表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彷徨う香炉  作者: 髙津 央


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/61

58.訪問

 「お約束通り、参りました」

 刑事に話した三日後。

 養父(やぶ)医院の休診日に、六花(むつのはな)の女将、海上(うみがみ)夫人が訪ねてきた。


 宍粟(しそう)探偵は、報酬を受け取りに来て、六畳間で但馬(たじま)少年と話していた。

 お松に来客を告げられ、但馬には部屋から出ぬように言い、例の客間へ移動する。

 約束などしていないが、ご隠居と養父医師、宍粟探偵が応対することになった。


 着座しかけた姿勢のまま、宍粟(しそう)の動きが止まる。

 気付いた養父(やぶ)氏が、申し訳なさそうに言った。

 「氷ノ山(ひょうのせん)で、元の持ち主の菩提寺を聞いたんですが、生憎、住職が腰を痛めて入院しておりまして……」

 「あ、あぁ、それで……」

 宍粟(しそう)探偵はやっと、それだけ言い、腰を降ろした。


 香炉の蓋と本体が、荷造り用の麻紐で結ばれ、その先は更に床の間脇の柱へ(くく)りつけてある。さながら、繋がれた番犬のようだ。


 海上(うみがみ)夫人も眉を(ひそ)めた。

 「まぁ……やっぱり、こちらでも歩くんですね」

 「元々、我が家に在った時には歩かなんだ。その前の骨董屋でも、元の持ち主の家でもだ」


 「ま、まるでウチのせいみたいじゃありませんかッ! 取り消して下さいッ!」

 「取り消せだとッ? その言葉、そっくりそのまま返してくれるわッ! (せがれ)がお前なんぞと不義密通を行ったなどと、作り事を流布しおって……ッ!」

 たちまち激昂したご隠居に、海上(うみがみ)夫人は怯んだ様子を見せ、(たもと)で顔を覆った。


 「そんな……作り事だなんて……あんまりです……私の気持ちは真実ですのに」

 そのまま、しおらしく(おもて)を伏せる。


 養父(やぶ)氏は、女将の様子に構わず、事務的に告げた。

 「兎も角、根も葉もない噂のせいで、妻は寝込み、医院の診療にも差し(さわ)りが出ました。名誉毀損事件として、告訴致しましたので、追って、裁判所から呼び出し状が届きます」

 「逃げ隠れするでないぞ」

 海上夫人の窃盗や遺失物横領は、表沙汰になっておらず、また、立証も困難なので、不問に付す。

 だが、こちらの件では、そうは行かない。


 新聞沙汰となり、世間に大々的に広まってしまった。

 名指しで不義の子と流布された八鹿(ようか)勿論(もちろん)のこと、但馬(たじま)深雪(みゆき)にも、あらぬ疑いが掛かりかねない。

 養父健一(やぶけんいち)医師の潔白と、海上家(うみがみけ)の三人の子の正当な立場を明確にする為にも、必要であった。


 「あんまりですッ! 出会う順番が違ったら、私が健一さんの妻でした! 八鹿にはそのつもりで毎日、あなたの子だと言い聞かせて育てましたッ! だのに、どうしてそんな酷いことをおっしゃるんですッ?」

 一息に言い、海上夫人は畳の上へ泣き崩れた。

 「順番が狂ったばっかりに、私の人生は滅茶苦茶になったんですッ! せめて、但馬(たじま)が産まれる前なら、あんなのとは離縁して一緒になれたのに……」


 「さっきから聞いておればぬけぬけと……」

 「勝手なことを言わないで下さい」

 腰を浮かしかけたご隠居を片手で押し留め、養父医師は静かに、だが、有無を言わせぬ気魄(きはく)を以って言った。


 「健一さん、あなたまで、そんなことおっしゃるなんて……あの女は、たかが噂くらいで、不幸だなんだって寝込んで、妻の役目を怠けるような、クズじゃありませんか? 私の方がずっと……」

 「泥棒女」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