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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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46/61

46.道具

 「寺になんて預けたって、どうにもなりませんよ」

 海上(うみがみ)夫人はせせら笑って、捲し立てた。

 「近頃の坊主はみんな、金儲けしか考えない生臭(なまぐさ)で、法力なんてカケラもありませんからね。お金だけ巻き上げられて、『強い妖怪でお祓いできないから、ウチで厳重に封じます』なんて、(もっと)もらしいこと言って、香炉を取り上げられて、泣き寝入りさせられるのがオチですから」


 ご隠居が、拳で卓を打った。

 海上夫人が正面の老人を見る。何を考えているのかわからない。のっぺりした顔がこちらに向けられている。

 宍粟(しそう)探偵は、魚の顔を正面から見たような心地になった。

 何故、ここまで(かたく)なに呪いと思いこんでいるのか。話に耳を貸さないのか。


 「呪いじゃないなんて、私が素人だと思ってバカにして。大体、私に幸せを見せつけて、こんな盗り易い所に香炉を置いとくなんて、養父(やぶ)先生たちも酷いじゃありませんか」

 「何を言うか。香炉を寺へ預けなんだのは、盗みが知れることを恐れたことと、お布施を惜しんでのことだろうが」

 「いいえ、あんな生臭、信じられないからです」

 「まだ言うかッ」

 ご隠居が腰を浮かせかける。


 「お坊さんは信じられないのに、言葉も通じない双魚(そうぎょ)さんは、信じられるんですか?」

 宍粟(しそう)探偵は話の流れを変えるべく、口を挟んだ。

 名が出たことに気付き、双魚が宍粟を見る。


 「だって、骨董屋が使ってるじゃありませんか。ちゃんと見鬼(けんき)で、魔法使いで、役に立つんでしょう?」

 双魚の人間性に信を置いているのではなく、能力をアテにしているだけだ。

 便利な道具を使って何が悪い、と言わんがばかりの態度に、宍粟(しそう)探偵は薄ら寒い物を感じた。


 妙見(みょうけん)では、双魚を化け物呼ばわりして罵ったと聞いた。

 ここでは丸きり、道具扱いだ。


 「この女が何言ってんのか知らんが、どうせ碌なこと言っちゃいねぇんだろ? 何か言う度に、口から雑妖が飛び出してる。さっき、両手に鳥の目がくっついてるって言ったがな、頭にも肩にも……いや、もう、体中に形のよくわからん雑妖がへばりついて、女の姿形もよくわからん有様だ」

 双魚が、向かいに座る宍粟(しそう)探偵に言った。


 宍粟(しそう)探偵は海上(うみがみ)夫人を見遣った。

 勿論(もちろん)見鬼(けんき)ではないので、何も視えない。ただ、無表情に見返す海上夫人が見えるばかり。顔立ちは端正だが、魚のように無表情で、僅かに上気した頬に生気が感じられるだけだ。


 「現金や絵皿などに関しては、海上さんは盗まれた被害者ですよね」

 「そうです。私は被害者なのに、板長に盗人の仲間呼ばわりされて、困ってるんですよ」

 海上夫人は、我が意を得たりとばかりに卓へ身を乗り出し、上目遣いに宍粟(しそう)探偵を見る。困惑に下がった眉の下で、潤んだ瞳が艶めかしい。


 「私が洋食も出したくて、雇ったんです。口入(くちい)れ屋に頼んで、洋食のできる人を……」

 「盗んで逃げた後、口入れ屋に苦情を……」

 「言いましたとも。先に警察へも届けました。口入れ屋は、警察にも言われて、実家の住所を教えたそうですけど、もぬけの殻だったそう……」

 宍粟(しそう)探偵にみなまで言わせず、海上夫人は捲し立てた。


 シロアリ盗賊団の手口そのままだ。

 「その人は、年は幾つで、洋食はどこでどうやって覚えたと言ってましたか?」

 「年は四十三。名前は脇浜通(わきはまとおる)って言ってましたが、今となっては本名かどうか……洋食は、居留地の外国人の家で、下働きをして覚えたそうです。その人がお国へ帰ってしまったので、紹介状も何もなくて、口入れ屋に身元の保証をしてもらった、と申しておりましたが、それも嘘かもしれません」

 六花(むつのはな)の女将は、自分の窮状を救ってくれると思ったのか、宍粟(しそう)探偵の問いに滔々(とうとう)と答える。


 宍粟探偵は、短い質問を重ねた。

 「料理の腕前は、如何(いかが)でしたか?」

 「まぁ、それなりに……私には、洋食の味の良し悪しが、まだよくわかりませんので……お味見して下さったお客様方からは、特に苦情はありませんでした。見た限り、包丁捌(ほうちょうさば)きは、それなりでしたよ」

 少なくとも、洋食の経験者であることは、嘘ではないようだ。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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