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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
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第218話 『激ヤバなる狂人』



 濃霧の中を一人で進むナイト。

 何が起きるのか、何が潜んでいるのか、予測できない変わり果てた故郷。

 安全確認のための単独行動だった。


「……ん?」


 先程通った『荒廃した村』よりも奥にある、『元から荒廃していた街』をも素通り。

 そして階段を見つけたところで、ガララッ、と瓦礫をかき分けるような物音が。


「……サシャか? 俺だ、ナイトだ……」


 白い世界の中でもハッキリと見える、こちらを向いて立つ黒いシルエット。


 腰の刀に手を添えながらも呼びかけるが、反応が無い。

 しかもナイトの予想する人物にしては、その影は少し大柄で――



「カ" ァァア"ッ!!」


「うおォ!?」



 ものすごいスピードで、とある『狂人』が突っ込んでくる。

 紫色の目と紫色の歯でナイトに迫る。噛みつきを刀で防御するも、階段に押し付けられるほど後退させられた。


 その『狂人』は、色々な意味で普通ではない個体だった。


「ぐッ……こりゃァ、マズいな……!」


「ァク"ッ!! ァァ"ウ!」


 刀の刃に噛みついているのは特徴的な、吸血のための二本の牙。

 異常な身体能力、そして翼で相手に迫る……『吸血鬼の狂人』だったのだ。


(あいつらが危ねェ……っ!!)


 同じく吸血鬼であるナイトだから互角に戦えるが、問題は置いてきた三人で――



◇ ◇ ◇



「あたしは……あんたを信じるわ。どういう結果になってもね」


「……ありがとう」


 ホープとレイは――ナイトについての話を終えたところだった。

 レイはナイトにもかなりの好感を持っていると自他共に認めているが、これから起きるであろう様々な判断をホープに委ねてくれるという。

 それだけホープへの信頼がある、と思っていいのだろうか。


 そう離れてはいないはずのセレスタイトの姿を探して歩きながら、霧の中で二人は話している。


「――師匠にはね、廃旅館に帰る途中で会ったの。お互い魔導鬼だからすごくびっくりしたし、すごく嬉しかったわ」


「そうだろうね……なぜか滅多に会えないし」


 今までホープたちが出会った魔導鬼はレイだけ。まさかここに来て新たな魔導鬼に出会うとは予想外だった。

 しかし魔導鬼は差別の対象であるものの、数が少ないとはあまり聞いたことがないのだが。


「まぁどんな種族も人間よりは全然少ないし、その辺は偶然かしらね」


「うん……会ってすぐ『師匠』に?」


「そ、それは……あたしが魔法をまともに使えないって話をしたのと……それから……あ、あたし嬉しくてつい……グループのことを話しちゃったの……!」


「よくメロンが許したね」


「あ、その時だけちょうど離れてたの……」


 メロンがその場にいたらややこしくなるのは目に見えているが、彼女は会っていないそう。


 レイから魔法が使えないこと、そしてグループの仲間たちの話を聞いたセレスタイトは、



『レイちゃんカ〜ワ〜イ〜イ〜〜っ♡ どーんと任せてちょうだい、わたしが魔法を教えてあげる!! 魔導鬼を差別しない、君のステキなお仲間さんたちにも会わせてほしいな♡』



