表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/61

47.順序

 「海上さんも、お店の皆さんも、その、脇浜の顔は、覚えてらっしゃいますよね?」

 「はい。警察で、人相書きも(こしら)えていただきました。とてもよくできていましたよ」

 最近流行りのあんパンを潰したような、日に焼けた丸顔で、眉は太い筆で引いたように黒く太い。一目見れば、忘れぬ風貌だと言う。


 宍粟(しそう)探偵は商売柄、警察署へ情報を集めに行くことが多い。

 シロアリ盗賊団は、毎回、人相書きが作られ、警察署に貼り出されているが、一体、何十人いるのか、毎度、違う顔だった。


 金持ちの家へ送り込む下っ端は、毎回、使い捨てて居るのだろうか。

 犯行後の足取りは、殆ど掴めない。


 今回のように、盗品が近隣の県で見つかることも度々あり、その都度、警察が聞き込みに行くが、人相書きとは別の人物が売りに来たと言われる。


 「此度(こたび)の件で、盗られる側の痛みが、ようわかったろう。家に残った分だけでも、元の持ち主に返すのだ」

 「そんなのイヤですッ! 今、また不幸になったのに、幸せのかけらを返したら、もっと不幸になります」

 「何を身勝手なッ! そもそも但馬(たじま)君が身罷(みまか)ったのも、盗みの発覚を恐れてのことであろうが! 己の身勝手が不幸を呼び寄せておるのだ。何故、それがわからぬ」

 海上(うみがみ)夫人は、ご隠居の激しい叱責に唇を噛んだ。


 「でも、香炉は、返しに来たんですよね?」

 「これは、幸せどころか、呪われてますから……」

 宍粟(しそう)探偵の問いに鼻で笑って返した。


 幸せのかけらと称して、他家の物を盗む。

 身勝手な理由で盗んだ香炉を呪いの品と思い込み、不幸の原因だとこじつけ、本当の原因を見ようともしない。挙句の果てには、呪いが解けないと見るや、他人に押し付ける。


 カネ目当てではなく、幸せを奪うことを目的とした盗み。


 幸不幸は、右から左に動かせるものではない筈だ。

 宍粟(しそう)探偵は、腹の底が冷える思いで問い(ただ)した。


 「養父家が、不幸になればいいと思って、良からぬ噂を流したんですか?」

 「良からぬ噂って何ですか?」

 「とぼけるなッ! 倅と不義密通(ふぎみっつう)を行ったなどと、あることないこと言い触れ回ったのは、お主であろうが! 調べはついておるのだ!」

 ご隠居が拳で卓を打ち、身を乗り出して海上夫人を指差す。


 夫人は三人を素早く見回し、畳に目を落とした。

 「そんな……あることないことだなんて……ホントだったら、私が健一さんと結婚して、養父家(やぶけ)の嫁になる筈だったんですよ。なのに……」

 そこまで言って、山吹色の着物の(そで)を握り、椿色の紅を引いた口を結ぶ。


 「何だと? バカも休み休み言えッ! お主が(せがれ)と顔を合わせたのは、但馬(たじま)君が赤子の頃、医者と患者の親としてだったろうが!」

 「そんな……お義父(とう)さん……出会う順番が違っていたら、私は今頃、この養父家の嫁だったんですよ? あの人に健一(けんいち)さんを盗られなければ……」

 しおらしい声で、堂々と被害者面する。

 宍粟(しそう)探偵には、海上夫人の思考の道筋が、全く見えない。


 双魚に目顔で求められ、二人の遣り取りをそのまま訳した。

 「何だそりゃ? 俺の目には、女が口から赤い蛇を吐いてんのが視えるんだ。蛇の雑妖は、嫉妬や怨恨の化身だ。人間から涌く雑妖は、大抵、何の形も成さない。ぼんやりした霞みたいなもんなんだ。こんなはっきり形になんのは、相当、アレだぞ?」

 双魚が海上夫人を見る目は、化け物を見る目だ。

 言われた宍粟(しそう探偵)も、視えぬまでも、我知らず、同じ目で夫人を見る。


 「あの、海上さん、養父(やぶ)先生のお気持ちは……」

 宍粟(しそう)探偵は、初対面の自分にまで、惚気話(のろけばなし)をした養父氏の顔を思い出し、聞いた。

 「私が先に出会っていれば、きっと、私を妻にしていました」

 「勝手に決め付けるなッ!」

 ご隠居の怒声が飛ぶ。


 顔を上げた夫人は、潤んだ目で老人を睨みつけた。

 「いいえ。必ず、私と夫婦(めおと)になっていました」

 「根拠は何だ! 根拠はッ!」

 「運命です」

 断言した夫人の眼は、ギラギラと異様な輝きを宿している。

 「愛に、時間は関係ないんです。今からだって……」


 「本人を差し置いて、何を言うかッ!」

 「お義父さんには、おわかりにならないんです」

 海上夫人は、老人に憐みの目を向ける。

 愚かで頑迷で、人の心の機微や恋心を解さぬ堅物、とでも言いたげだが、流石にそれは口にしない。

 「お主の親になぞなった覚えはないッ! 馴れ馴れしいぞ!」


 双魚が身振りでご隠居を落ち着かせる。

 中腰になっていた老人は、ひとつ咳払いをして、居住まいを正した。

 「あんな根も葉もない噂を流したところで、事実は捻じ曲げられませんよ。(いたずら)に息子さんの名誉を傷つけただけです。子を持つ母として、我が子の出自を偽るなんて、恥ずかしいと思わないんですか?」


 「偽ったことはありません。八鹿(ようか)は、健一さんの子として育ててきました」

 「何ッ?」

 「えッ?」

 ご隠居と宍粟の驚愕が重なる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