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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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54/61

54.秘密

 「シロアリ盗賊団は、俺と千種(ちくさ)の二人きりだ」

 「えぇッ?」

 「シッ! 声が大きい」

 筋張った手で口を塞がれ、但馬(たじま)は肝を冷やした。


 しばらく、そのままじっと息を殺す。

 「二人って……」

 「二人だ」

 「じゃあ、あの手配書は……」

 脇浜は、不敵に笑ってみせた。


 魔法の灯が作りだす陰影は、悪い夢のように妙にくっきりしている。

 

脇浜は懐を探り、首飾りを引っ張り出した。

 大ぶりな水晶の周りを銀の台座が囲んでいる。台座には、文字とも紋様ともつかぬものが、びっしりと刻まれていた。


 脇浜は首飾りを外し、金庫の上へ置いた。

 こちらを向いた顔は、全くの別人だった。


 先程までは、あんパンを思わせる日に焼けた丸顔で、眉は太く黒々としていた。

 今、灯に照らされ、帳場の闇に浮かんでいるのは、面長で頬がこけ、眉の薄い顔だった。


 但馬が声も出せずに居る中、脇浜は、首飾りを手に取り、再び首に提げた。

 あっと言う間もなく、丸顔に戻る。


 「ま……魔法……?」

 「そう言うこった。さぁ、秘密を教えたんだから、お前も教えろよ」

 但馬は言われるままに、亡父から教わった、自分と女将しか知らぬ方法を語った。


 「道理で捕まらない訳だ……」

 話を聞き終え、宍粟(しそう)探偵は嘆息した。

 篠山(ささやま)刑事らがどれ程、目を光らせても、捕まらない筈だ。


 新しい時代の新しい犯罪。


 「それで仲間のフリをして、一緒に逃げて、口封じをされそうになったんですね?」

 宍粟(しそう)探偵の問いに、但馬(たじま)は首を横に振った。

 「別々に逃げたんだ。俺は先に家出して、縦浜(たてはま)県へ行って日雇いで働いてた。約束の日になって、落ち合う場所に行ったら、川に落とされたんだ」

 但馬少年の口から、犯行が漏れることのないよう遠ざけ、頃合いを見て消そうとしたのだろう。


 「板長、六花(むつのはな)はもうおしまいだよ。世間から泥棒の手下と思われない内に、ウチと縁を切って下さい。お願いします」

 但馬(たじま)が長椅子から身を投げ出し、板長の足下に土下座する。

 板長は慌てて膝をつき、但馬に顔を上げさせた。

 「坊ちゃん、そんな、やめて下さい。店を畳んで、それから、坊ちゃんはどうなさるんです?」


 「警察行って、お裁き受けて、それから、どこなと行くよ。店は今も、洋食を出すの出さないので、揉めてるでしょう。だから、板長たちで別の店を作って下さい」

 「坊ちゃん、そんなこと言わんで下さい。あっしは……」

 「俺、縦浜(たてはま)で日雇いして、わかったんだ。食べて行くだけなら、今からでも充分やっていけるって」


 宍粟(しそう)探偵は、少年の細い肩へ置いた手に、力を籠めた。

 「但馬(たじま)君、君は悪いことはしていません」

 「下手な慰めはよしとくれよ」

 但馬はその手を振り払った。


 「慰めじゃありません。但馬君は、お母さんを泥棒として警察に突き出すと脅されて、仕方なく金庫の開け方を教えただけです。違いますか?」

 少年は答えない。宍粟(しそう)探偵は構わず続けた。

 「(やま)しくなくても、警察に言わないことだってあるんですよ」


 但馬(たじま)少年が、宍粟(しそう)探偵に怪訝(けげん)な目を向ける。

 「お母さんは、忘れ物を預かっていただけかもしません。ずっとそこにあって、記憶の中で風景と同化していたら、案外、なくなっても気付かないものです」


 但馬は地面を睨んで言葉を吐き出した。

 「でも、俺、泥棒の片棒を担いだんだ。店を潰す気だったんだ」

 「それは、女将さんを泥棒と思わされたからでしょう」

 少年は、手箱に香炉が入っていたと言い、女将自身が、香炉を返しに来た。


 少なくとも、香炉を盗んだ泥棒には違いない。他の「幸せのかけら」とやらも、当人の言葉通り、どこかから盗んだのだろう。

 だが、今は、それを言うべき時ではない。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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