デジャヴ。
重い人って、割と好き。
我慢出来なくなり、私は全速力で走り出した。
夜道を必死にかける。息が切れても、足が悲鳴を上げても。いなくなった涼夜の背中を追いかける。必死に、必死に。
アパートの階段を駆け上がり、ドアを勢いよく開け、涼夜の胸倉を掴んだ。
突然のことに涼夜は目をまん丸にさせた。本日3回目。
「ねぇ! 私じゃ駄目だったの!?」
「……い、依夜」
止まらない。止まれない。
「明日香じゃなくて、私じゃ駄目だったの? だって、そうじゃん、普通。同棲してる男女なんていずれ放っておいても結婚するじゃん! 物語の中だって、なんやかんやあっても結局、近くにいる異性を選ぶじゃん! 自分を理解してくれている相手が運命の相手でしょ!?」
「依夜」
決壊したダムのように、言葉が次々と溢れ出る。
「もうここまで一緒だったんだよ、私達。別れる理由なんてなくない? お互い、こんなに、こんなに居心地いいのに他の人を選ぶって何? 刺激がなくても正解がここにあるのに……妥協でもいいからここじゃ駄目なの!? 明日香じゃなきゃ駄目なの!? ねぇ!」
「依夜。俺は」
プライドも、友情も、今まで築き上げてきた関係も、全て、バラバラになっていく。
「ずるいよ……涼夜だけ。ずるいよ。置いていかれる私の気持ちが分かる? ……分かってるよね……。だって、彼女が出来てから3ヶ月間も私に黙ってたんだもんね。ずっと悩んでたんでしょ? 迷ってたんでしょ? いつ彼女との同棲を話そうか、そもそも、私を1人で置いていけるのかって。いつもぼけっとしてるけど、涼夜はちゃんと優しいもん。ねぇ、涼夜。私を選んでよ。ねぇ、涼夜!」
私と涼夜の間に亀裂の入る音が聞こえた気がした。
「もう、いい加減にしろよ!」
涼夜は私の右肩を押して、引き離した。
涼夜の顔は苦しそうに歪んでいた。
「俺は……俺はお前が思っている以上に出来た人間じゃないんだよ」
「そんなことない」
涼夜は止まらない。
「覚えてるだろ。海辺の街が津波に飲まれたってニュース。あの時だって、被災者の気持ちなんか考えずに、この現地リポーター、明日香に似てるな、可愛いなって、それで! ……そんなことばっか考えてる屑野郎なんだよ俺は!」
「それでもいい。私はそれでも」
ただ、離れないで、ずっと近くにいて欲しいだけなんだ。変わらない金曜日の夜を、ずっと。これからも。
「頭の中は明日香のことでいっぱいなんだよ! 今でもずっとずっと! 高校生の明日香がずっとここにいる」
ねぇ、何で涼夜が泣いてるの?
「彼女の笑顔が、唇が、甘い髪の香りがぐるぐるぐるぐる!」
置いていかれるのは私なんだよ? 泣きたいのは、こっちだよ。
「どうしようも出来ないんだよ。代わりを探してるんだ」
今、君の目の前にいるのは私なんだよ。明日香のことばっかり。少しぐらい私のことを……。
「出来るだけ明日香に似た、明日香の代わりを!」
私の中で何かが切れた。これを言ったらどうなってしまうのか、そんなこと、既に考えられなくなっていた。
口が、勝手に動いていた。
「じゃあ、涼夜といた時間は無駄になるの? ただの思い出になって終わるの? ずっと一緒に……結婚だって、私、考えてたんだよ? ねぇ、涼夜」
あぁ、もう終わってしまう。何もかも。
「なぁ、依夜」
何か、デジャヴのようなものを感じた。でも、これは私から見た世界じゃない。これは……。
「……何?」
とても冷たく、鋭い目だった。
「依夜……重いよ」




