第226話 『極夜』
またしても、ナイトから見たカームの印象はガラリと変わってしまった。
騎士団の団長として、みんなから憧れられ、尊敬されている存在。
だがそれはカームが『普通の吸血鬼』だという前提があってこそのもの。
秘密を知ってしまったら、今まで憧れていた者たちはどういう反応をするのだろう。
――これまでのナイトの人生を鑑みればすぐにわかるものだが。
父親に捨てられ、ゴミ溜めで不良とケンカしながら生きる人生だった、不器用なナイト。
器用なカームはそれを避けられたが、団長として強くなり、仲間の騎士や国民たちに嘘をつき続ける人生となってしまった。
優しいカームにとって、どれだけ辛かったろう。苦しかったろう。
孤独を極めた二人の人生が――満を持して今日、交わったのだ。
「……なるほど。僕はブライトの話しか知らなかったから、本人からも聞けて良かった。細かい部分まで理解できたと思う」
とある人間の家へ向かう途中で、ナイトはカームに、その家で起きたトラウマの事件について話した。
ナイトとしては口にするのも憚られるものだったが、相手が自分と同じく『変な吸血鬼』だから、彼が親身になって聞いてくれるから、話すことができた。
「昔の吸血鬼ってのァ……今みてェに行儀良くなかったのか?」
「それはどういう意味?」
幼少期のことを話している中で、ナイト自身も忘れていた記憶が掘り起こされたりしていた。
「いや、親父がよ……『団長の教え』がどうのって……ずいぶん前だが、てめェのことじゃねェのか」
「ああ……『吸血後すぐに傷を塞ぐ』とか、『何か起きて中断した時はすぐに血を返す』とかってルールの話だね」
「…………」
「ほとんどは僕が決めたわけではないよ。確かに昔は、いつでもどこでも、吸血鬼が好きな時に好きな人間の血を吸ったりとか、そういう横暴な面があった……だから今でも吸血鬼を嫌う人間が多かったりするんだ」
「…………」
「でも段々と人間たちも科学が発達したり、力をつけてきて……吸血鬼も今までのように自由に生きるのは危険だし、やっぱり倫理的におかしい……っていう世間の風潮になってきたらしい」
「…………」
「それで、他の地域はわからないけど……少なくともデュラレギア鬼神国ではルールが増え始めた。できるだけ吸血鬼と人間どちらかに偏りが無いようにね。僕は既に決まっていたルールに、団長として細かい修正や補足を『添えた』に過ぎないんだ」
「……親父は、てめェをひどく尊敬してるようだったがな」
「嬉しいことだけどね。彼は……本当に真面目だったな……真面目すぎるほどに……」
ナイトも理解している。
他でもなく父親のブライト本人から、カームは『子供を捨てた』話を聞いているのだ。
どう感じたのだろうか。
いくら仲間とはいえ、平等に考えることができるカームならば、ブライトを全肯定するとは思えない。
しかもカームも同じく吸血をしない性分。私情を挟まないようにするだけでも難しかったはず。
彼を『真面目』と表現するのは、字面だけなら褒め言葉に聞こえるだろう。
だがカームの言い方は……よくわからないが、複雑な感情を持っていることだけが伝わってきた。
「着いたね。君のよく知っている家」
「ッ……!!」
話している内に、到着してしまった。
ただカームと喋っているだけの時間が永遠に続いていれば良かったのに。そうやって現実逃避をするのはナイトの悪癖だ。
さっきも見た家。見ただけで正気を失いそうになった家だ。
今は見るだけならギリギリ耐えられるが、それはカームが横にいるからだろうか。安心しているのか、それともなけなしのプライドを守ろうとしているだけか。
「……団長? ナイト?」
「やぁヴィクター、もう終わったんだ」
「ボクはね。他の団員が終わったら、いつも通り点呼を取ってから兵舎に戻る……けど、二人は何を?」
「僕らも終わったから、お喋りをしてるだけだよ。まだ兵舎には戻らないから、気にしないで大丈夫」
「そっか……あと団長、実は『長老』が見当たらないんだけど……どこにいるか知ってる?」
「…………」
突然カームが無表情で黙り込む。
この国の『長老』というのは、だいたい高齢の者が就く。象徴のような存在で、あまり存在感は無い立場なのだが……
「……彼のことなら大丈夫。僕がちゃんと把握しているから」
「そう? ……なら良いんだけど」
ナイトも、恐らくヴィクターも、カームの様子がおかしいことには気づいている。
受け答えが、暗い。何かを隠しているようにしか見えない。
でもカームがそう言うのだから、とりあえず引き下がるしかないだろう。ヴィクターは踵を返し、
「……ところで、この家には何の用?」
「…………」
ふと思いついたように問うてくる。
カームは少し考えてから、
「この家には……君やナイトと同じ年頃の少女がいたね」
「あぁ、幼少期のトラウマとやらで引きこもりの?」
「うん。軽く挨拶しようかと……ね」
「なるほど。では団長、また後ほど」
シルクハットを持ち上げつつ、ヴィクターは歩き去っていく。
ナイトは、
「……あァ……っ、あ……」
責任を重く受け止めていた。
あの少女が、ナイトのせいで、引きこもっている。この家に。
ナイトが付けてしまった一生ものの傷痕のせいで……彼女は!!!!
