49.長男
「見つかった?」
思わず呟いた宍粟探偵に視線を向け、見習いの青年は説明した。
「脇浜が出て行く少し前から、行方知れずだったんです。墨田病院に入院してるって、警察から連絡がありました。墨田川で溺れてるのを、夜釣りの船に助けられたそうで……」
「ご長男は、亡くなられたと仰いましたよね?」
宍粟探偵とご隠居が、疑いを通り越し、呆れかえった目を向ける。
海上夫人は、涼しい目でそれを受け流した。
「私の可愛い但馬は、とっくに死にました。あんなクズ、知りません」
「やっぱり、板長の言う通りだ……この人でなしッ!」
見習いは叫び、一礼して走り去った。
気を取り直し、ご隠居が努めて静かに言う。
「海上さん、今日のところは、お引き取り下さい。日を改めましょう」
「そうですわね。健一さんもお忙しいでしょうし」
海上夫人は、それでは、健一さんに宜しくお伝え願います、と言い置き、出て行った。
三人は毒気に当てられ、しばらくは言葉もなく、女将が去った廊下を見ていた。
最初に我に返ったのは、双魚だった。
「香炉は戻ったことだし、俺の用は済んだよな」
「あ、あぁ、そうですね。ありがとうございます。これは、お寺に預けるそうです」
宍粟探偵は、養父家の意向を伝え、ご隠居に双魚の言葉を訳した。
「とんだ騒動に巻き込んで申し訳ない。また、桜の頃に改めて、お礼にお招き致す」
老人は、深々と頭を下げた。
双魚を送り出した後、ご隠居は居住まいを正し、宍粟に言った。
「宍粟さん、毒を食らわば皿までと言う。今しばらく、お付き合い願えまいか」
「と、仰いますと?」
「墨田病院で、但馬君に事情を聴きたい。付き合ってくれんか」
宍粟は、ご隠居と共に乗合馬車と人力車を乗り継ぎ、墨田病院へ向かった。
但馬少年の病室は大部屋だったが、板長の姿に、すぐ、それとわかった。
「これは、大先生……宍粟さんも……どうして……?」
「女将がウチに来ておったろう。居合わせて、話を聞かせてもらった」
「私は、通訳として同席していたんですよ」
女将の姿はなく、但馬少年は、ベッドに横たわったまま、硬い表情で新たな見舞客を見ている。
「女将は、来ておらぬのか?」
「えぇ、はい。まだです」
ご隠居の問いに、板長が恐縮する。
「あのババアは来ねぇよ」
但馬少年が吐き捨てた。
仏壇に祀られた写真そのままの、利発な顔立ちの少年だ。亡父に良く似ている。
「何故、そう思うんですか?」
「誰だよ、お前?」
「坊ちゃん!」
「まぁまぁ、板長さん。但馬君、私は宍粟と言います。以前、六花をよく利用していた客です」
宍粟探偵は、思わず声を荒げた板長を手で制し、自己紹介した。
訝しげに耳を傾ける但馬に、柔和な笑顔を向け、事情を説明する。
「小さい頃に何度かお会いしたこともありますが、十年以上前のことですから、忘れてしまっても無理はありませんね。今は、板長さんから、盗品の行方を調べる依頼を受けているんですよ」
宍粟の丁寧な説明にじっと耳を傾け、但馬は横を向いて言った。
「あの女は、俺を死人扱いしやがったんだ。仏壇に遺影まで置いてな」
「それで、本当に死んでしまおうと思ったんですか?」
「違う。川へ落とされたんだ」
「何ッ?」
ご隠居が驚愕の声を上げた。
板長と宍粟探偵は、顔を見合わせる。
「坊ちゃん、それは、まさか、女将が……」
「俺があんなババアに負けると思うのか?」
板長が、震える声でやっと発した問いを、但馬は鼻で笑った。
「では、誰に……」
「脇浜だよ。新入りの中見習い」
宍粟の問いに、横を向いたまま答えた。
「あの盗人、人殺しまで企んでたのかッ!」
「なんだ、脇浜、もう捕まったのか?」
憤る板長に顔を向け、但馬が聞いた。
戸惑う板長に代わり、宍粟探偵が答える。
「いいえ。逃走中です。盗品の一部は、警察が押収しましたが、大部分は、まだ見つかっていません。但馬君、脇浜が盗んだことを知ってるんですか?」
但馬は口を真一文字に引き結び、三人の大人を見た。