07.記者
明くる日、朝から千代草区の骨董屋氷ノ山を尋ねた。
商店が並ぶ通りで、面倒な奴と行き会った。
「や、これは宍粟さん。おはようございます。探偵さんが動くと言うことは、事件ですね? 事件なんですよね? 何の事件ですか? 俺、絶対上手く書いて、先生の手柄を世間にうんと知らせますから、教えて下さい。何の事件ですか?」
新聞記者の灘だ。
青年記者は、目を輝かせ、猫のように纏わりついてくる。
「仕事熱心は結構なことですが、確か、君の担当は、芸能やゴシップの類でしょう。こんな所で油を売ってないで、劇場にでも行ったらどうです?」
「つれないこと言わないで下さいよ。俺だって、硬派な事件記事や、社会問題をやりたいんですよ」
「おいおい……娯楽記事だって、民衆を楽しませる立派な仕事じゃありませんか」
「そんなこと言って、誤魔化さないで下さいよ。何か、人に言えないような、ヒミツの大事件なんでしょう?」
「なんでもありませんよ。記事にもならん、地味な失せ物探しです」
灘記者は、宍粟探偵の横へぴったりついて歩く。
「そんなこと言って、誤魔化さないで下さいよ。ホントは大事件なんでしょう?」
「なんでもありませんよ」
歩きながら押し問答している内に、氷ノ山へ着いてしまった。
「じゃ、お邪魔にならないように、静かに見てますから、それならいいでしょう?」
「あぁ、もう、好きにし給え」
灘記者が助手のような顔をして、宍粟探偵の傍らに控える。
宍粟は、こっそり溜め息を吐いて、店へ入った。
「ご免下さい……」
「はい、いらっしゃい」
氷ノ山の主人、朝来氏は、落ち着いた雰囲気の老人だった。
今日はまだ早いのか、他に客の姿はない。
清掃が行き届き、茶道具の類が行儀よく並んでいる。
品物には、塵ひとつ付いていないが、ひんやりとした店内は、どこか懐かしいような、古い土蔵の匂いがした。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、養父先生から……」
「あぁ、あんた、探偵さんかね」
朝来氏は、皆まで言わせず、困り切った顔で二人を見た。
質問しない先から、喋り出す。
「先生にも直接、尋ねられたんだがね、ウチには見鬼が居ないから、付喪神だのなんだのと言われても、わからんのだよ。出張買取りに行ったが、特に怪しいこともなく、ウチにある間も何もなかったんだ。妖怪を売り付けられたなんて、妙な噂が立つと、困るんだよ」
朝来氏が言うだけ言って、口を閉ざすと、静かな店内には、万年筆を走らせる音だけが流れた。
「ご安心下さい。私は、口外致しません」
「是非とも、お願いしますよ」
養父氏も、他所で大々的に触れまわることはしないだろう。細君にも口止めしていたくらいだ。
……灘記者には、後で厳重に口止めして、決して記事にしないよう、きつく言い聞かせねば。
「それで、養父先生は、現物を回収したいとおっしゃってるんですよ。こちら様に、絵図か写真でも残っていましたら……と思ってお伺いしたのですが……」
「時代も新しいし、特別、有名な職人の作でもないからね、何もないよ。力になれなくて、すまないね」
「あぁ、いえ、お構いなく。こちらこそ、お邪魔を致しまして、恐れ入ります」
氷ノ山でこれ以上粘っても、新たな情報は得られない。
養父氏の話を補強できただけでも、良しとせねばなるまい。
通りへ出ると、灘記者は、手帳と万年筆を取り出し、宍粟探偵に並んだ。
「ホントに失せ物探しなんですね」
「がっかりしたでしょう。さ、君は早く劇場へ……」
「失せ物探しったって、怪事件じゃありませんか! 乗りかかった船です。微力ながらお手伝いしますよ! 何をお探しなんです? 付喪神って、アレですよね? 百年を経た器物が化した妖怪。依頼人の話は、『ここで買った古道具が、足生やして勝手にどっか行っちまった』とお見受けしましたが、どうです? 俺の読み、当たってますか?」
宍粟探偵は、新聞記者・灘青年の良く回る舌に半ば呆れ、半ば感心した。
「君は取材の時も、そんな調子なんですか? これじゃ、役者さん方も、答えるどころじゃないでしょうに」
灘記者は鼻白んだが、めげずに応じた。
「大丈夫です。役者さんには敵いませんから。それより、これからどうなさるんです? 何か宛はあるんですか? 俺、思うんですけどね、知らない間にどっか行ったんなら、泥棒の仕業なんじゃないかなって。まず、自分の手下を使用人として、お屋敷に送り込む。それで、家人が気を許した頃合いを見計らって、泥棒の手引をさせる。勿論、カネ目の物の物色も抜かりなく……」
「見てきたかのように喋りますがね、君、何か心当たりでもあるんですか?」
仕舞いまで聞く気になれず、宍粟探偵が口を挟む。
灘記者は、よくぞ聞いてくれたとばかりに、胸を張った。
「先生も、ご存知ですよね。シロアリ盗賊団」