08.白蟻
「ん? あぁ、何年も前から、帝都を騒がせているアレですね」
正にシロアリのような盗賊団だ。
先程、灘記者が語った手口で、内側から食い荒らす。人数は多い筈だが、何故か一人も捕まらない。
「そう。そのシロアリ盗賊団の記事を最初に書いたのは、ウチの葺合記者なんですよ。シロアリ盗賊団と言うのも、彼の命名です。記事の評判もよくて、売上も伸びたし、今じゃ警察でも、そう呼んでるんですよ」
……ははぁ、それが羨ましくて、泥棒の仕業に仕立てたいのか。
「では、君は、芸能方面の記事で一番になれば宜しい。葺合記者の後追いなんて、却って恰好悪いですよ」
宍粟探偵が歩調を速めると、灘記者は、負けじと足を速めた。二組の革靴が、石畳を打ち、冬空に小気味良い音が響く。
「葺合記者のお手柄に、社長が感激しちゃって、芸能記事は、公演予定の一覧だけにされちゃったんですよ。シロアリ盗賊団が捕まるまで、元に戻りそうにもないんです」
宍粟探偵事務所では、情報源として、新聞を三紙取っている。
灘記者が属する帝都日日日報……通称「おひさん新聞」は、主に帝都のできごとを扱っている。
他に、関東一円の情報を広く浅く載せる日之本東新聞。
居留地向けに、共通語で書かれた外字新聞のHinomoto Time。大陸の多くの国で話される共通語だが、この日之本帝国でそれを学ぶ者は、まだ少ない。
宍粟探偵は、芸能方面には興味がない。
客と話題を合わせる為に、見出しと前文だけを渋々読むだけだ。
芸能の頁が丸々なくなり、地区面の隅に予定表だけが載るようになったのは、こう言う訳だったのか、と合点が行った。
「では、芸能面が復活するよう、いい記事を書いてみせればいんですよ。頑張って下さい」
「それはとっくにやってますよ、今朝だって、昨夜遅くまで頑張った記事を見せたら、こんなもん要らん、お前も事件ネタ拾って来いって、放り出されたんですよ。助けると思って、お供させて下さいよ」
励ますフリで突き放してみたが、逆にますます喰らいつかれてしまった。
こうまで言うなら、便利に使ってやるのもいいかと思い始め、宍粟探偵は提案した。
「では、ついて来るのは結構です。但し、調査の妨げになったり、関係先のご迷惑になるといけませんから、迂闊な記事は書かないように。会社へ出す前に、見せて下さい。例えば、先程の氷ノ山さんのことなど、書かないで下さい。営業妨害だって、お上に訴えられるかも知れませんから」
「肝に銘じます」
灘記者は、瞳を輝かせて請け負った。
「でも、今日のところはお引き取り下さい。この後は私用で、昔馴染みの所へ行くだけですから」
「そんなこと言って、撒く気じゃないでしょうね?」
宍粟探偵は、心底うんざりした。
「この後、やることがないからと言って、私用にまでついて来ないで下さいよ。……そうだ。硬派な社会派記事もやりたいと言いましたね?」
「言いましたよ。社会面に載るような、重大な記事」
「なら、帝大へ行って、魔道学部の博士にでも話を聞いてご覧なさい」
「帝大の魔道学部……ですか? 何の話を聞けばいいんです?」
皆目見当もつかないと言いたげに、灘記者は首を傾げた。