 と、ノリノリで師匠になってくれたという。

 軽すぎるノリだが簡単に想像ができる。彼女らしい台詞だ。


「でも廃旅館に帰るところなわけだから……まだあたしも魔導鬼だって話してなかったし、その後でみんなに紹介したいなって思ったの」


「そりゃそうだよね。しかもあの頃はグループの人数も多かったし」


 実際『あの頃』と呼ぶほど遠い過去のことではないのだが、あまりにも()()()()()人数が減りすぎてしまったせいで、最近の話だと思いたくない。


「けど……まさか『仲間になりたい』なんて」


「そうなのよ! あたしもそこまで言うと思わなかったから、またまたびっくりさせられちゃった! とっても嬉しいけどね!」


 セレスタイトがどれほどの強さを持っているのかは未だ不明だが、好感の持てる仲間が増えるだけで喜ばしいことだと思える。

 そして、ようやく。


「いた。セレスタイトさん」


「え、ええ……」


 濃霧の中に人影が一つ。

 彼女は自分たちよりも身長が高いので、割と目立つ――


「待ってホープ!」


「え、何で? 合流しよう」


 発見時から浮かない反応をしていたレイが、突然ホープの前に手を出して制止してくる。

 警戒、しているようだ。


「おかしいわ……何か……何かが違う」


「どうしてわかるの……?」


「な、なんとなく……師匠じゃないって感じがする」


 確かに見えるのはシルエットだけだが……レイはどうやって判断しているのか? ホープにはさっぱりわからなかった。

 そういえばセレスタイトに初めて会う時も、レイだけは彼女が近くにいると感じ取っていたような──



「ル"アア"ァア!!」


「「っ!?」」



 白い世界を振り払いながら飛び出したのは、狂人だった。

 そうだ。柵も壁も無いこの国は、スケルトンも狂人も侵入し放題。だが、


「速っ――」

「ホープ危ないっ!!」


「ウ"オオ!!」


 レイが体当たりしてくれたおかげで二人とも、すれ違いざまに狂人が振るう腕を回避できた。


 しかし……その狂人は様子がおかしかった。

 ()()()()の狂人でもここまでのスピードはあり得ない。

 もはや人間の範疇を超えたような――


「あれ吸血鬼よね!? 翼で飛んできてたわよ!」

「う……嘘だろ……」


 考えてみれば今までほとんど出会ったことのない『他種族の狂人』。

 仲間だった獣人のフーゼスが転化した姿は見たが……


 こちらも出会わなかったのは偶然だ。

 フーゼスのように、どんな種族であろうとスケルトンか別の狂人に噛まれれば『狂人』になるのは避けられないはず。


「ヤバいわねこれ……今のは何とか避けられたけど、速すぎるし霧で見えづらいし……!」


「こうなってくると、セレスタイトさんも心配だな……」


 今の狂人をもう見失った。

 長期戦になれば、ホープもレイも簡単に食われてお終いだ。

 それはダメだ。食われて死ぬなど――


「……『破壊の魔眼』で終わらせる!」


「ホープ……」


 いつでも発動できるように覚悟を決めつつ、どこを見渡しても真っ白な中、忙しなく見渡していく。

 影が現れた瞬間。それが奴の頭が弾け飛ぶ瞬間だ。


「いた!!」


 ぼんやりと黒い影が動く。ホープは躊躇わずに頭部を睨みつけ、右目が赤く輝く。

 が、


「あっ」

「ル"アァァ!」


 空振り。

 世界を捻じ曲げて破裂させる一撃は、駆け出した吸血鬼狂人の遥か後方で炸裂したに過ぎない。


 ――どんなにホープが急いで発動させても、『破壊の魔眼』はそんなに万能ではない。

 発動の瞬間に決められた範囲しか攻撃できないし、発動してから炸裂するまでに若干のタイムラグがある。

 あまりにも素早い相手だと間に合わない、ということだ。


(終わった)


 紫色の二本の牙がもう眼前に――


「んううっ!!」

「ァク"ゥゥッ」


「えっ?」


 ホープの鼻先に木の杖が割り込んできて、吸血鬼狂人の噛みつき攻撃を妨害。

 レイが守ってくれたらしい。だがもちろん力比べで競ることもできない。


「うう……うぁっ……!」


 彼女は一瞬にして数メートル後退させられる。レイの靴裏が地面を削る。吸血鬼狂人に、どんどん押されていく。

 噛まれ、掴まれる杖がミシミシと音を立てて、


「レイぃぃぃ――ッ!!!」


 鬼気迫る叫び声を上げながらマチェテを抜いたホープが、吸血鬼狂人の背中に飛びかかる。

 噛まれないよう、即座にこめかみに刃を入れる。


「ル"ア"ア"」

「っ……!」


 しかし刺さっていかない。ほんの少量の流血が見られるだけだ。

 吸血鬼の肉体に傷を付けることが、刃を脳まで届かせることが、並の人間にはどれほどの難問かを思い知らされた。


 吸血鬼狂人はレイの杖から口を離すと、


「ア"ァッ」

「うぅぅおっ……」


 強引に振り向き、ホープの体が紙切れのように吹き飛ばされる。


「……ぐ……!」


 背中が石畳の地面に擦れて、熱くて痛い。

 どうにか起き上がると、


「ホープっ!!!」


「アア"ア"アッ」

「あ」


 翼を広げて猛スピードで突っ込んでくる、吸血鬼狂人。


 死を悟る。今度こそ終わりだ。


 食われるのは痛いだろうし、まだ『カラス』を殺せてもいないが……こんなイレギュラーな事態なら仕方が無いのかもしれない。


 あと、一つだけ良かったことがある。


(殺されるのがおれで良かった)


 レイの叫び声を遠くに感じながら、ホープは急いで目を閉じる。自分が食われる様など見たくない。

 すると――瞼の向こう側が熱くなった。


「ォォ……」


「え?」


 目を開ける。

 付近だけ霧が晴れている。


 吸血鬼狂人の体は――焦げている? よくわからないが全身を損傷しているようで、まともに動けていない。

 しかしそこは死体。すぐにまたホープに向かってきて、



「――――」



 走り出す狂人の足元、頭上、胴体の横――空中に複数の『魔法陣』が現れる。

 意に介していない狂人だが、



「オ"ォ"ァッ――」



 眩い、金色の光線のようなものが魔法陣から射出される。

 三方向からの光線に焼かれ、吸血鬼狂人の大柄な体が莫大な光に包まれる。

 霧までもが大きく晴れていく。


 ――眩しさが落ち着いた頃に残っていたのは、頭部を抉られた黒焦げの死体のみだった。


 ホープの目の前で起きた現実。

 眩しすぎて手のひらで目元を覆っていたので、よくは見えなかった。

 だがこれは、


「これが『魔法』……!!」


 説明など無くともわかる。

 こんな異次元の攻撃、魔法の他に何がある。


「ふうっ」


 ホープの背後に立っていた人物が杖を懐に戻し、赤い肌の手を差し伸べてくる。



「危なかったねぇ、ホープくん! 間に合って良かった♡」


「セレスタイトさん……」

「師匠ーっ!!」



 これが魔導鬼の真の力、というわけか。

 正直ホープはナメていた。


 またしても複雑な感情にさせられたホープも、泣きそうになっているレイも、セレスタイトの強さを飲み込むしかなかった。



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