46.道具
「寺になんて預けたって、どうにもなりませんよ」
海上夫人はせせら笑って、捲し立てた。
「近頃の坊主はみんな、金儲けしか考えない生臭で、法力なんてカケラもありませんからね。お金だけ巻き上げられて、『強い妖怪でお祓いできないから、ウチで厳重に封じます』なんて、尤もらしいこと言って、香炉を取り上げられて、泣き寝入りさせられるのがオチですから」
ご隠居が、拳で卓を打った。
海上夫人が正面の老人を見る。何を考えているのかわからない。のっぺりした顔がこちらに向けられている。
宍粟探偵は、魚の顔を正面から見たような心地になった。
何故、ここまで頑なに呪いと思いこんでいるのか。話に耳を貸さないのか。
「呪いじゃないなんて、私が素人だと思ってバカにして。大体、私に幸せを見せつけて、こんな盗り易い所に香炉を置いとくなんて、養父先生たちも酷いじゃありませんか」
「何を言うか。香炉を寺へ預けなんだのは、盗みが知れることを恐れたことと、お布施を惜しんでのことだろうが」
「いいえ、あんな生臭、信じられないからです」
「まだ言うかッ」
ご隠居が腰を浮かせかける。
「お坊さんは信じられないのに、言葉も通じない双魚さんは、信じられるんですか?」
宍粟探偵は話の流れを変えるべく、口を挟んだ。
名が出たことに気付き、双魚が宍粟を見る。
「だって、骨董屋が使ってるじゃありませんか。ちゃんと見鬼で、魔法使いで、役に立つんでしょう?」
双魚の人間性に信を置いているのではなく、能力をアテにしているだけだ。
便利な道具を使って何が悪い、と言わんがばかりの態度に、宍粟探偵は薄ら寒い物を感じた。
妙見では、双魚を化け物呼ばわりして罵ったと聞いた。
ここでは丸きり、道具扱いだ。
「この女が何言ってんのか知らんが、どうせ碌なこと言っちゃいねぇんだろ? 何か言う度に、口から雑妖が飛び出してる。さっき、両手に鳥の目がくっついてるって言ったがな、頭にも肩にも……いや、もう、体中に形のよくわからん雑妖がへばりついて、女の姿形もよくわからん有様だ」
双魚が、向かいに座る宍粟探偵に言った。
宍粟探偵は海上夫人を見遣った。
勿論、見鬼ではないので、何も視えない。ただ、無表情に見返す海上夫人が見えるばかり。顔立ちは端正だが、魚のように無表情で、僅かに上気した頬に生気が感じられるだけだ。
「現金や絵皿などに関しては、海上さんは盗まれた被害者ですよね」
「そうです。私は被害者なのに、板長に盗人の仲間呼ばわりされて、困ってるんですよ」
海上夫人は、我が意を得たりとばかりに卓へ身を乗り出し、上目遣いに宍粟探偵を見る。困惑に下がった眉の下で、潤んだ瞳が艶めかしい。
「私が洋食も出したくて、雇ったんです。口入れ屋に頼んで、洋食のできる人を……」
「盗んで逃げた後、口入れ屋に苦情を……」
「言いましたとも。先に警察へも届けました。口入れ屋は、警察にも言われて、実家の住所を教えたそうですけど、もぬけの殻だったそう……」
宍粟探偵にみなまで言わせず、海上夫人は捲し立てた。
シロアリ盗賊団の手口そのままだ。
「その人は、年は幾つで、洋食はどこでどうやって覚えたと言ってましたか?」
「年は四十三。名前は脇浜通って言ってましたが、今となっては本名かどうか……洋食は、居留地の外国人の家で、下働きをして覚えたそうです。その人がお国へ帰ってしまったので、紹介状も何もなくて、口入れ屋に身元の保証をしてもらった、と申しておりましたが、それも嘘かもしれません」
六花の女将は、自分の窮状を救ってくれると思ったのか、宍粟探偵の問いに滔々と答える。
宍粟探偵は、短い質問を重ねた。
「料理の腕前は、如何でしたか?」
「まぁ、それなりに……私には、洋食の味の良し悪しが、まだよくわかりませんので……お味見して下さったお客様方からは、特に苦情はありませんでした。見た限り、包丁捌きは、それなりでしたよ」
少なくとも、洋食の経験者であることは、嘘ではないようだ。




