幕間 『国内も国外も』
「…………」
開かれたアタッシュケースから取り出したパーツを、組み立てていく。
男の前方に広がるのは、濃霧に包まれた亡国。
◇ ◇ ◇
(ジルを怪我させたのって……まさかあいつじゃねぇだろうな……!?)
バーク大森林にて、茂みに身を隠しながら走るドラク。
彼は、茂みの向こう側を歩く一人の男を追っていた。
(あいつの行く方向には……この前ホープやナイトが話してた『デュラレギア鬼神国』があるはず……)
自然と表情が険しくなる。眉間に皺が寄ってしまうのが自分でもわかった。
(吸血鬼だから、あいつも同じ故郷なんだろうけどよぉ……ホープと一緒にナイトも向かってるんだし、まぁお前が行くのも不自然でもねぇんだろうけどよぉ……!)
追いかけているのは、『仲間』であるはずの男だ。シルクハットに刀の――
(なぁ、ヴィクターさんよ……お前『スパイ』じゃねぇだろうな……!?)
ボロボロのエムナス・ファトマがニヤつきながら言い放った『スパイ疑惑』。
考えないようにしたい――したかった。それでも脳に焼き付いて離れてくれない。
しかしこれはドラクだけの問題ではなかった。皆、口を閉ざしているだけで、ほとんどグループの全員が同様の思いであった。
(ホープの身柄を狙う奴がいるとしたら……オレたちがバラバラに分断されてる今は、絶好のチャンスってやつだ!)
味方の中に……敵が潜んでいるのではないかと――
「っ!?」
考え事をしたドラクが目を逸らした瞬間、吸血鬼ヴィクターが姿を消す。
どういうことだ。どんなスピードだ。目を逸らしたのはほんの一瞬だというのに。
「クソッ、これはバレてたパティーンか!! となると背後にいるパティーンだな!?」
何らかのパターンを読んだドラクは即座に振り返る。しかし何もいない。
いつでも神出鬼没なヴィクターのことだ。考えすぎかとも思ったが、
「と、見せかけて安心して前を向いたらいるパティーンなんだな!?」
ものすごい勢いで顔を元の方向に戻すが、やはり何もいない。
「……こ……これは勝ち確――」
「――キミ騒がしいんだよ。雑魚がボクを尾行しようと思うだけで百年早いのに、そんなにうるさくして気づかないわけないだろ?」
「ッひぎゃああああ!!!」
汗を拭う途中で、隣にいるヴィクターに胸ぐらを掴まれた挙げ句、
「ああああぁ、はああああ!?」
刀を突きつけられてから、木の幹に押し付けられた。
ヴィクターは狂気的な微笑みを崩さない。
「何のつもりかな? また変な頼み事でも持ってきたのかい? 『殺されに来た』って言うなら喜んで斬り刻むよ」
「あばばば……ちがっ、違いま……」
「怯える感情の中に、何か別の思惑があるようにも見える……ホントに何なの? ボクはあのリーゼント野郎にケルベロスを押し付けられて、少し気が立ってるんだけど」
「ケ、ケルベロ……何? なんか聞いたことあるぞそれ……」
弱い人間であるドラクは吸血鬼にここまで迫られてるだけでパニックだというのに、謎の生物の名前まで出されると脳がおかしくなりそうだ。
「キミらとしては『おとぎ話』かもしれないけど……ケルベロスは存在するみたいだよ。今度キミの元カノにでも聞いてみればいいさ」
「……? ってか、オレを殺さないの?」
「殺してほしいの? いいよ」
「いやいやいやいやいやいや! 御免被るんですが!! てっきり殺す気かと」
あっさりと納刀して去っていこうとするヴィクターに、呆気にとられたドラクは藪蛇の質問をしてしまった。
が、
「残念、ボクは今忙しいんだ」
ヴィクターはやっぱり早々に去ろうとする。ドラクなど眼中に無いようだ。
相変わらず『デュラレギア鬼神国』の方向を見据える。その背中に、
「ジルに何もしてねぇだろうな!?」
「……は?」
ドラクは、黙ってなどいられなかった。
「噂があるんだよ! ジルが大怪我しちまう直前、お前が近くにいたって噂がな! 疑って当然だろ、お前はナイトと違って協調性の『き』の字もねぇ極悪吸血鬼さんだからな!」
「……あのさ。ボクはそんな中途半端なことはしたことないつもりだったけど。殺すんだったら、あんなちょっと斬るぐらいの怪我なんかじゃ済まさな――」
「ちょっと斬る!? ありゃ大怪我だぜ、動けないほどなんだぞ!?」
「おい。キミは何を問い詰めに来たんだよ。まだボクが喋ってる途中――」
「目的地は『デュラレギア鬼神国』だろ!? そうだろ、オレはナイトから大体の場所を聞いたから間違いねぇ! じゃあ仮にジルの件にお前が関係無いとしても、お前何のために故郷に行くんだ!? 急に懐かしくなっちゃったのか!? 思い出のアルバムでも取りに行くってのか!?」
「キミ――」