「ナイト」
「っ!?」
体が震え始めたナイトは、カームが肩に手を置いてくれたことで発狂を免れる。
「カーム……俺ァ……」
「恐れることは恥ではない。世の中にはどうにもならないこともあるけど……落ち着いて話せば上手くいくこともある。僕と一緒に乗り越えてみない?」
今から、あの少女と落ち着いて話すということだろう。
向こうだって正気ではない可能性が高いのに、だ。
しかしカームの言うことが正しいのはわかっている、トラウマをそのままにして生きていくのもまた辛いものだ。
「お、俺だって……乗り越え――」
「ごめんくださーい」
「あってめェ!? ノック!? ちょっ、早い!! 早ェ!!」
まだ心の準備などできていないのに、カームはさっさと扉を叩く。
『吸血の儀』の最中であることから、住民の反応は早い。足音がして、
「えっ……カーム様!? ま、まさか我々が吸血を!?」
「いえ。紛らわしいタイミングになってしまいましたが、別件です――こちらの吸血鬼に見覚えは?」
「えぇっと……」
流れるように紹介されてしまったナイトは、出てきた中年の男性と対峙する。
扉が開いてから、借りてきた猫のように黙り込むナイト。
目を合わせられない。彼は少女の父親だ。しっかりと顔を覚えている。
相手も、
「もしかして……小さい頃に娘の……」
「そうです」
「……君か……」
こちらをじっくり見ている男の表情を、ナイトもチラッと確認する。
何とも言えない悲しそうな様子だが、そこまで恨みがあるようには見えないのが救いだった。
一言も話せないでいるナイトをフォローするように、カームは喋り続ける。
「二度手間になってしまいますので、娘様とお話できないでしょうか? ご両親にも近くで聞いていただきたい」
「……色々お聞きしたいことは、ありますが……カーム様が仰るのなら」
「感謝します」
「奥の部屋です。あいつは……寝ているかもしれませんが……」
「よろしいですか? あまり長い時間をかけるつもりはございません」
「ええ勿論」
父親の了承を得て、カームは意外にもズカズカと家の中へ。
ナイトも萎縮しながら後に続く。少女の母親とすれ違う。彼女はナイトの姿を見ると、両手で口を覆って目を見開いている。
カームが部屋の扉をノックするが、返事が無い。父親が頷いたので、ゆっくりと開ける。
こんもりとした布団が見える。微かに動いた。起きているようだ。
「ッ……」
近づき難い。
ナイトは、全身の震えを感じる。全身から汗が噴き出しているのを感じる。うるさい心臓の鼓動を感じる。
やめておけば良かった。断れば良かった。
「ちょっとお話いいかな?」
「…………」
「僕は騎士団の団長、カームだ」
「……っ」
「君に話があるっていう――」
「あの……」
「ん?」
片膝をつくカームの正面、布団の中から初めて声がした。
さすがに『あの時』から声変わりはしているはずだが、ナイトは心臓が跳ねるような感覚に襲われる。
「騎士団……ってことは……あなた、は……吸血鬼……ですか……?」
「うん」
「っ……」
「怖いよね。わかってる。顔を出さなくてもいいから……彼の話を聞いておいてほしい」
「……?」
「君が聞くだけでも。彼が話すだけでも。何かが違ってくると思うんだ」
腰の辺りを押されたナイトは、へたり込むようにカームの隣に両膝をつく。
小声で「言いたいことを言って」と指示されるが、どうしたらいいかわからない。
「あ……お、俺は……」
「…………」
「俺も……吸血鬼で……」
「……!」
ナイトも当時とは声が変わっているが、少女も察しがついているかもしれない。
唐突に、こんな辛気臭い空気になっているのだから。
「あんたは……あんたのことは……」
言葉に詰まる。
でもここで中断するなど許されない。ここまで来てしまったのだ、半端な真似は少女に失礼となってしまう。
「あんたのことは……ずっと、ずっと……ずっと、心残りで……」
「…………」
「ずっと忘れられなくて……ずっと……謝りたかった……」
「…………」
「あ、あァ……はは……いざ来てみると……全然、言葉が出ない……」
「…………」
今の気持ちを正直に伝える。
気まずい。苦しい。頭が真っ白。そして、
「ごめん……本当にごめんなさい……」
