09.警察
宍粟探偵は、滔々と捲し立てた。
「本邦には自前の魔法使いは居ませんが、この国で魔道を研究する意義やら何やら、わざわざ外国から講師を招聘したくらいですから、お上はこれからの国造りに於いて、重視してるんでしょう」
「うーん……その辺のことは、去年、お姫様が降嫁された時に、長田さんの記事が一通り載ったんですよね」
尚も渋る灘記者に、宍粟探偵は噛んで含めるように言い聞かせる。
「一年経って、世の中どう変わったのか。民衆の意識はどうか。大きな話ですから、継続して取り組むようなことじゃありませんか? 世相の記録として、今すぐには役に立たずとも、十年、二十年……いや、五十年、百年後に必ず役に立ちますよ」
居留地の商店の中には、ワンウェイのように魔法の道具を扱う所もある。
そこで仕入れたと称し、路上でインチキ品を売る悪徳商人も横行している。
本来、憎むべきは悪徳商人だが、巷の人々は何故か、居留地の魔法使いを白眼視した。
本物かインチキか、この国の民には見分けがつかない。そもそも、そんな訳のわからない物を売るのが悪い、と言うのだ。
宍粟探偵は、百年を経ずして化ける器物があるのか、或いは、素人でも器物を操れる道具でもないか、知りたかった。
正面切って記者に頼むと、恩を着せられて、ますます纏わりついて離れなくなるだろう。
……どうしたものか。
「百年先じゃ、俺、生きてませんよ。それこそ、魔法使いじゃあるまいし。でも、俺が居なくなった後も、俺の記事が世の中の役に立つのも、悪くないですねぇ」
想像もつかぬ遠い未来に想いを馳せ、灘記者はうっとりした。
……よし、もうひと押しだ。
「そうですね。その長田記者の伝手で、魔法使いの先生に色々聞いてご覧なさい」
「上役を説得してみます。じゃ、失礼!」
灘記者は片手を挙げ、別れを告げると、石畳の道を颯爽と駆けて行った。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、宍粟探偵がそっと吐き出した息は、白く曇り、冷たい風に流れた。
宍粟探偵は、千代草第一警察署を訪れた。
遺失物係の窓口で、十二月三日以降に香炉の落とし物がなかったか、問合せる。
初老の係官は、面倒臭そうにしながらも帳簿を捲り、調べてくれた。
「どこで落としたって?」
「養父医院です。気が付いてすぐ、医院の方にも問い合わせてみたんですが……」
「あぁ、待合で間違って持って行かれたか、さもなきゃ置引だな」
「置引、ですか? 他に十人くらい患者さんが居て、人目があったのに、ですか?」
宍粟探偵が意外そうな声を出すと、係官は小さく笑った。
「人目があろうがなかろうが、盗癖のある奴ぁ気にせんよ。恰も、あっしのもんでございって顔で、却って堂々としやがるから、傍で見てる者も、まさか泥棒だなんて思わんって寸法だ。私も、怪我する前は、現場に居たからな。盗人は大勢見てきた」
係官が膝をさすり、懐かしむ目をした。
宍粟探偵は消沈した声で、聞いた。
「そうなんですか。大勢、泥棒を捕まえてきた方がおっしゃるんでしたら、置引なんでしょうね……じゃあ、最近捕まった泥棒が持っていたり、売り飛ばしたって白状した中に、香炉はありませんでしたか?」
「ここは係が違うからな。うん、まぁ、調べてやろう。二、三日したら、また来なさい」
宍粟探偵は何度も礼を言って、窓口を後にした。