「お前が普段から居たり居なかったりしやがるから、お前のことをスパイだと疑っちまうのは変じゃねぇと思うけどな! 面倒臭かったらさっさと吐いちまった方がいいぞ!? 何てったってお前が今から向かう場所には、あっちこっちからワンサカ狙われまくりだけども俺の大親友であるホープがいるん――」
目と鼻の先に、本気で怒った様子のヴィクターが現れる。
「黙れ」
軽く地面に倒されて、ドラクは息を呑むこともできなかった。
刀の切っ先が喉に少し触れている。
「キミは、いやキミたちは、ボクに『スパイ』であってほしいと幻想を抱いてるだけだ。ボクのように頭がおかしくて、悪役にしか見えない奴が黒幕なら、考えることを少なくできるからね。元から目の上のたんこぶみたいな立ち位置だった奴をみんなで虐めればいいだけだから。でも言った通りそれは幻想。妄想。ファンタジーでしかない。現実は非情だよ。いつだってボクの――キミたちの味方なんかしてくれない。最悪に最悪に、向かっていくのさ」
「……!」
「吸血鬼より強い人間は実在する。ケルベロスは実在する。でもそれはキミたちにとって障害でしかない。都合が悪くて邪魔な存在だ、だから実在するんだよ。面倒でしょ? ボクだってキミたちの都合の良い存在にはならないよ。ホープが発端となった今回の件も、残念ながらハッピーエンドとはならないだろうね。ボクはそれを見届けたいとは……別に思ってないかな。面白くなるかどうか不明瞭だから、見れたら見るって感じだ」
淡々と語るヴィクターの顔が、徐々にいつもの余裕そうなものに戻っていく。そして笑顔になり、
「ボクの役目はいつも通りに、この世の全ての歯車を狂わせて――面白く、することさ」
またしてもドラクに背を向けて、ヴィクターは歩き出す。「キミも見たかったら見てるといいよ」と言い残して。
ドラクは彼の背中に、どこか哀愁のようなものを感じた気がした……
◇ ◇ ◇
片膝をつき、完成したスナイパーライフルのスコープを覗く。
映るのは霧ばかりだが、時々入り込む、青髪の少年。
「くく……見つけたぞホープ・トーレス……」
白髪に白いフードを被る、疲れ切ったような顔の中年の男は、銃を持つと人が変わったように興奮する。
つい、独りごちる。
「もちろん狙いはお主の命ではない……どちらが良い? 恋人の魔導鬼か……頼れる吸血鬼か……さて、お主がより苦しむ方を選ばねばな。くくく」
スコープでは時々しか見えないが、魔導鬼と吸血鬼が同行していることだけは把握していた。
霧の中のシルエット。その二人と思われるものを交互にロックオンしながら、呟きと笑いが止まらない。
「計画は最終段階に入った。お主はもう逃げられぬぞ、ホープ・トーレス」
あまりの興奮に舌なめずりをした男は、引き金に掛けている指を咄嗟に外す。
気配を捉えた。背後に。
「じゃあキミも逃げられないってことなんじゃないの? 『カラス』……だっけ?」
「……ほう。お主らは我輩をそう呼んでいるのか。いや、そう呼ぶ他無いのか」
刀の鞘に手をかける音。
振り返らずに応答しているが、恐らく吸血鬼だ。銀髪の方は『デュラレギア鬼神国』にいるから、シルクハットの方。
「見事だ。全く気づかなかった」
「キミなんかに褒められても嬉しくないよ――いくらスナイパーといえども、因縁の相手たちとも正々堂々戦ったりしないなんてね。このまま彼らの誰かが死んだら、キミにやられたのかどうかも何もわからないじゃないか」
少しずつ、刀の刃が鞘から抜けていく。滑らかな『スーッ』という音が『カラス』の背筋を、耳朶を、撫で続ける。
「因縁の相手、か。そう思っているのはお主らだけだろう。我輩はただ与った任務を遂行するのみ」
「へぇ、サラリーマンか。リーゼント野郎と似たようなこと言ってるし」
「ニック・スタムフォードごときと同類に扱わないでもらいたい。ただ死者の巣窟でダラダラとヒーローごっこをするのとは、わけが違う」
「やっぱキミ、ボクらのこと知りすぎだね」
笑っているような喜んでいるような、この吸血鬼の変化はわかりづらい。
と思っていると、
「あぁぁ面白くない」
瞬時に、殺気が増幅した――
◇ ◇ ◇
「あ、あれが……」
『カラス』。
離れた茂みから見ているドラクの、左肩が疼く。エドワーズ作業場にて、そこを銃弾で貫いたのがあの男だというのだから。
何よりも、
「ブロッグ……ケビン……!」
歯を食いしばる。死んでしまった仲間たちや、ホープやレイの分まで、あいつの顔をぶん殴ってやりたい。殺してやりたい。
でも、できない。ヴィクターが先陣を切ってしまった。
(あいつ……どうするつもりだ……? ホープが宣戦布告したって話、聞いてんだろ……!?)
