第227話 『二人の騎士』
『教会』の正面、巨大な両開きの扉の前に並び立つ、二人の男。
この中に凶悪な犯罪者、ヴラド七世が立てこもっているという。
「――いざ戦いを前にして冷静になってくると、やっぱり申し訳無くなってくるなぁ……」
「俺を戦わせることがかァ? 今さら?」
「だって二日前に叩き斬った人を、いきなり巻き込んで協力してもらうだなんて――」
確かに信じ難い事実だ。
カームは、騎士でもなければ罪の無い一般人とも呼べない隣の男が、この場にいることに強い違和感を感じているらしい。
だがナイトの意見としては、
「俺にとって……てめェは恩人だ」
「っ!」
「俺のことを探してくれたこと。暴走を止めて、拾ってくれたこと。吸血しねェという秘密を共有してくれたこと。あの家であの女と話す機会を作ってくれたこと。親父のこと、刀のこと――」
「…………」
「莫大な恩ができた。それこそ今から大悪党の首を取ったって、返しきれねェほどに」
「…………」
「だからもう、てめェが何と言おうが、俺ァ戦うことに決めてんだ」
「……ありがとうナイト……でも、もっと早く君を見つけてあげられれば……!」
静かに聞いていたカームだが、急に袖で目元をサッと拭うと、再び正面へ向き直る。
「……行こうか」
「おォ」
「敵の能力は――説明が難しい。とにかくナイト、最初は僕の後ろにいてくれ」
「……?」
「きっと僕は動けなくなる。そうしたら僕に構わず、何も考えずに攻撃し続けるんだ」
「……な、なん……」
カームが――扉を蹴破る。
教会の中は薄暗く、いくつかの窓の光が差し込む中、開いた扉から大きく光が注ぎ込まれる。
二人は教会の玄関部分、前廊へ踏み込んだ。
「……あ……!?」
ナイトは目を疑う。
会衆席の並ぶ外陣の先――奥にある内陣にて、祭壇などを尽く破壊して、鎮座している者。
「でけェ……! 2メートルはあるぞ!?」
あれが『ヴラド七世』か。
上裸の姿は筋骨隆々で、長い黒髪をオールバックにしているようだ。
「元は普通の体格だったはずなんだけどね……どんどん大きくなってる」
「は!? 俺たちと同じ生物なのかァ!?」
教会の周囲には逃げ出した者たちがいたが、どうやら中には彼しかおらず、人質なども無いようだ。
瞑想していたヴラド七世は『カッ』と目を見開いて、
「グ……フフ……グォハハハ……またお前か、団長とやら……」
「不本意だけど、いい加減、君を討ち取らないと国が保たない」
「その通り。俺の目的は、この国を俺好みに作り変えることなのだから……長老殺しは足がかりに過ぎぬ。本番はこれからだ……!」
この時を楽しみにしていたかのように笑いながら、ヴラド七世が立ち上がる。自身と同じぐらい巨大な薙刀を取り出す。
彼の圧倒的な体格と不気味な立ち振る舞いは、見る者を震え上がらせることだろう。
言葉通り『不本意』な心持ちであろうカームも、ゆっくりと滑らかに刀を抜き始める。
その後ろで身構えるナイトは、
「はっ。こんなショボくれた国を作り変えたって、何にもなりゃしねェだろ。アホかてめェ」
「……グォハハハ! 今度の相棒は前回に輪をかけて生意気なようだ! あの変な帽子の野郎は口ばかり達者で、大事な大事な団長様を守り通しだったがなぁ!」
煽り文句をヴラド七世は笑い飛ばしてから、ナイトというよりカームを挑発。
が、
「ナイトは、僕やヴィクターとは似ても似つかない。舐めてると大怪我するよ――できればこの一撃で倒れてほしいけど」
軽く受け流すカームは刀を抜き放ち、斬撃を飛ばす。
何度も戦って手の内を知っているヴラド七世は焦ることもなく「同じことの繰り返しだな!」と薙刀を正面で構え、斬撃を弾く。
「おっと、そうだった。ここはみんなが使う教会だから……場所を変えてもらえる?」
「断る」
「わかった」
実は教会にはそこまで拘っていないカームは、あっさり断るヴラド七世の返答を、あっさり了承。
続くのは、
「っ」
怒涛の『飛ぶ斬撃』の連発。
天井の高い中央部の身廊を、縦、横、斜め、あらゆる角度の太刀筋が高速で迫っていく。
さすがのヴラド七世も真剣な表情で、薙刀を巧みに振り回して防御し続ける。
その最中、
「グォ……ハハハッ……」
何の脈絡も無くヴラド七世の体が黒いオーラを放ち始め、本人も不気味な笑顔を作る。
