第33話 砂漠のガーディアン
夜明け前の砂漠は、ぬき放たれたばかりの氷の刃のように冷たかった。
空のふちに不気味な白さが浮かび上がった。でも、その光はみんなが待ちのぞむ日の出の希望をくれるものじゃない。
地平線にうごめく黒い人影を、はっきりとうつし出しただけだった。
フェナリの部下たちは、この日の早朝、ようやくこれまでの小手調べをやめて、正式に総攻撃をはじめてきた。
イチネ流域全体から見れば、ワハーは砂に囲まれた小さなオアシスにすぎない。
だけど、地平線までつづく騎兵の列と、空をおおうほど舞い上がる砂ぼこりは、フェナリが今度こそ本気で、ワハーを地図からいっきに消し去るつもりだと物語っていた。
俺たちに高い城壁はない。あるのは、この数日の間にみんなでつくった防衛工事――土の壁、さく、そして深さのちがういくつもの溝だけだ。
でも、この簡単な工事のうしろには、フェナリにとって間違いなくやっかいな存在がひかえていた。
ラハトラマ・ベイの配下である、千二百人の正規軍だ。
おおかみみたいにどん欲な二千人の砂漠の盗賊に対し、鉄の規律を持つ千二百人の正規軍。
そこに、にげ道をたたれて死をかくごしたワハーの村人たち――人数は百人に満たないけれど、最後の一線を守るには十分なメンバーだ。
俺たちは守りぬける、そう確信している!
「向こうは、これを勝ち戦の狩りだとでも思っているんだろうな」
俺は腰のシャムシールの柄をにぎりしめた。手のひらにはうっすらと汗がにじんでいる。
フェナリたちの予想をこえているのは、ワハーには精鋭部隊だけじゃなく、この俺がいることだ。
戦闘がはじまる直前、俺はシステム画面を開いて、称号を砂賊キラーに切りかえた。
盗賊がとつげきしてくる村の入り口には、水場と呼べる場所はない。
水門のガーディアンによる無限の水魔法補正は、ここでは役に立たないんだ。
だけど、砂とともに生きる盗賊たちに対し、砂賊キラーという称号は、ただ攻撃力を上げるだけじゃない。砂漠における俺のじきゅうりょくと視力も強化してくれた。
「ウーー、ウーーー!」
かなしい角笛の音が朝の霧を切り裂いた。
砂賊たちが砂羯を走らせて、とつげきしてくる。戦いのために訓練された砂羯が上げるいななきは、聞く者の心を凍りつかせた。
二千人のとつげきは黄色いつなみみたいで、空をうめつくす矢の雨といっしょに、俺たちの小さな村へと容赦なく叩きつけられた。
「盾を上げろ!」ベイ部隊の指揮官が、かみなりみたいな声を上げた。
「カツン!」
金属がぶつかり合う音が一つに重なって、千二百枚の盾がはがねの壁を作り上げた。
盾の表面に矢が突きささる音は、まるで狂暴なひょうが降り注いでいるみたいだった。
俺はボールをつれて最前線に立った。
彼はアイアンゴーレムに変身していた――。
ボールはこの時、すでに厚い防衛材質に切りかわっていて、その丸い体で俺の前に立ちふさがった。
コアの光は、戦いのために点灯した赤色をはげしく点滅させている。
矢が俺をねらって飛んでくるたび、ボールは正確に跳ね上がり、そのきょうい的なかたさの外殻で攻撃をはじき飛ばしてくれた。
「俺たちの番だ。砂塵葬!」
俺は片手でシャムシールを振り回し、もう片方の手を空に向けて突き出した。
今回、俺は魔力を出しおしみしなかった。足元の砂が俺の意志にこたえて、いくつもの巨大な砂の煙になって地面から猛然とふき出した。
それはとつげきしてくる最前線の視界を、いっしゅんで奪い去った。
『新称号開放――砂漠のガーディアン。』
『砂漠地形において土属性魔法を使う際、リソースを消費しない。』
こんな時にこんな新称号をくれるなんて、俺をこの世界につれてきた神様も、案外悪い奴じゃないらしい。
同時に、俺たちに加勢しに来た三人のサハギンも、やる気まんまんで戦場に飛びこんだ。
グルルは両脇のエラをふるわせ、かみなりのような声を上げた。
その大きな体を一番前に置いて、手にした巨大なハンマーを振るうたび、盗賊を砂羯ごと吹き飛ばしていった。
「オアシスの水のために! 戦え!」グルルが大声でさけぶ。
彼の二人の仲間、ガルラとチュパカも負けてはいなかった。