早すぎる先陣を。
◇ ◇ ◇
ヴィクターの初撃は、
「おお?」
「……礼儀のなっていない吸血鬼だ」
機械の義手の右腕に、受け止められた。
吸血鬼が振るう刀を受け止めるとは、人間には不可能の芸当のはず。
「バカにできないみたいだね、その腕」
刃と腕から火花を散らしながら、ヴィクターは飛び退いた。
「人間と吸血鬼じゃ膂力が違いすぎるのに。衝撃が全部その腕に吸収されたみたいだった」
「当然のこと。初めから高性能であるが、更に日々改良を重ねている。ホープ・トーレスが最初に見た我輩の腕とは、かなり見た目も違うだろう」
歯車やコードが全て剥き出しのようになっていた義手が、今はだいぶ『鉄製の人間の腕』といった見た目に仕上がりつつある。
――本来ならば普通の人間が、吸血鬼の攻撃を腕で受け止められたとしても、足腰が耐えられず吹っ飛ばされるはず。あの義手の性能はおかしい。
『カラス』は素早くスナイパーライフルを構えると、
「おっと」
ヴィクターは更に飛び退き、周囲の木々を斬り倒す。倒れゆく木々の合間に隠れ、銃弾を防いだ。
切り株を踏み台に大きく跳躍し、
「ヒヒヒッ!!」
「ぬ」
空中からの奇襲。避けたものの、衝撃波で『カラス』の体は宙を舞う。
その高度は人間には危険な領域であったが、
「…………」
彼は右腕の義手一本で、逆立ちのように着地してみせた。
そのまま軽やかに足を地面に下ろす。
「あの『傭兵』とか言ってた奴らよりもキミの方がよっぽど戦闘のプロだよね。何者?」
「そこまで理解していれば、何者であるかを説明する意味は無かろう――それよりお主の方は、どうなんだ」
「は?」
今度はヴィクターが問われる番のようだった。それは奇しくもドラクの疑問と重なる……
「知らぬとは言うまい。ホープ・トーレスがこう言った――我輩を『この手で殺す』とな。仲間であるお主が独断で殺そうとして良いものか?」
「ああ……」
ヴィクターは特段、迷うこともせず、困った様子も見せない。
「仲間、ね。括りで言うとそうかもしれないけどね、ホープはボクの『オモチャ』に過ぎない。オモチャが他人と交わした約束なんか、ボクが守る必要性は感じられないなぁ」
「…………」
「しかもさ、吸血鬼が相手でもまだ死んでないキミみたいな奴を、あんな雑魚人間のホープが殺せると思ってるのがもう滑稽だよね。無理だよ。殺せるわけないじゃん。普通に考えてボクがやる方が現実的だよね」
「……ほう。理解した。お主もまた、傍若無人の塊のような性格であるな」
「キミは違うって言うのかよ? ヒヒヒッ!」
二本の牙を見せて笑いながら、ヴィクターが再び突っ込んでいく。
『カラス』は左腕を高く掲げた。
「さぁ、どうであろうか――」
自身の足元に何かを叩きつけると、膨大な量の煙が辺りに充満する。煙幕だ。
「そう来たか……!」
ヴィクターは勢いを止めずに煙幕の中で乱れ斬り、駆け抜けた。
振り返ると、
「逃げた? やっぱり面白くない!」
刀で何度も深く抉られた地面だけが残り、『カラス』の姿はどこにも無かった。
「でも、森の中をウロチョロする複数の気配の中に……まさかこんな大物が隠れていたなんてね……先にボクが殺しちゃったら、ホープはどんな反応するかなぁ? ちょっと面白そう……」
ヴィクターはまだまだ『カラス』を追いかけるつもりで、多少ワクワクしているようだった。
(あんな奴に……ホープやオレたちで勝てるのか……?)
吸血鬼ヴィクターに少しも臆することなく、余裕で切り抜けた『カラス』。
一部始終を見ていたドラクは、不安を募らせるばかりだった。