「…………」
土下座にもなっていない不格好な体勢だが、とにかく顔を床に擦りつけるように頭を下げる。
「…………」
「謝っても許されることじゃない……あんたには……消えない傷を付けたんだから……でも、それでも……ごめん……ごめん」
「…………」
「ごめん……!!」
しばらくの間ナイトは、そのままの体勢で謝り倒した。
少女から返答は無かった。両親も無言で見つめるだけだった。
「……ごめっ……こ、めっ……」
「もう――これ以上は迷惑だね」
どれくらい時間が経っただろう。ふと気づくと、ナイトは喉が潰れそうなほどに声を発していたし、カラカラに渇いていた。額から多少の流血があった。
カームが『迷惑』と表現してしまうほど、長い時間ここに居たようだ。
「も、申し訳ない、娘が……」
「結局、長い時間になってしまいましたね……大変失礼しました。ではこれで」
「えっ、カーム様!? 彼は……」
「…………」
カームがナイトを引きずるようにして家から出ようとすると、父親が焦って質問してくる。
「彼はナイト。5歳の時の経験から人間の血を吸ったことがなく、父親に捨てられ、スラム街で十年以上過ごしていたところを二日前、我々が保護しました」
「「「っ!?」」」
まさか全て喋ってしまうとは思っておらず、ナイトは驚く。だがそれ以上に両親は驚いていて、声も出せないようだった。
この距離だと……少女にも聞こえてしまっただろうか。わからない。
「今度こそ、失礼。貴重なお時間を割いていただきありがとうございました」
カームが一礼し、玄関から出ていく。扉を閉めようとする。
と、
「っ……!! まっ……!!」
扉の隙間から何かが聞こえ、足を止める。
向こう側から開いて、
「ま、待って……!」
ナイトは目を見開く。
寝癖だらけの長い茶髪の少女が、寝間着のまま飛び出してきたのだ。
首筋には……やはり二つの赤い点。ナイトが牙を刺した傷が。
「わ、わた、わたしっ……も……! ごめんなさい……っ!」
「え……」
「あのとき……泣いちゃったから……吸血鬼さんも……こわかったと思うっ……」
「……!」
「怒ってない、よ……? でも、もうやっちゃったから……どうすれば、いいのか、わからなくて……今も、何て言ったらいいのか……わからなくて……」
「……い……いいんだよ……何も言わないで、いい……」
泣きながら叫んでくれる少女に、ナイトも涙腺が熱くなってくる。
でも、もう言うことはない。何も。
「……また、会おうね……吸血鬼さん……!」
「あァ……!」
手を振り、別れる。
二人が次に再会するのは――もう少しだけ先のお話。
◇ ◇ ◇
「……無茶振り、してしまったね。でも荒療治だった割には上手くいったと思わない?」
「……結果的にはなァ」
村の端の方で二人は石垣に並んで座っていた。カームは背筋良く、ナイトは項垂れて。
「疲れた……」
「気分は?」
「疲れたが……前と比べて、どこか、体が軽くなったような……」
「素晴らしいね。後悔を完全に抹消するのはとても難しい。だから、少しでも軽くしていくのが一番なんだよ」
カームの言うように、今、ナイトは悪くない気分でいられている。
あの場で何も言えないままいたら、後悔がもっと増えて、もっと重くのしかかってきたことだろう。
彼女と話せたこと。謝れたこと――本当に良かった。
「カーム」
「ん?」
「……ありがとう。俺一人じゃ無理だった。それこそ一生なァ」
「…………」
心からの感謝を直球で伝える。
たったこれだけのことでも、ナイトにとってカームは恩人である。
彼は礼など欲していなかっただろうが、嬉しそうに笑っている。
だが――穏やかな時間はここまでのようだった。
「団長……!」
「あ、君か。どうだった?」
「調査の結果、長老殺しの犯人がわかりました……スラム街のボス『ヴラド七世』でした」
「やっぱりそうだったか……あの串刺しの殺害方法、隠す気も無かったわけだね」
「調査に勘付いたのか、ついさっきから教会に立てこもっているという情報が」
明らかに村とは違う方向からやって来た騎士の突然の報告に、カームは暗い表情で答える。
ナイトは瞬きすることしかできない。
「だ、団長……他の者には?」
