表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
250/255

第226話 『極夜』



 またしても、ナイトから見たカームの印象はガラリと変わってしまった。


 騎士団の団長として、みんなから憧れられ、尊敬されている存在。

 だがそれはカームが『普通の吸血鬼』だという前提があってこそのもの。

 秘密を知ってしまったら、今まで憧れていた者たちはどういう反応をするのだろう。

 ――これまでのナイトの人生を鑑みればすぐにわかるものだが。


 父親に捨てられ、ゴミ溜めで不良とケンカしながら生きる人生だった、不器用なナイト。

 器用なカームはそれを避けられたが、団長として強くなり、仲間の騎士や国民たちに嘘をつき続ける人生となってしまった。

 優しいカームにとって、どれだけ辛かったろう。苦しかったろう。


 孤独を極めた二人の人生が――満を持して今日、交わったのだ。


「……なるほど。僕はブライトの話しか知らなかったから、本人からも聞けて良かった。細かい部分まで理解できたと思う」


 とある人間の家へ向かう途中で、ナイトはカームに、その家で起きたトラウマの事件について話した。

 ナイトとしては口にするのも憚られるものだったが、相手が自分と同じく『変な吸血鬼』だから、彼が親身になって聞いてくれるから、話すことができた。


「昔の吸血鬼ってのァ……今みてェに行儀良くなかったのか?」


「それはどういう意味?」


 幼少期のことを話している中で、ナイト自身も忘れていた記憶が掘り起こされたりしていた。


「いや、親父がよ……『団長の教え』がどうのって……ずいぶん前だが、てめェのことじゃねェのか」


「ああ……『吸血後すぐに傷を塞ぐ』とか、『何か起きて中断した時はすぐに血を返す』とかってルールの話だね」


「…………」


「ほとんどは僕が決めたわけではないよ。確かに昔は、いつでもどこでも、吸血鬼が好きな時に好きな人間の血を吸ったりとか、そういう横暴な面があった……だから今でも吸血鬼を嫌う人間が多かったりするんだ」


「…………」


「でも段々と人間たちも科学が発達したり、力をつけてきて……吸血鬼も今までのように自由に生きるのは危険だし、やっぱり倫理的におかしい……っていう世間の風潮になってきたらしい」


「…………」


「それで、他の地域はわからないけど……少なくともデュラレギア鬼神国ではルールが増え始めた。できるだけ吸血鬼と人間どちらかに偏りが無いようにね。僕は既に決まっていたルールに、団長として細かい修正や補足を『添えた』に過ぎないんだ」