「力が……湧き上がっテ……くルぞぉ!!」
「「っ!?」」
斬撃を防ぎながら、豪快な笑い声とともに彼の体がまた一回り大きくなった。しかも合わせるように薙刀まで大きくなっている。
最初は普通の体格だったそうだが、こうして少しずつ巨大化していたようだ。
「どういう原理で……!?」
あまりにも現実感の無い光景に唖然とするナイトの眼前。カームは攻撃の手を休めることはなかったのだが、
「う……」
「おい? カームっ!?」
突如として膝をついてしまう。当然『飛ぶ斬撃』はストップ。
「グォハハハ死ネぇえ!!」
瞬間、翼を広げたヴラド七世が弾かれるように飛んでくる。
ほとんど動けないようで荒い息を吐くだけのカームが心配になるナイトだったが、
『きっと僕は動けなくなる。そうしたら僕に構わず、何も考えずに攻撃し続けるんだ』
突入の直前に彼が言っていたことをギリギリ思い出し、ナイトも床を蹴って飛び出す。
薙刀の刃が今にもカームの首を捉える――
「らあァッ!!」
「グオオォ!」
寸前。ナイトは抜いた『極夜』でヴラド七世の鎖骨の辺りを斬りつけ、怯むと同時に薙刀も引っ込められた。
だが逃がしはしない。
「あああああああァァァァ!!!」
「うぐ……!!」
斬撃が飛ばないだけで、連撃の間隔の短さならカームにも負けず劣らず。
技術などは二の次として、気迫と筋力だけで攻め立てていくナイト。
しかしヴラド七世もスラム街のボスと言われるだけあって、斬られても怯むのは一瞬だけ。
直後からの斬撃は全て薙刀に阻まれる。
加えて、
「クソガキ……お前ノ顔立ち、見覚えが……アるぞ……」
「……!」
「一人で、俺に……挑ンできタ、バカな銀髪の騎士が……イタっけなぁ……」
「ッ」
銀髪で顔も似ているとあれば、それは間違いなく父親のブライトだろう。
奇しくもナイトは心が揺れてしまう。次の一言によって……
「アの雑魚の命はぁ……確か、数分と保たナかったっけか……」
「ッ!!」
自分のことを捨てた父親。
けれど父親は、捨てたことを後悔していたという。妻にも先立たれ、頭がおかしくなった。
おかしくなった彼が行ったのは――誰にも倒せない悪党を一人で倒しに向かい、そして案の定散ることであった。
自殺に等しい愚かな行為かもしれない。
けれど、頭のおかしくなった者が行うことが、こんなにも気高いことがあろうか。
ブライトは最後まで騎士としての誇りや職務を全うし、真面目に正義を貫き続けた。
殺されるその瞬間まで。
彼を侮辱することが許されていいものか。
ナイトは考えていた。
「てめェ!!」
「……グォハハ」
「うらァァッ!! 親父を侮辱すんじゃ――」
怒りに火がついたナイトは、これまでにないほど力を込めて刀を振るう。
それはつまり、これまでにないほど動きが大振りになるということで、
「……ナイト! 下がって!」
ようやく動ける、喋れるようになったカームが珍しく叫んでも、手遅れだった。
「がァっ」
挑発に乗ったために空中で隙を晒したナイトは、ハエのように薙刀に薙ぎ払われた。
鮮血が窓や会衆席に飛び散り、側廊の床に叩きつけられた。
「……ナイト……?」
◇ ◇ ◇
「呆気ねぇナぁ!? グォーハハハ!!」
ナイトを一撃で沈めてしまったヴラド七世は、薙刀を回転させて刃に付着した血を飛ばす。
すると腿を斬りつけられる。
「いデっ」
「まだ終わってない……僕がいる」
一人になってしまったカームだが、再び遠距離から『飛ぶ斬撃』の連発を開始。
さらに巨大化するヴラド七世は、もはや片手のみで薙刀を構えて防御している。
力の差は歴然だ。
「古代の遺物……こノ『魔道具』ガ……俺に、
力を与えてクレる……!!」
「…………」
「ソシテ……お前タちは、奪わレル……クールタイムは、とっくに終ワっテいルゾ……」
4メートルほどになったヴラド七世は、ところどころ言葉の発音がおかしい。まるで怨霊でも取り憑いているかのように。
彼が薙刀と違う方の手に持っているのは――
「魔道具……魔力が込められている道具か。妙な能力だと思ってたけど……魔法のようなものだったわけだ」
馬に乗った正装の男が剣を掲げている、と思われる手のひらサイズの青銅像のような物体。
薄っすらと黒いオーラを放っており、今ヴラド七世が全身に纏うそれと同じように見える。