「言わないでいい。僕と……ナイトだけで何とかする」
「はァッ!?」
「左様ですか……ではお気をつけください、ご存知だとは思いますが……」
「彼は『古代の遺物』らしき物を持ってる、って話かな? 重々承知してる。報告助かった」
足早に退散していく騎士。
カームも立ち上がり、村とは違う方面へ向かう。ナイトも追いかけ、
「ちょっと待ててめェ! どういう――」
「長老は深夜に殺害されていたんだ。串刺しにされてね。それを知った数人の騎士が調査を買って出てくれたから任せて、僕らは『吸血の儀』に集中してたんだ」
「おいおい……長老が殺されたんならァ、騎士団総出でやらなきゃ割に合わねェんじゃねェのかよ」
いくら象徴でしかないとはいえ、殺害されたのに随分とお粗末な対応ではないか。
だがもちろん考えあってのことであり、
「そうしなかった理由は二つあるんだ。一つ、『吸血の儀』は予定通りに執り行わないと、人間たちと都合をつけるのが難しくなるし、騎士団が弱体化してしまう」
「……!」
「二つ、僕は犯人が『ヴラド七世』であると予測をつけていた――彼は頭のネジが外れていて、僕らがスラム街に手を出せない最大の要因でもある。並の騎士では彼に太刀打ちできない、下手に手を出すと甚大な被害が出る。だから内密に調べていたんだ」
「そ、そんなに強ェのかよ、ヴラドって野郎は……」
「――君も無関係ではないよ」
「ッ!?」
一層暗い顔をするカームは、ナイトに忠告してすぐに走り出す。
信じられないほど速い。霧の中、あっという間にスラム街まで到達。勢いを付けてジャンプし、翼を広げて大階段の上を飛行していく。
ナイトも必死でついていく。
「おいっ、俺とそいつに何の関係があるってんだァ!? 身に覚えがねェよ!」
ナイトがいた街のボスとか呼ばれていたが、見たことも聞いたこともない。
カームがこれだけ恐れる相手。もしそいつに遭遇していたら、ナイトも命が無かったのだろうか……
「ブライトを殺したのも、ヴラド七世だ」
「ッ!!!」
次から次へと、信じ難い事実が飛び出してくる。
辛抱たまらなくなったナイトは「待て!」とカームの腕を掴み、二人で階段に着地。
「親父を……親父は、殺されたのかよ!?」
今思えば死因については全く聞いていなかった。なぜ死んだのか、そこまでナイトは考えていなかったのである。
ブライトの死について話す時、カームはいつも悲しそうにする。だがついに真相を話す気になったらしく、彼は俯き「手短に話すよ」とだけ前置きした。
「君を捨てた直後、まずノーチェさんが病気で寝込んだ。強い後悔によって免疫力が落ちたのか……生きる気力を失ったか。間もなく死亡してしまったそうだ」
「お袋……? こ、後悔で……?」
「ベッドで横になっている時も……寝てる時も。いつも『ナイト』『ナイト』と呟いていたらしい」
「え……」
想像もしなかった展開に、ナイトは圧倒されるしかない。
その後にカームが続けるのは当然、
「何度も僕に相談していたことから明らかだけど、ブライトも自殺を考えるほど後悔していた。君を捨てた直後から、ずっと」
「……は……?」
「彼は真面目すぎたんだ。吸血鬼であることに、こだわりすぎた。いつもナイトの話をして泣きながら『馬鹿なことをした』『許してもらえるわけがない』と……」
「っ……」
「ノーチェさんを失い、いよいよ彼はおかしくなった。後先を考えられなくなり、一人でヴラド七世に挑んでいった」
「…………」
「ブライトも弱くはなかったけど……誰であろうとヴラド七世には、一人では絶対に勝てない理由があった」
「な……!?」
「……現場は……凄惨な光景だったよ。ブライトは串刺しの状態で……」
「ッ……!!」
しばらく喋り続けていたカームだが、咄嗟に口を噤む。
それはナイトを慮ったというよりも、当時の情景を思い出したくなかったかのようだった。
「親父の話は……もういい……」
「…………」
「ひ、一人で勝てねェほど強ェなら、他の奴も連れてくべきだろ……? なぜ俺を……」
わからないのは、騎士ですらないナイトのみを連れて行く意味だ。
「実は、ヴィクターと僕で挑んだこともある」
「ッ! 敵わなかったのか!?」
「というより……ヴィクターは僕が危険になると庇ってくれるんだ。そういう姿勢では、決定打に欠けてしまってね」
