53.犯行
「えっ……? さぁ?」
「誰かとの思い出の品か、さもなきゃ、客の忘れ物をガメたか、どっかから盗ってきたもんを貯めてんだよ。俺に盗られたのに、何も言わねぇってこたぁ、つまり、そう言うこった」
但馬が驚愕に言葉を失っていると、脇浜はニヤニヤ笑いながら、但馬を指で小突いた。
「坊ちゃん、おめぇさんは、泥棒女の股から産まれた出来損ないだ。医者になんてなれやしねぇよ。誰が盗人の倅に、大事な命を預けるってんだい?」
但馬は突然、真っ暗な穴へ突き落されたような気がした。
「俺があの手箱を持って警察へ行けば、お前さん方は、罪人の子だ。そうなったら、世間様は掌返すぜ? なぁ、料亭六花のお坊ちゃんよ?」
但馬は、沼のような闇の中で考えた。
母は既に脇浜を引き入れ、洋食を作らせている。今は秘密だが、いずれ、店でも出すようになるだろう。
放っておいても、母と弟に滅茶苦茶にされる。
客から盗んだなら、脇浜が何もせずとも、いずれ知れる。
泥棒の女将とその子供の店へなど、誰が客に来るだろう。
脇浜に母の悪事を暴かれ、悪評に塗れた末に六花を潰されるくらいなら、いっそ、跡継ぎである自分の手で、キレイな内に潰してしまおうと思った。
このままここに居れば、板長ら奉公人まで、世間から盗人の仲間だと思われてしまう。
それだけは、何としても避けたい。
母の、女将の盗みが世間に知られる前に、六花を潰してしまおう。
そうすれば、この雪は、純白のまま溶けて消える。
料亭六花の跡取り、海上家の総領息子は、沼に浮かぶ鬼火のような目で言った。
「俺をお前の仲間に入れてくれるなら、金庫の開け方を教える」
脇浜は、太い眉を片方だけ上げ、おどけた調子で聞いた。
「仲間? 仲間ってなんだい?」
「シロアリ盗賊団は、大勢居るんだろ? だったら、俺一人くらい増えてもいいだろう」
但馬が意を決して放った言葉を、脇浜は腹を抱えて笑った。
「子供だと思って馬鹿にするなッ!」
「あぁ、そうだな、すまんすまん。あの女将の倅だものな」
「俺は金庫のことを教えるんだから、お前はシロアリ盗賊団のことを教えろよ」
「この稼業は、夜目が利かなくちゃいけない。今夜、蔵の裏に来てくんねぇか」
但馬は、いよいよ後に引けなくなったことに、腹の底が冷える思いで頷いた。
その夜、家人が寝静まってから、但馬は寝床を抜け出した。
細い三日月と星灯の下、脇浜は既に来て待っていた。
但馬が鍵を開け、店の帳場へ易々と侵入する。
脇浜が戸を閉め、懐中時計のような物を取り出した。蓋を開け、何事か耳慣れぬ言葉を呟く。
淡い光が点った。満月のような仄白い光で、金庫を照らす。
但馬が黙って見詰めていると、脇浜は小声で言った。
「魔法の道具だ。大陸じゃ、そんな珍しいもんじゃねぇ」
「これも、盗んだのか?」
「流石の俺も、魔法使いの目を盗むのは無理だ。バレて呪われたら、死ぬより辛い目に遭わされるからな。金は払ったぞ。高かったぜ」
その支払いは、盗んだ金でしたのだろう、と思ったが、但馬は敢えて口にしなかった。
「先に秘密を教えてくれ。そしたら、開け方を教える」
脇浜は鼻白んだが、すぐに気を取り直し、丸い頬を押し上げ、口許を歪めた。
「言っても信じねぇだろ」
「信じる」
「嘘吐きは泥棒の始まりってのにか?」
「仲間も騙すのか?」
「どうだかな? ま、いいや。耳の穴かっぽじってよく聞け」
脇浜はニヤリと笑って但馬を見た。魔法の灯がその顔を青白く照らしている。