「……親父は、てめェをひどく尊敬してるようだったがな」


「嬉しいことだけどね。彼は……本当に真面目だったな……真面目すぎるほどに……」


 ナイトも理解している。

 他でもなく父親のブライト本人から、カームは『子供を捨てた』話を聞いているのだ。


 どう感じたのだろうか。

 いくら仲間とはいえ、平等に考えることができるカームならば、ブライトを全肯定するとは思えない。

 しかもカームも同じく吸血をしない性分。私情を挟まないようにするだけでも難しかったはず。


 彼を『真面目』と表現するのは、字面だけなら褒め言葉に聞こえるだろう。

 だがカームの言い方は……よくわからないが、複雑な感情を持っていることだけが伝わってきた。


「着いたね。君のよく知っている家」


「ッ……!!」


 話している内に、到着してしまった。

 ただカームと喋っているだけの時間が永遠に続いていれば良かったのに。そうやって現実逃避をするのはナイトの悪癖だ。


 さっきも見た家。見ただけで正気を失いそうになった家だ。

 今は見るだけならギリギリ耐えられるが、それはカームが横にいるからだろうか。安心しているのか、それともなけなしのプライドを守ろうとしているだけか。


「……団長? ナイト?」


「やぁヴィクター、もう終わったんだ」


「ボクはね。他の団員が終わったら、いつも通り点呼を取ってから兵舎に戻る……けど、二人は何を?」


「僕らも終わったから、お喋りをしてるだけだよ。まだ兵舎には戻らないから、気にしないで大丈夫」


「そっか……あと団長、実は『長老』が見当たらないんだけど……どこにいるか知ってる?」


「…………」


 突然カームが無表情で黙り込む。

 この国の『長老』というのは、だいたい高齢の者が就く。象徴のような存在で、あまり存在感は無い立場なのだが……


「……彼のことなら大丈夫。僕がちゃんと把握しているから」


「そう? ……なら良いんだけど」


 ナイトも、恐らくヴィクターも、カームの様子がおかしいことには気づいている。

 受け答えが、暗い。何かを隠しているようにしか見えない。

 でもカームがそう言うのだから、とりあえず引き下がるしかないだろう。ヴィクターは踵を返し、


「……ところで、この家には何の用?」


「…………」


 ふと思いついたように問うてくる。

 カームは少し考えてから、


「この家には……君やナイトと同じ年頃の少女がいたね」


「あぁ、幼少期のトラウマとやらで()()()()()の?」


「うん。軽く挨拶しようかと……ね」


「なるほど。では団長、また後ほど」


 シルクハットを持ち上げつつ、ヴィクターは歩き去っていく。

 ナイトは、


「……あァ……っ、あ……」


 責任を重く受け止めていた。

 あの少女が、ナイトのせいで、引きこもっている。この家に。

 ナイトが付けてしまった一生ものの傷痕のせいで……彼女は!!!!


