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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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60/61

60.決着

 養父(やぶ)氏がハンケチごと、買った時の木箱に押し込み、力ずくで蓋を閉めた。

 組紐で十文字に縛り上げ、その上から、風呂敷で包む。


 宍粟(しそう)探偵は、香炉の風呂敷包みと海上(うみがみ)夫人の草履(ぞうり)を持たされ、養父邸(やぶてい)から送りだされた。


 元の持ち主の菩提寺と教えられたのは、宍粟探偵が香炉の行方を追って巡った寺院のひとつであった。


 応対した僧侶は、宍粟(しそう)探偵を覚えていた。

 「いつぞやの……あの、それが例の香炉ですか」

 「はい……えーっと、まぁ、色々と事情がありまして……」

 何も言わぬ内から見抜かれ、宍粟探偵は驚くと同時に恐縮する。

 本堂で事情を説明することになった。


 宍粟探偵が、本堂前の廊下から女物の草履を庭へ置きつつ、聞かれる前に言う。

 「草履は、香炉を持って来てくれたご婦人の物です。動いて、喋ったものですから、驚いて飛び出してしまわれて……この後で、お店の方へ届けに行きます」

 本堂へ戻ると、若い僧は合掌し、風呂敷を解いた。


 「ある人が、骨董屋で買ったものです。夜、勝手に歩いていたのですが、とうとう、昼も動くようになったそうで、客人の荷物に紛れて、家を出ました」

 宍粟(しそう)探偵が話し始めると、僧は再び合掌し、目顔で先を促した。


 これまでの経緯を打ち明ける。

 海上(うみがみ)夫人の所業については伏せ、荷に紛れた事故だが、直接尋ねると泥棒扱いするようで、今後の付き合いに障るので、宍粟探偵が頼まれて、秘かに行方を追っていたと語る。


 「不幸が起きる前に回収できなかったのは残念ですが、何卒(なにとぞ)、こちらでお預かりいただけませんか? 元の持ち主……骨董屋に売ったお家の菩提寺が、こちらだとお伺いしましたので、お持ちしたのです」

 「わかりました。正式な決定は住職が致しますが、ひとまず、私の責任に()いて、お預かり致します」


 僧は箱から香炉を出し、ハンケチ包みを(ほど)いて、本体の上へ蓋を据えた。

 途端にカチャカチャと音を立てながら、小さな声で主張を始める。


 「帰りたい、帰りたい」


 若い僧は、落ち着いた声で香炉に聞いた。

 「帰る先はどこだ? 家か? 主か?」


 「お嬢様、恋しい、会いたい」


 「わかった。静かに待て」

 若い僧の一言で、香炉は大人しくなった。


 「雑妖が男の妄念を食べてしまったのでしょう。住職にはよく訳を話して、丁重に供養致します」

 「宜しくお願いします」

 二人揃って合掌し、頭を下げ合った。


 宍粟(しそう)探偵は、料亭六花(りょうていむつのはな)の裏口へ回った。

 顔見知りの板前が居合わせ、すぐに板長を呼んでくれた。草履を手渡す。


 「女将さんの忘れ物です」

 「……裸足でどっか行ったんですか?」

 「えぇ……お戻りじゃないんですか?」

 「へい。今朝、出てったっきりなんで」

 「我々も、急に飛び出してしまわれて、どうにも……香炉を届けに来て下さったんですけどね」

 「えっ? あぁ、道理で見ないと思ったら、女将が持ってったんですか?」


 板長は寸の間、驚いた後、すぐに安心して言った。

 「ひょっと見たら、俎板(まないた)の上へ乗ってたんでさぁ。それでみんな肝を潰して、下っ端に宍粟(しそう)さんを呼びにやったんですよ。きっとあれが、その、怪しい香炉に違いないと思いましてね。で、またちょっと目を離した隙になくなってたもんだから、どうしたもんかと……」

 「ご安心下さい。(しか)るべき所へ、納まりましたから」


 板長は晴れ晴れとした顔で言った。

 「こちらも、(じき)にカタが付きそうです」

 板長は思い切って、大将の弟に話してみた。

 弟は、洋食の件を耳にするや怒り心頭に発し、女将を追い出す、と息巻いた。


 大将亡き後、そんなにする気なら、一族上げて店を守らねばならん。


 親戚一同、例の噂のこともあり、店の看板に泥を塗った女を女将に据え続ける訳には行かない、と言う話が出たばかりだった。


 幸か不幸か、弟夫婦には子がない。

 大将が残した三人の子供を養子にし、店は当面、弟夫婦が管理することに決まった。


 「女将にもちゃんと話して、実家へ送り返して下さるそうです」

 「それがいいでしょうね」

 シロアリ盗賊団の件があるので、但馬(たじま)の身柄は、引き続き医院で預かる旨を伝え、宍粟(しそう)探偵は引き揚げた。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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