるよりよっぽどマシだった。
「ようやく国境か」
「20日は長いっすねぇ」
クラウスのため息交じりの言葉に御者が合わせる。交易用幹線道路を走らせ、ルマンド帝国とローリタニアとの国境の森にやっと到達した。
「後はローリタニア側の迎えがあるはず」
「森のなかにのろしが上がってます。アレかなぁ」
しばらく、森を行くと左右の茂みから男たちが姿を現した。そのなかの一人が叫ぶ。
「黒塗りの馬車、こげ茶の髪、やつれた顔!まちがいねぇ!」
「何か様子が変だ」
クラウスが訝しがるのと同時に御者が馬車を停めた。
「お、降りてくだせぇ!彼奴等は旦那に用があるんです!うぐぇっ!」
飛んできた数本の矢が御者に突き刺さる。
「だから、とばっちりは……」
「くっ!すまん!」
クラウスは馬車の中に引っ込んで震える手でリボルバーを抜いた。
「ジュリアス!こんな死に方無い!!」
ー落ち着いて兄さん、この状況から巻き返す手段を考えるんだ!ー
胸のポケットから手鏡を取り出し、外の様子を確認した。
動かなくなった馬車に近づいてくる複数の男たち。その手には光るものがちらついていた。
クラウスは窓から身を乗り出し、4発の乾いた発砲音が森にこだました。
「よし!ボウガンを持ったやつらを片付けた!」
クラウスはドアを開けて御者が倒れている椅子へと走った。
「質素だ!ホントに皇族か?」
「見た目で判断するな!リボルバーを持ってるぞ!」
予想外の反撃だったのか、男たちは慌てている。その間にも、クラウスは馬たちを鞭打ちその場を強行突破しようとした。
男たちは馬車を避ける瞬間に持っていたナイフを馬めがけて投擲した。馬の一頭がその痛みにのけぞり、馬車は横転した。
「ぐわっ」
その衝撃でクラウスは投げ出された。万事休す。
男たちが駆け寄ってくる。
その時、クラウスを中心に竜巻が舞った。
ビュオオオオオ!
「抜刀!賊を捕縛しろ!」
それは、若い女性の声だった。
「この風。防御魔法?」
クラウスが冷静に分析していると賊の男たちは一斉に逃げ出した。
「ナスル、森に逃げた!」
風の中から現れた騎乗しサーベルを持った女騎士。それに寄り添うようにいた高い鼻の男が叫んだ。
「下馬!シルビウス追え!捕らえろ!」
女騎士は部下に命令を下すとクラウスの前に立った。その目は大きく透き通った茶色で短く切られたおかっぱの青みがかった黒髪が特徴的な女性だった。背丈はクラウスより一回り小さいだろうか?
突撃兵らしく革鎧にチェストプレートを付けていた。
「クラウス殿で相違ないですか?私は騎兵隊隊長のナスル」
「君は魔法使いか助かった。ありがとうナスル」
「いいえ、この風はガイアエピタフのものです」
「なんだって?」
クラウスはガイアエピタフについて再度思い起こした。ガイアエピタフ、それは詠唱魔法によるものではなく紋章魔法に近い発動形態の超強力な魔法であった。
「風のガイアエピタフの適合者が君だって言うのかい?」
「それはそうと、命を狙われる心当たりは?」
クラウスは膝の埃をはたきながら、首をふった。
「いいや。逆にありすぎて分からない」
「そうですか」
ソコへシルビウスが申し訳なさそうに森から出てきた。
「逃げられた」
「まぁ、いい。クラウス殿の護衛に当たろう」
ナスルは叱責よりも任務を優先した。隊員数名で馬車を起こし、シルビウスの回復魔法で馬を治療した。
そして、一行は隊列を組んで首都に向けて歩みを進めた。
「ここから首都のローリタンまでは3日ほどです」
騎乗したシルビウスは馬車の中に再び戻ったクラウスに言った。
「もう何事もなければいいが……」
クラウスは心配そうに身をすくめた。
「そうだ」
クラウスは窓から身を乗り出した。
「ナスルはガイアエピタフの適合者になって長いのか?」
その様子を危なっかしくシルビウスは見るのだった。その問いに答えるように少し前を行っていたナスルは馬のスピードを落としてクラウスのところへやってきた。
「かれこれ10年になります」
「10年!?」
ガイアエピタフの適合者は短命と資料で読んでいたクラウスは驚いた。
「もう、廃人になるころだ……」
「?あぁ、このガイアエピタフの反動は特殊でして……」
ナスルはバツの悪そうに笑った。
「?そうなのか?資料と違うんだな」
「それはそうと、次の街についたら宿を取りましょう。お召し物がひどく汚れていらっしゃる」
ナスルの言葉にシルビウスが間髪入れずに応えた。
「その前に野営になりそうだ。護衛は任せてください。御身は我らが御守りします」
クラウスは前途を気にしてため息をついた。
「やれやれ、次の街にはまだ遠いか」
クラウスが空を見やると、既に月が煌々と輝いていた。
一行は道を逸れて森にはいると野営を準備した。