「ナイト」


「っ!?」


 体が震え始めたナイトは、カームが肩に手を置いてくれたことで発狂を免れる。


「カーム……俺ァ……」


「恐れることは恥ではない。世の中にはどうにもならないこともあるけど……落ち着いて話せば上手くいくこともある。僕と一緒に乗り越えてみない?」


 今から、あの少女と落ち着いて話すということだろう。

 向こうだって正気ではない可能性が高いのに、だ。

 しかしカームの言うことが正しいのはわかっている、トラウマをそのままにして生きていくのもまた辛いものだ。


「お、俺だって……乗り越え――」


「ごめんくださーい」


「あってめェ!? ノック!? ちょっ、早い!! 早ェ!!」


 まだ心の準備などできていないのに、カームはさっさと扉を叩く。

 『吸血の儀』の最中であることから、住民の反応は早い。足音がして、


「えっ……カーム様!? ま、まさか我々が吸血を!?」


「いえ。紛らわしいタイミングになってしまいましたが、別件です――こちらの吸血鬼に見覚えは?」


「えぇっと……」


 流れるように紹介されてしまったナイトは、出てきた中年の男性と対峙する。


 扉が開いてから、借りてきた猫のように黙り込むナイト。

 目を合わせられない。彼は少女の父親だ。しっかりと顔を覚えている。

 相手も、


「もしかして……小さい頃に娘の……」


「そうです」


「……君か……」


 こちらをじっくり見ている男の表情を、ナイトもチラッと確認する。

 何とも言えない悲しそうな様子だが、そこまで恨みがあるようには見えないのが救いだった。


 一言も話せないでいるナイトをフォローするように、カームは喋り続ける。


「二度手間になってしまいますので、娘様とお話できないでしょうか? ご両親にも近くで聞いていただきたい」


「……色々お聞きしたいことは、ありますが……カーム様が仰るのなら」


「感謝します」


「奥の部屋です。あいつは……寝ているかもしれませんが……」


「よろしいですか? あまり長い時間をかけるつもりはございません」


「ええ勿論」


 父親の了承を得て、カームは意外にもズカズカと家の中へ。

 ナイトも萎縮しながら後に続く。少女の母親とすれ違う。彼女はナイトの姿を見ると、両手で口を覆って目を見開いている。


 カームが部屋の扉をノックするが、返事が無い。父親が頷いたので、ゆっくりと開ける。

 こんもりとした布団が見える。微かに動いた。起きているようだ。


「ッ……」


 近づき難い。

 ナイトは、全身の震えを感じる。全身から汗が噴き出しているのを感じる。うるさい心臓の鼓動を感じる。

 やめておけば良かった。断れば良かった。


「ちょっとお話いいかな?」


「…………」


「僕は騎士団の団長、カームだ」


「……っ」


「君に話があるっていう――」


「あの……」


「ん?」


 片膝をつくカームの正面、布団の中から初めて声がした。

 さすがに『あの時』から声変わりはしているはずだが、ナイトは心臓が跳ねるような感覚に襲われる。


「騎士団……ってことは……あなた、は……吸血鬼……ですか……?」


「うん」


「っ……」


「怖いよね。わかってる。顔を出さなくてもいいから……彼の話を聞いておいてほしい」


「……?」


「君が聞くだけでも。彼が話すだけでも。何かが違ってくると思うんだ」


 腰の辺りを押されたナイトは、へたり込むようにカームの隣に両膝をつく。

 小声で「言いたいことを言って」と指示されるが、どうしたらいいかわからない。


「あ……お、俺は……」


「…………」


「俺も……吸血鬼で……」


「……!」


 ナイトも当時とは声が変わっているが、少女も察しがついているかもしれない。

 唐突に、こんな辛気臭い空気になっているのだから。


「あんたは……あんたのことは……」


 言葉に詰まる。

 でもここで中断するなど許されない。ここまで来てしまったのだ、半端な真似は少女に失礼となってしまう。


「あんたのことは……ずっと、ずっと……ずっと、心残りで……」


「…………」


「ずっと忘れられなくて……ずっと……謝りたかった……」


「…………」


「あ、あァ……はは……いざ来てみると……全然、言葉が出ない……」


「…………」


 今の気持ちを正直に伝える。

 気まずい。苦しい。頭が真っ白。そして、


「ごめん……本当にごめんなさい……」


「…………」


 土下座にもなっていない不格好な体勢だが、とにかく顔を床に擦りつけるように頭を下げる。


「…………」


「謝っても許されることじゃない……あんたには……消えない傷を付けたんだから……でも、それでも……ごめん……ごめん」


「…………」


「ごめん……!!」


 しばらくの間ナイトは、そのままの体勢で謝り倒した。

 少女から返答は無かった。両親も無言で見つめるだけだった。


「……ごめっ……こ、めっ……」


「もう――これ以上は迷惑だね」


 どれくらい時間が経っただろう。ふと気づくと、ナイトは喉が潰れそうなほどに声を発していたし、カラカラに渇いていた。額から多少の流血があった。

