60.決着
養父氏がハンケチごと、買った時の木箱に押し込み、力ずくで蓋を閉めた。
組紐で十文字に縛り上げ、その上から、風呂敷で包む。
宍粟探偵は、香炉の風呂敷包みと海上夫人の草履を持たされ、養父邸から送りだされた。
元の持ち主の菩提寺と教えられたのは、宍粟探偵が香炉の行方を追って巡った寺院のひとつであった。
応対した僧侶は、宍粟探偵を覚えていた。
「いつぞやの……あの、それが例の香炉ですか」
「はい……えーっと、まぁ、色々と事情がありまして……」
何も言わぬ内から見抜かれ、宍粟探偵は驚くと同時に恐縮する。
本堂で事情を説明することになった。
宍粟探偵が、本堂前の廊下から女物の草履を庭へ置きつつ、聞かれる前に言う。
「草履は、香炉を持って来てくれたご婦人の物です。動いて、喋ったものですから、驚いて飛び出してしまわれて……この後で、お店の方へ届けに行きます」
本堂へ戻ると、若い僧は合掌し、風呂敷を解いた。
「ある人が、骨董屋で買ったものです。夜、勝手に歩いていたのですが、とうとう、昼も動くようになったそうで、客人の荷物に紛れて、家を出ました」
宍粟探偵が話し始めると、僧は再び合掌し、目顔で先を促した。
これまでの経緯を打ち明ける。
海上夫人の所業については伏せ、荷に紛れた事故だが、直接尋ねると泥棒扱いするようで、今後の付き合いに障るので、宍粟探偵が頼まれて、秘かに行方を追っていたと語る。
「不幸が起きる前に回収できなかったのは残念ですが、何卒、こちらでお預かりいただけませんか? 元の持ち主……骨董屋に売ったお家の菩提寺が、こちらだとお伺いしましたので、お持ちしたのです」
「わかりました。正式な決定は住職が致しますが、ひとまず、私の責任に於いて、お預かり致します」
僧は箱から香炉を出し、ハンケチ包みを解いて、本体の上へ蓋を据えた。
途端にカチャカチャと音を立てながら、小さな声で主張を始める。
「帰りたい、帰りたい」
若い僧は、落ち着いた声で香炉に聞いた。
「帰る先はどこだ? 家か? 主か?」
「お嬢様、恋しい、会いたい」
「わかった。静かに待て」
若い僧の一言で、香炉は大人しくなった。
「雑妖が男の妄念を食べてしまったのでしょう。住職にはよく訳を話して、丁重に供養致します」
「宜しくお願いします」
二人揃って合掌し、頭を下げ合った。
宍粟探偵は、料亭六花の裏口へ回った。
顔見知りの板前が居合わせ、すぐに板長を呼んでくれた。草履を手渡す。
「女将さんの忘れ物です」
「……裸足でどっか行ったんですか?」
「えぇ……お戻りじゃないんですか?」
「へい。今朝、出てったっきりなんで」
「我々も、急に飛び出してしまわれて、どうにも……香炉を届けに来て下さったんですけどね」
「えっ? あぁ、道理で見ないと思ったら、女将が持ってったんですか?」
板長は寸の間、驚いた後、すぐに安心して言った。
「ひょっと見たら、俎板の上へ乗ってたんでさぁ。それでみんな肝を潰して、下っ端に宍粟さんを呼びにやったんですよ。きっとあれが、その、怪しい香炉に違いないと思いましてね。で、またちょっと目を離した隙になくなってたもんだから、どうしたもんかと……」
「ご安心下さい。然るべき所へ、納まりましたから」
板長は晴れ晴れとした顔で言った。
「こちらも、直にカタが付きそうです」
板長は思い切って、大将の弟に話してみた。
弟は、洋食の件を耳にするや怒り心頭に発し、女将を追い出す、と息巻いた。
大将亡き後、そんなにする気なら、一族上げて店を守らねばならん。
親戚一同、例の噂のこともあり、店の看板に泥を塗った女を女将に据え続ける訳には行かない、と言う話が出たばかりだった。
幸か不幸か、弟夫婦には子がない。
大将が残した三人の子供を養子にし、店は当面、弟夫婦が管理することに決まった。
「女将にもちゃんと話して、実家へ送り返して下さるそうです」
「それがいいでしょうね」
シロアリ盗賊団の件があるので、但馬の身柄は、引き続き医院で預かる旨を伝え、宍粟探偵は引き揚げた。