「今度コソ……オわリ、ダ!!」
精神が乗っ取られそうなのか白目を剥いているヴラド七世が、魔道具を持つ手に力を入れると、魔道具から黒いオーラが飛び出し、カームに向かってくる。
避けようと翼を使って教会の中を飛び回るが、黒いオーラは消えることもなく執拗で、やがて追いつかれてしまう。
「ぐぅっ……」
それを浴びると全身に力が入らなくなってしまうのだ。
カームは落下し、身廊に這いつくばる。
「ウオオオオオ!!!」
「あぁっ」
猛スピードで走ってきたヴラド七世に蹴られ、カームは宙を舞う。
薙刀が迫るが防ぐこともできず、正面から斬られる。
「オオオオオオオオ!!!」
「がはっ……っ、うぐ」
巨大な刃を無防備に受けると、真っ二つになっていないのが不思議なほどの尋常でない激痛と、信じられないほどの大量出血が起こる。
だが休む暇は与えてもらえず、カームは巨大な手のひらに包まれる。
掴まれ、床に叩きつけられた。
「グォ……ハハッ……ハ……死ネ、シネ、死ねしね死ネ死死死死ねしねしね」
「……!」
どう見ても狂気に陥っているヴラド七世は、片手でカームの体を押さえつけたまま片手で薙刀の先端を向けてくる。
自分の手ごとカームを串刺しにするつもりのようだ。
抵抗できない。恐らくあと数秒は待たないと魔道具の効果が切れない。
万事休すかと思ったのも束の間――
「死ぬのァ、てめェだァァァ!!!」
「アアアガッ!!?」
回転しながら降ってきたナイトが、ヴラド七世の背中を大きく斬り裂く。
しかし奴が怯むのはほんの一瞬で、直後に振り返り薙刀が迫る。ナイトも刀で防ぐが脇腹の深い傷から血が噴き出し、
「ムぅんッッッ!!」
「ごォゥあ……っ!!」
耐えられず、天井までぶっ飛ばされる。
すぐに体勢を立て直して滑空、
「うァああああああァァァ!!!」
「オオオオオオオオオオ!!!」
獣のような咆哮と、狂乱の咆哮がぶつかり合い、二本の得物が幾度となく振り回され金属音が鳴り響く。
「ァァァァああァァァァ!!!」
「オオオオオオオオ!!!」
互いに意識があるかどうかも曖昧なまま、豪快で苛烈な命のやり取りが、始まっては終わっていく。
数多の火花と汗と、鮮血を散らしながら。
『ガキン』、と一際大きな音が鳴り、互いに後退して距離ができると、
「グォーーーハハハ、チェックメイトだぁ!」
卑怯にもヴラド七世が掲げるのは、薙刀ではなく魔道具。
動き出すカームは、
「ナ、イト、その能力の対象は一度につき一人だけだ、僕が囮になる、こっちへ……!!」
重傷を負ってしまい動けないので、ナイトへ必死に訴える。
魔道具の能力も万能というわけではない――二人以上の敵がいる場合、発動しても一人にしか効果が出ないようなのだ。
だから『一人では絶対に勝つことができない』わけなのだが。
まだ不確定要素はあるものの、とりあえずそういう認識なので、ナイトにはカームの後ろに来てもらわねば――
「んんんゥゥゥゥ!!」
「ナイトっ!?」
黒いオーラが伸びてきて届く寸前、着地したナイトは床を強く蹴り、ヴラド七世へ飛びかかる。
オーラはギリギリ当たらず、けれど依然ナイトを追いかける。
――流血しまくって意識が朦朧としているナイトにはカームの声が届いておらず、また黒いオーラにも気づいていない。
ただタイミングが良かっただけ。
しかし奇跡に違いはない。
ナイトが被害に遭わない内に、カームは魔道具の破壊を試みる。刀で狙いをつけるが、
「がゥルルラァァァァ――ッ!!!」
「ゴワアアアア!!!」
攻防の末、薙刀を弾いて懐に潜ったナイトは、ヴラド七世の腹や胸を乱雑に斬りまくる。
「ァァアアァァァァァァァ!!!!」
「オボおおおオォ!!!」
推進力と剣圧が強すぎて、もはや鈍器による打撃のごとく、ヴラド七世の体が破壊されていく。どんどん後退していくので、黒いオーラがナイトに追いつけない。
けれども奴が一向に倒れないのは魔道具の授けた力のせいであろうか。
あまりの鮮血の飛び散りように、カームも魔道具が見えない。攻撃ができずにいると、
「……ギ、サマ……!!」
とっくに限界を超えたダメージを食らっているのか、斬られっぱなしだったヴラド七世。
だが震える手でナイトを掴もうとしている。
「ゴロス!! ……ああっ!?」