 カームが『迷惑』と表現してしまうほど、長い時間ここに居たようだ。


「も、申し訳ない、娘が……」


「結局、長い時間になってしまいましたね……大変失礼しました。ではこれで」


「えっ、カーム様!? 彼は……」


「…………」


 カームがナイトを引きずるようにして家から出ようとすると、父親が焦って質問してくる。



「彼はナイト。5歳の時の経験から人間の血を吸ったことがなく、父親に捨てられ、スラム街で十年以上過ごしていたところを二日前、我々が保護しました」


「「「っ!?」」」



 まさか全て喋ってしまうとは思っておらず、ナイトは驚く。だがそれ以上に両親は驚いていて、声も出せないようだった。

 この距離だと……少女にも聞こえてしまっただろうか。わからない。


「今度こそ、失礼。貴重なお時間を割いていただきありがとうございました」


 カームが一礼し、玄関から出ていく。扉を閉めようとする。

 と、


「っ……!! まっ……!!」


 扉の隙間から何かが聞こえ、足を止める。

 向こう側から開いて、


「ま、待って……!」


 ナイトは目を見開く。

 寝癖だらけの長い茶髪の少女が、寝間着のまま飛び出してきたのだ。

 首筋には……やはり二つの赤い点。ナイトが牙を刺した傷が。


「わ、わた、わたしっ……も……! ごめんなさい……っ!」


「え……」


「あのとき……泣いちゃったから……吸血鬼さんも……こわかったと思うっ……」


「……!」


「怒ってない、よ……? でも、もうやっちゃったから……どうすれば、いいのか、わからなくて……今も、何て言ったらいいのか……わからなくて……」


「……い……いいんだよ……何も言わないで、いい……」


 泣きながら叫んでくれる少女に、ナイトも涙腺が熱くなってくる。

 でも、もう言うことはない。何も。


「……また、会おうね……吸血鬼さん……!」


「あァ……!」


 手を振り、別れる。

 二人が次に再会するのは――もう少しだけ先のお話。



◇ ◇ ◇



「……無茶振り、してしまったね。でも荒療治だった割には上手くいったと思わない?」


「……結果的にはなァ」


 村の端の方で二人は石垣に並んで座っていた。カームは背筋良く、ナイトは項垂れて。


「疲れた……」


「気分は?」


「疲れたが……前と比べて、どこか、体が軽くなったような……」


「素晴らしいね。後悔を完全に抹消するのはとても難しい。だから、少しでも軽くしていくのが一番なんだよ」


 カームの言うように、今、ナイトは悪くない気分でいられている。

 あの場で何も言えないままいたら、後悔がもっと増えて、もっと重くのしかかってきたことだろう。

 彼女と話せたこと。謝れたこと――本当に良かった。






「カーム」


「ん?」


「……ありがとう。俺一人じゃ無理だった。それこそ一生なァ」


「…………」






 心からの感謝を直球で伝える。

 たったこれだけのことでも、ナイトにとってカームは恩人である。


 彼は礼など欲していなかっただろうが、嬉しそうに笑っている。

 だが――穏やかな時間はここまでのようだった。



「団長……!」


「あ、君か。どうだった?」


「調査の結果、()()()()の犯人がわかりました……スラム街のボス『ヴラド七世』でした」


「やっぱりそうだったか……あの串刺しの殺害方法、隠す気も無かったわけだね」


「調査に勘付いたのか、ついさっきから教会に立てこもっているという情報が」



 明らかに村とは違う方向からやって来た騎士の突然の報告に、カームは暗い表情で答える。

 ナイトは瞬きすることしかできない。



「だ、団長……他の者には?」


「言わないでいい。僕と……()()()だけで何とかする」

「はァッ!?」


「左様ですか……ではお気をつけください、ご存知だとは思いますが……」


「彼は『古代の遺物』らしき物を持ってる、って話かな? 重々承知してる。報告助かった」



 足早に退散していく騎士。

 カームも立ち上がり、村とは違う方面へ向かう。ナイトも追いかけ、


「ちょっと待ててめェ! どういう――」


「長老は深夜に殺害されていたんだ。串刺しにされてね。それを知った数人の騎士が調査を買って出てくれたから任せて、僕らは『吸血の儀』に集中してたんだ」


「おいおい……長老が殺されたんならァ、騎士団総出でやらなきゃ割に合わねェんじゃねェのかよ」


 いくら象徴でしかないとはいえ、殺害されたのに随分とお粗末な対応ではないか。

 だがもちろん考えあってのことであり、


「そうしなかった理由は二つあるんだ。一つ、『吸血の儀』は予定通りに執り行わないと、人間たちと都合をつけるのが難しくなるし、騎士団が弱体化してしまう」


「……!」


「二つ、僕は犯人が『ヴラド七世』であると予測をつけていた――彼は頭のネジが外れていて、僕らがスラム街に手を出せない最大の要因でもある。並の騎士では彼に太刀打ちできない、下手に手を出すと甚大な被害が出る。だから内密に調べていたんだ」