「サシャは?」
「……恐らく、同じ結果になる」
「…………」
カームに憧れているヴィクターが庇うのも想像つくが、もっと盲信しているサシャを連れて行ったら……もっと大変なことになってもおかしくない。
こんな調子では、カームもヴラド七世の討伐を諦めてしまうわけだ。仲間が傷付く様を見たくないだろうし。
「それで……俺か」
「君なら、僕を守ろうなんて思わないだろう? そういう人に来てもらいたかった」
「味方のことなど気にせず、ガンガン攻撃しろと……それはわかったが……」
「……?」
理由がわかったからと言っても、ホイホイとついていくのは気が引ける。
なぜなら、
「俺ァ犯罪者だろうが。つい昨日まで、ヴラド七世と同じ街で……同じように暴れてた」
ナイトもあまり変わらない立場だと、そう感じるからだ。
急に悪を成敗する立場になるなんて、おかしくないだろうか。
だがカームは首を横に振る。
「君は彼とは違うと僕は思ってる。そもそも君は殺人をしてないだろう?」
「そ、そりゃァ……」
「騎士のことは置いといて、問題は民間人だよ。君の方からいきなり喧嘩を吹っかけたりした?」
「あ、あァ……っと……いつも、向こうから突っかかってきて……」
「だよね。騎士の報告でも、いつもそう。君から襲い掛かってきたなんて話は聞いたことがない。ヴラド七世とは真逆だ、彼は過去何度も無茶苦茶な虐殺を行ってきたんだから。騎士だって何人も殺された」
「…………」
「やっぱり……不満かい? 戦うのは好きなのかと思ってたんだけど……」
「…………」
「お父さんの仇も……取らなくていい?」
「ッ!!」
カームの言い方は決して焚き付けているようではなく、『ぜひ一緒に戦ってほしい』と懇願するようなニュアンス。
しかしナイトは否定する。
「だから、親父に思い入れは無ェって……」
「…………」
「なァ、カーム」
「……え?」
彼は勘違いをしている。
ナイトの気持ちを、勘違いしている。自分のことを蔑ろにするばかりに……
「俺ァ、てめェに協力したい。てめェのことを助けてやりたい」
「っ!!」
「それでいいだろ。いちいち理由をつけんじゃねェよ」
「……そうか……そういうことか……」
カームは自分を否定するばかりに、ナイトから既に好意を寄せられていることに気づいていないのだ。
ぶっきらぼうな言葉でようやく気づき、
「ナイト……僕に力を貸してくれ。僕と一緒に、ヴラド七世を倒してほしい」
「よし、乗った!」
差し出されるカームの拳に、ナイトも拳を強く合わせる。絆のグータッチだ。
もう関係性が、最初とは違う。
『団員に文句言われそうだから吸血の儀についてきてもらう』『吸血しないことを確かめるために様子を見る』『父親の仇だから当然戦うだろう』。
コソコソと隠し事ばかりの、理由をつけないと信頼することもできないような、そんな関係性をナイトは終わりにしたかった。
というかカームが良い奴すぎて、ナイトはもう他人のように接することができない。
正直――家族よりも思い入れがある。
二日前に出会ったばかりなのに不思議だ。
「……あ。武器が無ェな俺……」
「ナイト」
「何かあるか?」
「これだよ、これ」
もしかしてこの時を待っていたのかもしれない。カームはもう一本、謎の刀を背負っていた。
それは昨日の、
「親父の刀……!?」
「使ってよ」
「おい……受け取らねェと言っただろ! 親父のなんか使いたくねェんだ! 他に何か――」
「ナイト」
カームは先程ナイトに諭されて距離を取らなくなったらしく、彼の本音は、
「元の所有者が誰だろうと、もういいじゃないか」
「…………」
「元が君の両親の刀でも――今、これは『僕が君に渡したい刀』で、それ以上でもそれ以下でもない」
「っ!」
「この刀の名は『極夜』。受け取ってくれ。ナイトに使ってほしいんだ!」
これは、もはやブライトとノーチェの形見ではなくて。
カームが、ナイトに、渡したい刀。
昨日とは違う。
ナイトは力強く受け取り、二人は階段を駆け上がる。
教会へ。ヴラド七世との決戦の地へ――
この『極夜』を生涯かけて愛用することになるなんて……この時のナイトは考えもしていなかったが。




