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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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52/61

52.協力

 その店は、渦中にある。

 洋食を出したい女将と、味を守りたい板長が対立し、板場と仲居も、女将派と板長派に割れてしまった。


 女将は長らく、洋食のできる者を探していたが、ついに、口入(くちい)れ屋で、それなりの腕の者を見つけ出した。

 それが、脇浜(わきはま)だった。


 居留地に住む外国人の家付き料理人の許で、下働きをしていたそうだ。主人が帰国し、次の勤め先を探していると言っていた。

 試しに作らせてみると、それなりのものが作れることがわかり、雇い入れた。


 上得意の内、洋食に興味を持つ者に固く口止めしたう上で、月に一度、試食会を催した。

 店の金を使えば、板長らに知られてしまう。食材は家計から出し、女将自ら、或いは、脇浜に金を持たせ、買付けに行かせた。


 板場では板長らの妨害が入る為、自宅の台所で調理させ、応接間で供していた。


 宍粟(しそう)探偵は呻った。

 洋食に関しては、卸売市場で耳にした噂の通りだった。

 家の状態は、噂以上に酷い。


 脇浜は、試食会の打ち合わせや、材料の調達などで、頻繁に海上(うみがみ)家に出入りしていた。

 但馬(たじま)が忌々しく思いながら観察していると、脇浜は、女将の部屋など、料理とは関係のない部屋へも出入りしていた。

 見ないフリでやり過ごし、誰にも言わなかったが、不審に思ったので、よく注意して見るようになった。


 脇浜は一枚上手で、ある日、密かに但馬の後ろへ回り、問い(ただ)した。

 「坊ちゃん、ここで何してなさるんです?」

 「べ……別に……」

 背後から不意に声を掛けられ、但馬はすっかり狼狽(うろた)えてしまった。


 「こそこそ隠れて、人のすることを盗み見るなんて、いけないお人だ」

 「盗み見てなんてない。ここは俺の家だ。何を見てようと俺の勝手だ」

 精一杯、言い返したが、脇浜は全く動じなかった。


 「奥様に言い付けますよ。洋食の試食会は、まだ秘密にしなきゃいけないんです。坊ちゃん、それをバラす為に、間諜の真似事をしてたんでしょう?」

 「違う。間諜の真似なんかじゃない」


 「板長に言われて、調べてたんでしょう? そんなことが奥様に知れたら、勘当されますよ?」

 「勘当なんて怖くない。六花(むつのはな)が洋食屋になるなら、八鹿(ようか)にくれてやる。俺の方から出てやるよ」

 「ほう……そりゃぁ剛毅(ごうき)なこった」

 脇浜は、丸い顔を潰れたまんじゅうのように歪めて笑い、その場を去った。


 後日、但馬は思い当たった。

 脇浜はシロアリ盗賊団の手下で、盗みの下見をしているのだ、と。そして、彼に協力を申し出た。


 「坊ちゃん、協力って、何をなすったんで?」

 板長の質問に、但馬(たじま)は唇を噛んだ。


 宍粟(しそう)探偵は腰を屈め、但馬の両肩に手を置いた。十五歳の少年は、じっと地面を見詰めている。

 「板長さんは、君を責めているんじゃありません。危険なことをしなかったか、心配してらっしゃるんですよ」


 「えぇ、あの、そんな悪者と関わって、殴られやしやせんでしたかい? 現に、川へ落とされて、危うく命を取られるとこで……」

 但馬少年は顔を上げた。

 板長は涙を(こら)え、歯を食いしばっていた。

 「川に落とされた他は、何もされてないよ」


 当初、脇浜は少年の申し出を(いぶか)しんでいた。しかし、母が宝飾品類を仕舞う場所や、蔵の鍵の()()を教えてやると、ニヤリと笑って受け容れた。


 二人で母の部屋を(あさ)っている時に、蒔絵(まきえ)の手箱を開けた。


 (かんざし)帯留(おびどめ)、首飾りの他に、箸置きやおままごとの玩具(おもちゃ)、起き上り小法師(こぼし)、古びた香炉、ハンケチ、リボン、懐中時計、盃や硝子(ガラス)細工、外国の硬貨など、雑多な物が詰まっていた。


 何の脈絡もない品々に、但馬は首を傾げたが、脇浜は何かわかったような顔で頷いた。

 「女将は、これについちゃ、何も言わねぇ筈だ」

 その手箱を丸ごと持ち出した。


 確かに、脇浜の言う通り、箪笥(タンス)の上の目立つ場所にあったにも(かかわ)らず、母は何とも言わなかった。

 手箱の不在に気付かぬ筈はないと思うが、誰も在り処を尋ねられず、警察に届けた様子もない。


 但馬(たじま)が聞くと、脇浜はニヤリと笑って質問を返した。

 「入ってる物の種類がバラバラで、男物も混ざってたろ? 何でだと思う?」

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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