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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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48/61

48.狂女

 二人で顔を見合わせ、海上(うみがみ)夫人を穴のあく程、見る。

 さも当然のことを言ったように胸を張り、堂々と二人の目を見詰め返す。その顔は、誇らしげですらあった。


 「あの、参考までに、いつ頃から……」

 「赤ん坊の頃からです」

 宍粟(しそう)探偵が恐る恐る問うと、打てば響く勢いで、自信に満ちた答えが返って来た。

 「当たり前じゃありませんか」


 「いや、当たり前って……あの、六花(むつのはな)の、大将の子ですよね? 養父(やぶ)先生は、バルバツムに留学なさってたんですから……」

 何故か、宍粟(しそう)探偵の方が間違っているような心地になり、恐る恐る確認する。


 女将は、悲しそうに目を伏せて答えた。

 「確かに、体はそうでしょう」

 しかし、すぐに顔を上げ、キッとご隠居を見据えて宣言する。

 「……ですが、心はずっと健一さんのもの。八鹿(ようか)は、おなかに居た頃からずっと、健一さんの子として育ててきましたから、顔も健一さんにそっくりでしょう?」


 「いえ、私は、八鹿君とお会いしたことがありませんので、何とも……」

 「そうでしたわね。元気になりましたら、お披露目させていただきます。きっと皆さん、ご納得なさいますよ」

 あまりの言い様に、ご隠居は言葉を失い、宍粟(しそう)探偵も頭の芯が痺れるようだった。


 双魚に問われ、呆然としながらも、機械的に翻訳した。

 「……なぁ、翻訳を間違ってねぇか? 時系列とか、色々おかしいだろ」

 苦笑交じりに言われたが、宍粟(しそう)探偵は首を横に振る他なかった。

 通訳を通さず、直接、母国語で聞いても、意味がわからない。


 噂の心労で、養父夫人は外出もままならず、季節が変わった今も、気鬱(きうつ)で寝込んでいる。食事も喉を通らず、一冬で痩せ衰えてしまったと聞いた。

 噂を流布した張本人は、理解不能な独自理論を振りかざし、堂々と胸を張っている。


 ご隠居が、懇々と言って聞かせる。

 「お主がどれ程、念じたところで、腹の子が(せがれ)の子になる道理がない。頭を冷やさんか」

 「いいえ。私はずっと、八鹿(ようか)を健一さんの子として、お育てしましたから、大丈夫です」

 「あの……参考までに、何がどう、大丈夫なんでしょう?」

 宍粟(しそう)探偵が、恐る恐る質問する。


 海上(うみがみ)夫人は、宍粟とご隠居に艶のある笑みを返した。

 「今からでも、こちらに住んで差し上げても、一向、差支えありませんよ」

 「寝言は寝て言えッ! こっちに(さわ)りがあるッ!」

 老人が卓に拳を叩きつけ、空の菓子鉢が跳ねる。


 「あ、あのぉ……大旦那様……あのぉ……(よろ)しいでしょうか?」

 廊下から、女中の(おび)えた声がする。

 ご隠居は、不機嫌に応じた。

 「何だ。お松には怒っておらん。さっさと用件を申せ」


 女中は、(ふすま)を開けずに答えた。

 「六花(むつのはな)の女将さんに、あの、お店の方が、急ぎのご用だそうで……」

 「今、取り込み中ですから、後にして下さいな」

 ご隠居は、六花の女将・海上(うみがみ)夫人の落ち着き払った顔を睨みつけ、命じた。


 「使者はまだ、居るのだな? 通せ」

 「は、はい。少々お待ちを……」

 玄関で待たせてあるのか、足音がそそくさと遠ざかる。


 「呼んで下さらなくて、結構ですのに」

 「出先まで呼びに来ると言うことは、何かお店の一大事(いちだいじ)じゃないんですか?」

 「一大事……ねぇ?」

 海上夫人は他人事(ひとごと)のように言い、山吹色の(そで)で口許を覆った。


 ご隠居が、正面のオンナを射抜くような目で睨む。

 何とも言えぬ沈黙を他所に、庭では紋白蝶(モンシロチョウ)が、風に戯れている。


 小走りの足音がふたつ、近付いてきた。

 女中の声が掛かり、(ふすま)が開く。

 宍粟(しそう)探偵は、場の均衡が崩れたことにホッとした。

 「女将さんッ! 但馬(たじま)坊ちゃんが見つかりました!」

 先程の見習いが、廊下に立ったまま叫んだ。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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