「そ、そんなに強ェのかよ、ヴラドって野郎は……」


「――君も無関係ではないよ」


「ッ!?」


 一層暗い顔をするカームは、ナイトに忠告してすぐに走り出す。

 信じられないほど速い。霧の中、あっという間にスラム街まで到達。勢いを付けてジャンプし、翼を広げて大階段の上を飛行していく。

 ナイトも必死でついていく。


「おいっ、俺とそいつに何の関係があるってんだァ!? 身に覚えがねェよ!」


 ナイトがいた街のボスとか呼ばれていたが、見たことも聞いたこともない。

 カームがこれだけ恐れる相手。もしそいつに遭遇していたら、ナイトも命が無かったのだろうか……



「ブライトを殺したのも、ヴラド七世だ」


「ッ!!!」



 次から次へと、信じ難い事実が飛び出してくる。

 辛抱たまらなくなったナイトは「待て!」とカームの腕を掴み、二人で階段に着地。


「親父を……親父は、殺されたのかよ!?」


 今思えば死因については全く聞いていなかった。なぜ死んだのか、そこまでナイトは考えていなかったのである。

 ブライトの死について話す時、カームはいつも悲しそうにする。だがついに真相を話す気になったらしく、彼は俯き「手短に話すよ」とだけ前置きした。



「君を捨てた直後、まずノーチェさんが病気で寝込んだ。強い後悔によって免疫力が落ちたのか……生きる気力を失ったか。間もなく死亡してしまったそうだ」


「お袋……? こ、後悔で……?」


「ベッドで横になっている時も……寝てる時も。いつも『ナイト』『ナイト』と呟いていたらしい」


「え……」



 想像もしなかった展開に、ナイトは圧倒されるしかない。

 その後にカームが続けるのは当然、



「何度も僕に相談していたことから明らかだけど、ブライトも自殺を考えるほど後悔していた。君を捨てた直後から、ずっと」


「……は……?」


「彼は真面目すぎたんだ。吸血鬼であることに、こだわりすぎた。いつもナイトの話をして泣きながら『馬鹿なことをした』『許してもらえるわけがない』と……」


「っ……」


「ノーチェさんを失い、いよいよ彼はおかしくなった。後先を考えられなくなり、一人でヴラド七世に挑んでいった」


「…………」


「ブライトも弱くはなかったけど……誰であろうとヴラド七世には、()()()()()()()()()()()理由があった」


「な……!?」


「……現場は……凄惨な光景だったよ。ブライトは串刺しの状態で……」


「ッ……!!」



 しばらく喋り続けていたカームだが、咄嗟に口を噤む。

 それはナイトを慮ったというよりも、当時の情景を思い出したくなかったかのようだった。


「親父の話は……もういい……」


「…………」


「ひ、一人で勝てねェほど強ェなら、他の奴も連れてくべきだろ……? なぜ俺を……」


 わからないのは、騎士ですらないナイトのみを連れて行く意味だ。


「実は、ヴィクターと僕で挑んだこともある」


「ッ! 敵わなかったのか!?」


「というより……ヴィクターは僕が危険になると庇ってくれるんだ。そういう姿勢では、決定打に欠けてしまってね」


「サシャは?」


「……恐らく、同じ結果になる」


「…………」


 カームに憧れているヴィクターが庇うのも想像つくが、もっと盲信しているサシャを連れて行ったら……もっと大変なことになってもおかしくない。

 こんな調子では、カームもヴラド七世の討伐を諦めてしまうわけだ。仲間が傷付く様を見たくないだろうし。


「それで……俺か」


「君なら、僕を守ろうなんて思わないだろう? そういう人に来てもらいたかった」


「味方のことなど気にせず、ガンガン攻撃しろと……それはわかったが……」


「……?」


 理由がわかったからと言っても、ホイホイとついていくのは気が引ける。

 なぜなら、


「俺ァ犯罪者だろうが。つい昨日まで、ヴラド七世と同じ街で……同じように暴れてた」


 ナイトもあまり変わらない立場だと、そう感じるからだ。

 急に悪を成敗する立場になるなんて、おかしくないだろうか。

 だがカームは首を横に振る。


「君は彼とは違うと僕は思ってる。そもそも君は殺人をしてないだろう?」


「そ、そりゃァ……」


「騎士のことは置いといて、問題は民間人だよ。君の方からいきなり喧嘩を吹っかけたりした?」


「あ、あァ……っと……いつも、向こうから突っかかってきて……」


「だよね。騎士の報告でも、いつもそう。君から襲い掛かってきたなんて話は聞いたことがない。ヴラド七世とは真逆だ、彼は過去何度も無茶苦茶な虐殺を行ってきたんだから。騎士だって何人も殺された」


「…………」


「やっぱり……不満かい? 戦うのは好きなのかと思ってたんだけど……」


「…………」


「お父さんの仇も……取らなくていい?」


「ッ!!」


 カームの言い方は決して焚き付けているようではなく、『ぜひ一緒に戦ってほしい』と懇願するようなニュアンス。

 しかしナイトは否定する。


「だから、親父に思い入れは無ェって……」


「…………」


「なァ、カーム」


「……え?」


 彼は勘違いをしている。

 ナイトの気持ちを、勘違いしている。自分のことを蔑ろにするばかりに……



「俺ァ、てめェに協力したい。てめェのことを助けてやりたい」


「っ!!」


「それでいいだろ。いちいち理由をつけんじゃねェよ」


「……そうか……そういうことか……」



 カームは自分を否定するばかりに、ナイトから既に好意を寄せられていることに気づいていないのだ。

 ぶっきらぼうな言葉でようやく気づき、



「ナイト……僕に力を貸してくれ。僕と一緒に、ヴラド七世を倒してほしい」


「よし、乗った!」



 差し出されるカームの拳に、ナイトも拳を強く合わせる。絆のグータッチだ。


 もう関係性が、最初とは違う。

 『団員に文句言われそうだから吸血の儀についてきてもらう』『吸血しないことを確かめるために様子を見る』『父親の仇だから当然戦うだろう』。

 コソコソと隠し事ばかりの、理由をつけないと信頼することもできないような、そんな関係性をナイトは終わりにしたかった。


 というかカームが良い奴すぎて、ナイトはもう他人のように接することができない。


 正直――家族よりも思い入れがある。


 二日前に出会ったばかりなのに不思議だ。


「……あ。武器が無ェな俺……」


「ナイト」


「何かあるか?」


「これだよ、これ」


 もしかしてこの時を待っていたのかもしれない。カームはもう一本、謎の刀を背負っていた。

 それは昨日の、


「親父の刀……!?」


「使ってよ」


「おい……受け取らねェと言っただろ! 親父のなんか使いたくねェんだ! 他に何か――」


「ナイト」


 カームは先程ナイトに諭されて距離を取らなくなったらしく、彼の本音は、



「元の所有者が誰だろうと、もういいじゃないか」


「…………」


「元が君の両親の刀でも――今、これは『僕が君に渡したい刀』で、それ以上でもそれ以下でもない」


「っ!」


「この刀の名は『極夜(きょくや)』。受け取ってくれ。ナイトに使ってほしいんだ!」



 これは、もはやブライトとノーチェの形見ではなくて。

 カームが、ナイトに、渡したい刀。


 昨日とは違う。


 ナイトは力強く受け取り、二人は階段を駆け上がる。

 教会へ。ヴラド七世との決戦の地へ――



 この『極夜』を生涯かけて愛用することになるなんて……この時のナイトは考えもしていなかったが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