52.協力
その店は、渦中にある。
洋食を出したい女将と、味を守りたい板長が対立し、板場と仲居も、女将派と板長派に割れてしまった。
女将は長らく、洋食のできる者を探していたが、ついに、口入れ屋で、それなりの腕の者を見つけ出した。
それが、脇浜だった。
居留地に住む外国人の家付き料理人の許で、下働きをしていたそうだ。主人が帰国し、次の勤め先を探していると言っていた。
試しに作らせてみると、それなりのものが作れることがわかり、雇い入れた。
上得意の内、洋食に興味を持つ者に固く口止めしたう上で、月に一度、試食会を催した。
店の金を使えば、板長らに知られてしまう。食材は家計から出し、女将自ら、或いは、脇浜に金を持たせ、買付けに行かせた。
板場では板長らの妨害が入る為、自宅の台所で調理させ、応接間で供していた。
宍粟探偵は呻った。
洋食に関しては、卸売市場で耳にした噂の通りだった。
家の状態は、噂以上に酷い。
脇浜は、試食会の打ち合わせや、材料の調達などで、頻繁に海上家に出入りしていた。
但馬が忌々しく思いながら観察していると、脇浜は、女将の部屋など、料理とは関係のない部屋へも出入りしていた。
見ないフリでやり過ごし、誰にも言わなかったが、不審に思ったので、よく注意して見るようになった。
脇浜は一枚上手で、ある日、密かに但馬の後ろへ回り、問い質した。
「坊ちゃん、ここで何してなさるんです?」
「べ……別に……」
背後から不意に声を掛けられ、但馬はすっかり狼狽えてしまった。
「こそこそ隠れて、人のすることを盗み見るなんて、いけないお人だ」
「盗み見てなんてない。ここは俺の家だ。何を見てようと俺の勝手だ」
精一杯、言い返したが、脇浜は全く動じなかった。
「奥様に言い付けますよ。洋食の試食会は、まだ秘密にしなきゃいけないんです。坊ちゃん、それをバラす為に、間諜の真似事をしてたんでしょう?」
「違う。間諜の真似なんかじゃない」
「板長に言われて、調べてたんでしょう? そんなことが奥様に知れたら、勘当されますよ?」
「勘当なんて怖くない。六花が洋食屋になるなら、八鹿にくれてやる。俺の方から出てやるよ」
「ほう……そりゃぁ剛毅なこった」
脇浜は、丸い顔を潰れたまんじゅうのように歪めて笑い、その場を去った。
後日、但馬は思い当たった。
脇浜はシロアリ盗賊団の手下で、盗みの下見をしているのだ、と。そして、彼に協力を申し出た。
「坊ちゃん、協力って、何をなすったんで?」
板長の質問に、但馬は唇を噛んだ。
宍粟探偵は腰を屈め、但馬の両肩に手を置いた。十五歳の少年は、じっと地面を見詰めている。
「板長さんは、君を責めているんじゃありません。危険なことをしなかったか、心配してらっしゃるんですよ」
「えぇ、あの、そんな悪者と関わって、殴られやしやせんでしたかい? 現に、川へ落とされて、危うく命を取られるとこで……」
但馬少年は顔を上げた。
板長は涙を堪え、歯を食いしばっていた。
「川に落とされた他は、何もされてないよ」
当初、脇浜は少年の申し出を訝しんでいた。しかし、母が宝飾品類を仕舞う場所や、蔵の鍵の在り処を教えてやると、ニヤリと笑って受け容れた。
二人で母の部屋を漁っている時に、蒔絵の手箱を開けた。
簪や帯留、首飾りの他に、箸置きやおままごとの玩具、起き上り小法師、古びた香炉、ハンケチ、リボン、懐中時計、盃や硝子細工、外国の硬貨など、雑多な物が詰まっていた。
何の脈絡もない品々に、但馬は首を傾げたが、脇浜は何かわかったような顔で頷いた。
「女将は、これについちゃ、何も言わねぇ筈だ」
その手箱を丸ごと持ち出した。
確かに、脇浜の言う通り、箪笥の上の目立つ場所にあったにも拘らず、母は何とも言わなかった。
手箱の不在に気付かぬ筈はないと思うが、誰も在り処を尋ねられず、警察に届けた様子もない。
但馬が聞くと、脇浜はニヤリと笑って質問を返した。
「入ってる物の種類がバラバラで、男物も混ざってたろ? 何でだと思う?」




