54.秘密
「シロアリ盗賊団は、俺と千種の二人きりだ」
「えぇッ?」
「シッ! 声が大きい」
筋張った手で口を塞がれ、但馬は肝を冷やした。
しばらく、そのままじっと息を殺す。
「二人って……」
「二人だ」
「じゃあ、あの手配書は……」
脇浜は、不敵に笑ってみせた。
魔法の灯が作りだす陰影は、悪い夢のように妙にくっきりしている。
脇浜は懐を探り、首飾りを引っ張り出した。
大ぶりな水晶の周りを銀の台座が囲んでいる。台座には、文字とも紋様ともつかぬものが、びっしりと刻まれていた。
脇浜は首飾りを外し、金庫の上へ置いた。
こちらを向いた顔は、全くの別人だった。
先程までは、あんパンを思わせる日に焼けた丸顔で、眉は太く黒々としていた。
今、灯に照らされ、帳場の闇に浮かんでいるのは、面長で頬がこけ、眉の薄い顔だった。
但馬が声も出せずに居る中、脇浜は、首飾りを手に取り、再び首に提げた。
あっと言う間もなく、丸顔に戻る。
「ま……魔法……?」
「そう言うこった。さぁ、秘密を教えたんだから、お前も教えろよ」
但馬は言われるままに、亡父から教わった、自分と女将しか知らぬ方法を語った。
「道理で捕まらない訳だ……」
話を聞き終え、宍粟探偵は嘆息した。
篠山刑事らがどれ程、目を光らせても、捕まらない筈だ。
新しい時代の新しい犯罪。
「それで仲間のフリをして、一緒に逃げて、口封じをされそうになったんですね?」
宍粟探偵の問いに、但馬は首を横に振った。
「別々に逃げたんだ。俺は先に家出して、縦浜県へ行って日雇いで働いてた。約束の日になって、落ち合う場所に行ったら、川に落とされたんだ」
但馬少年の口から、犯行が漏れることのないよう遠ざけ、頃合いを見て消そうとしたのだろう。
「板長、六花はもうおしまいだよ。世間から泥棒の手下と思われない内に、ウチと縁を切って下さい。お願いします」
但馬が長椅子から身を投げ出し、板長の足下に土下座する。
板長は慌てて膝をつき、但馬に顔を上げさせた。
「坊ちゃん、そんな、やめて下さい。店を畳んで、それから、坊ちゃんはどうなさるんです?」
「警察行って、お裁き受けて、それから、どこなと行くよ。店は今も、洋食を出すの出さないので、揉めてるでしょう。だから、板長たちで別の店を作って下さい」
「坊ちゃん、そんなこと言わんで下さい。あっしは……」
「俺、縦浜で日雇いして、わかったんだ。食べて行くだけなら、今からでも充分やっていけるって」
宍粟探偵は、少年の細い肩へ置いた手に、力を籠めた。
「但馬君、君は悪いことはしていません」
「下手な慰めはよしとくれよ」
但馬はその手を振り払った。
「慰めじゃありません。但馬君は、お母さんを泥棒として警察に突き出すと脅されて、仕方なく金庫の開け方を教えただけです。違いますか?」
少年は答えない。宍粟探偵は構わず続けた。
「疚しくなくても、警察に言わないことだってあるんですよ」
但馬少年が、宍粟探偵に怪訝な目を向ける。
「お母さんは、忘れ物を預かっていただけかもしません。ずっとそこにあって、記憶の中で風景と同化していたら、案外、なくなっても気付かないものです」
但馬は地面を睨んで言葉を吐き出した。
「でも、俺、泥棒の片棒を担いだんだ。店を潰す気だったんだ」
「それは、女将さんを泥棒と思わされたからでしょう」
少年は、手箱に香炉が入っていたと言い、女将自身が、香炉を返しに来た。
少なくとも、香炉を盗んだ泥棒には違いない。他の「幸せのかけら」とやらも、当人の言葉通り、どこかから盗んだのだろう。
だが、今は、それを言うべき時ではない。