ガルラは巨大な剣を手に敵の中で回り続け、冷たい光を放つ竜巻のようになった。
一方、チュパカは両刃の大きなオノを振り回し、一振りごとに血の霧が舞った。
盗賊たちを一番絶望させたのは、この三人がノリに乗ってくると、するどい牙が並ぶ大きな口を開けて、おなかをふくらませて、すごい威力のウォーターキャノンをぶっ放すことだった。
水砲は乾燥した空気の中で凄まじい衝撃力を生み、軽い革鎧を着た盗賊たちの胸の骨をこなごなにした。
この三人のサハギンの存在感はすごまじく、一人が精鋭兵四十人分に相当する働きを見せていた。
混乱する戦場の端で、俺はシーリンの姿を見つけた。
彼女はシャムシールをにぎりしめて、何度も俺のそばへ来ていっしょに戦おうとしていた。だけど、クルユウドが石像みたいに彼女の前に立ちふさがって、決して前へは行かせまいとしていた。
今回ばかりは、俺と義父の意見はめずらしくいっしょだった。
俺は攻撃の合間にふり返って、彼女に向かってさけんだ。
「シーリン、たのむ! うしろにいてくれ! 戦っている最中に、一番大切な人が傷つかないか心配してキョロキョロしたくないんだ。
君がそこでみんなを助けてくれることが、俺にとって一番の支えなんだ!」
シーリンは聞き分けの良い子だった。
その瞳には不満と不安が入り混じっていたけれど、俺の真剣な目を見て、最後には奥歯をかみしめてうなずいた。
彼女はチャクルをつれてうしろへ下がり、村人たちをまとめて石を運び、予備の武器を配り、あやしい奴がいないか目を光らせはじめた。
会戦は早朝から昼過ぎまでつづいた。
砂漠の太陽が真上に来て、空気は熱でゆらゆらとゆがんでいた。
二千人以上の盗賊たちは、ベイの正規軍という鉄板にぶつかって、ボロボロに負けた。
実際の死傷者はそれほど多くなかった。
俺たちが倒したのは二百人ほどで、負傷者も百人くらいだ。
でも、これまでずっと弱い者いじめをしてきた盗賊たちにとって、最前線のとつげきが盾の壁と魔法の砂嵐に何度もはね返されるのを見るのは、自信をなくすには十分だった。
「たいきゃくだ! にげろ!」
誰が最初にさけんだのかは分からないけど、
恐怖はあっという間に広がっていった。
訓練された千二百人の正規軍は、このしゅんかん、恐ろしいほどの追撃能力を見せた。
彼らはむやみに追いかけるのではなく、小隊ごとに正確ににげる敵をバラバラにしていった。
砂ぼこりがようやくおさまった頃、戦場には無残なあとだけが残っていた。
ハスタナイは後ろの方でのんびりと歩き回っていた。
医療の責任者として、座るひまもないほど忙しくなると覚悟していたみたいだけど、ベイの兵士の損害は一割にも満たず、ほとんどがかすり傷か、転んだ時のねんざだった。
「おやおや、どうやら私の薬は半分以上余りそうだね」
ハスタナイは一人の兵士の包帯を巻きながら、冗談を言う余裕すら見せていた。
兵士たちは戦場の片付けをはじめ、村人たちからは勝利の歓声が上がった。
もし……もし俺が昨日の夜、あの盗み聞きでもう一つの軍隊と悪魔のことを知っていなかったら。
今の俺は、たぶん井戸のそばに座ってリラックスし、今夜のパーティーの準備をしていただろう。
でも、俺ははっきりと分かっていた。にげていった連中の中に、フェナリの旗は見当たらなかったんだ。
このあっけない勝利は、ただのエサにすぎない。
二千人の盗賊の命なんて、あの男にとっては、俺たちの矢や体力をへらすための使い捨てにすぎないのかもしれない。
俺は遠くの地平線を見つめていた。胸のモヤモヤは消えるどころか、ひどくなる一方だった。
「みんな、油断するな!」
俺はよろこぶ人たちに向かってさけんだ。その声は、静まりかえった砂漠の中に刺々しく響いた。
「さくを直せ! 水と食料を十分に用意しておくんだ!」
クルユウドが歩み寄ってきた。彼は顔についた血をふき、重苦しい顔で俺を見た。
「お前も感じたか? さっきの連中、死ぬ気で戦うつもりがぜんぜんなかったな」
俺はうなずいた。
「これはただの前菜にすぎません。本当の脅威はまだ来ていないんです。明日……あるいは今夜、彼らが恐れていた人間じゃない怪物が、いよいよ姿をあらわすでしょう」




