56.提供
ご隠居は茶をすすりながら、女将の言葉を思い返す。
「……確かに……あの時、全部盗られてしまったと嘆いておったな」
「シロアリ盗賊団が、女将さんが盗んだ物を更に盗んだ、と警察に言ったとしても、証拠がありませんからね。女将さんに罪を着せたいなら、もっと別のことをするでしょう」
あの日、女将は自分の罪を臆面もなく、告白した。
宍粟探偵は、但馬の前では、その件は伏せることにした。
女将の言葉から、罪のない部分を抜き出し、組み立て直して語る。
あらぬ噂を立てられた件については別だが、養父家には、女将を窃盗で告訴する気はない。
証拠品が常習窃盗の女将の手から、同じくシロアリ盗賊団の手へ渡った。
元より盗品で、所有者は不明だ。今更、十数年前の犯行を裏付けるのは、難しいと言う事情もある。
迂闊なことを言えば、海上家の兄弟妹はこの先、盗人の子として、本人が犯したのではない罪の重荷を背負わされる羽目になる。
罪に問えなくなったことについて、今更、本当のことを教え、罪もない子供らに、親が働いた悪事の罪悪感を植え付ける必要はない。
一族連座責任の時代は、とうに終わった。
国が開かれ、罪の罰は、悪事を働いた当人が、一人で背負う時代が来たのだ。
これからは、親の因果で子を縛ることなきよう、断ち切らねばならぬ。
ご隠居も、宍粟探偵の言葉から察し、賛同する発言をしている。
「熱が冷めるまでは、但馬君の身の安全を図る為、外出しない方がいいでしょう。篠山刑事に、こちらへお越しいただいた方が宜しいかと存じますが、如何致しましょう?」
宍粟探偵の提案に、ご隠居は賛意を示した。
「当方はいつでも構わん」
但馬少年も、宍粟探偵の目を見て頷いた。
宍粟探偵はご隠居に請求書の封筒を渡し、水戸区の湊第二警察署へ赴いた。
受付で、篠山刑事との面談を申し込む。
幸いなことに、篠山刑事は署内に居た。会議中とのことで、廊下で待たされる。
宍粟探偵は掲示板の前へ立ち、暇潰しにシロアリ盗賊団の手配書を眺めた。
料亭六花で盗みを働いた「あんパンを潰したような日焼けの丸顔」の「脇浜通」があった。続いて、面長で頬のこけた眉の薄い顔を探すが、こちらは見つからなかった。
女の名を読む。
千鶴、千歳、千波、千秋、千尋、千代……
偽名を忘れぬ為だろうか。「千」の付く名が並ぶ。「ちくさ」は「千種」か。その千種とて、本名である保証はない。
これも、同じ顔がひとつとしてなく、捕まらないところを見ると、魔法の道具で顔を変えてあるのだろう。
道具について、丹波教授か双魚に聞いてみようか。いや、シロアリ盗賊団を捕えよとの依頼は受けていない。そこまでする必要はなかろう。
今後の取引材料として、篠山刑事に情報提供するに留めることにした。
小一時間程で、篠山刑事が顔を見せた。片手を挙げ、気軽に尋ねる。
「よっ。何かわかったか?」
「はい。シロアリ盗賊団の正確な人数と、首魁の顔がわかりました」
「何ッ?」
篠山刑事が勢い込んで、宍粟探偵の両肩を掴む。
「私は見ていません。見た人物は、身の安全の為、匿われています」
「どこに居るッ?」
「ご案内しますが、くれぐれもご内密に。既に、口封じで川へ落とされています」
「無事なのかッ?」
「えぇ、まぁ、つい先日、退院したばかりです」
宍粟探偵は篠山刑事と人相書きの係官を伴い、千代草区の養父医院へ向かった。
道中、誰も口を利かず、足早に街路を行く。
千代草区に入り、宍粟は歩を緩めた。
「あんまり勢い込んでいると、何事かと思われますので……」
刑事らも同意し、逸る心を抑えてゆっくり歩く。