「ふんぬァァァッ!」
伸ばした腕が避けられると逆にナイトに掴まれ、巨体がぶん投げられる。
会衆席を壊しながら転がっていき、玄関から外へ。
石畳をしばらく転がると、
「おらァ!!!」
勢いの落ちてきたところに飛んできたナイトが蹴りを入れ、ブースト。
この瞬間――魔道具がヴラド七世の手から離れる。
ヴラド七世はデュラレギア鬼神国を上から下まで貫く大階段の近くまで転がって、
「……ん? なんだ……」
ここでようやくナイトが黒いオーラを浴び、体が言うことを聞かなくなってしまう。
上手く翼を使えず墜落寸前。ヴラド七世が階段から落ちかけている、一世一代のチャンスで――
「んんっ」
カームの突きが一直線に駆け抜け、空中に舞い上がる魔道具を狙い撃つ。
弾き飛ばされた魔道具にはヒビが入り、ナイトを襲う魔力が霧散した。
「うォおおおおおおォォォォ――――ッ!!」
「どぅおぉぉおッ!?」
ヴラド七世の巨体の、心臓の辺りを刀で貫き、ナイトはそのままの状態で階段へ。
「ナイトっ!?」
ナイトは巨体に乗っかって階段を滑り落ちていく。
ヴラド七世の背中が、石の階段を抉ったり抉られたりしながらグチャグチャになっていく。それでもまだ元気で、ナイトへ手を伸ばそうとしている。
一方カームが見る景色は、
「これは……」
ヒビの入った魔道具から黒いオーラが異常に湧き出て、空中へ散開していく。デュラレギア鬼神国に降り注ぐように。
カームはキャッチしようとしたが、魔道具は崖から落ちていってしまった。
「ああああああァァァァァァァァ!!!」
――ガガガガガガガガガガガガガッッ!!
「ぬ……う……」
魔道具の力が失われる。
階段をスライディングしている途中でヴラド七世の体はみるみる縮んでいき、ナイトの刀と階段の挟み撃ちに耐えられなくなっていく。
麓が見えてきて、
「あぁ」
すっかり普通の体格となったヴラド七世は石畳の地面に叩きつけられ……断末魔も上げられないまま、全身が潰れてしまった。
◇ ◇ ◇
勝った――
再び最下層まで降りてきてしまったナイトは、血溜まりの中で『極夜』を高く掲げる。
何だかんだでナイトも情が深い。
「親父、お袋……良い意味でも悪い意味でも、やっぱりあんたらを忘れることなんてできねェ」
これはカームから受け取った『極夜』という刀である。わかっている。
でもそれは現実逃避とも呼べてしまう気がする。元の持ち主は、どうしたって両親なのだから。
「認めてもらえねェまま死なれちまったが……親父の遺した刀で……親父を殺した奴に勝ったぞ……これで俺ァ、少しは認めてもらえるだろうか……?」
死人に口無し。
とっくに死んでしまった両親との確執は、もう自己満足でどうにかするしかないのだ。
「うゥ……」
それより今、ナイトには大切な人がいる。
痛む脇腹を押さえて、死ぬほど長い階段を再び上がってでも、無事を確認したい人が――
◇ ◇ ◇
噂の拡散は、止められない。
騎士だろうか。それとも決着の瞬間や降りてきたナイトを見た、他の者だろうか。
わからないが、ヴィクターやサシャ、騎士たちが慌てて飛んできた。
ボロボロの教会。
ズタボロのカームとナイト。
現場は騒然となった。
自分を心配する声を跳ねのけて、カームは簡潔に報告する。
――多くの庶民や騎士を殺害し、果てには長老まで殺害した大悪党・ヴラド七世を討ち取ったこと。
――妨害の主な原因を取り除くことができたので、これからスラム街を整えていけること。
――謎の魔道具については……どこかに落ちてしまったので、捜索しなければならないこと。
そして、騎士団にとって非常に重要なこと。
「ナイト……君のおかげだよ」
「水臭ェ、な……」
「……ずっと考えてたことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」
「……何だよ」
「騎士団に入らない?」
「…………」
かくしてナイトはデュラレギア鬼神国の騎士団に入団。
カームを師として、『傷つけるため』ではなく『守るため』の刀について指導を受け、鍛錬の日々を過ごしていく。
……物語は一年後へと飛ぶ。
現在軸より二年前だ。
(俺ァ、あんたのために戦う。これからもよろしく頼む……『我が主』)
物語は進んでいく――絶望へと。




