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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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45/61

45.理屈

 「幸せな人がお持ちの、『幸せのかけら』をちょっと拝借しただけなんです。盗んだんじゃ、ないんです。だって、奥様、あんなに幸せで、如何(いか)にも女物のキレイな香炉を、大事に床の間に据えて……あんなの見せつけられたら、誰だって、欲しくなるじゃありませんか」


 ……ならないッ!


 宍粟(しそう)探偵はその言葉を呑み込み、口を固く結んで、海上(うみがみ)夫人を見詰めた。

 無表情と言うには、あまりにのっぺりした顔で、相変わらず、(ほとん)ど口を動かさずに、口の中で早口に喋る。

 「幸せを分けていただいたら、後でお返ししようと思ってたんです」


 「でも、何だって黙って持ち出すんです? 何か理由を付けて、貸してもらうんじゃいけないんですか?」

 どんな理屈でそうなるのか、疑問が湧いた。


 宍粟(しそう)の問いに、海上(うみがみ)夫人は首を横に振った。

 「お土産や何かを、普通にお裾分けしていただいても、効き目がないんです。幸せのかけらは、こっそり持って帰らなくちゃ、消えてしまうんです」

 全く理屈が理解できず、呆然とする聴衆を置いてけぼりにして、女将は歌うように語った。


 「今までずっとそうでした。他所のお庭から、こっそり切って来たお花を玄関に生けた日には、お店が大入りになりましたし、おしめを持って帰ったら、翌年には跡継ぎの長男を授かりましたし……」

 「今までずっとって、いつからですか? そもそも、何故、そんなことをしようと思ったんですか?」

 長男が産まれる前と言えば、もう十六、七年も前になる。よく今まで手が後ろへ回らなかったものだ、と宍粟(しそう)探偵は呆れた。


 「道に落ちていた(かんざし)を拾って挿した日に、亭主との縁談がまとまったんです」

 海上(うみがみ)夫人は、臆面(おくめん)もなく言ってのけた。


 まんじゅうを食べ尽くした双魚(そうぎょ)が、退屈そうにしている。

 宍粟(しそう)探偵は、今の話を訳して聞かせた。

 双魚は、「成程(なるほど)、それでか」と頷き、渋い茶をすすった。

 「この女の両腕には、鳥の目の形をした雑妖がびっしり貼りついてる。蛙の卵よりびっしりだ。盗人の手には大抵、あれが憑いてるんだ。あれがさせるのか、盗人の気を好んで憑くのかまでは、知らんがな」


 宍粟(しそう)探偵は、思わず想像して、肌が粟立った。湯呑に添えられた夫人の手は、白魚(しらうお)のようにほっそりしている。

 知らず、顔に出ていたのか、ご隠居も双魚と宍粟(しそう)探偵に(なら)い、海上夫人の手元を見た。

 「何があるのだ?」


 迷ったものの、宍粟(しそう)探偵は双魚の視たモノを語った。

 「鳥目(ちょうもく)か……」

 ご隠居の眉間の皺が深くなる。


 当の海上(うみがみ)夫人は両掌(りょうてのひら)を広げ、しげしげ眺め、吐き捨てた。

 「何もないじゃありませんか。馬鹿馬鹿しい」

 今、現に自らの罪を告白しながら、これは否定する。一体どういう心理なのか。


 「そんなものが視えるなら、私だって、あんな料理人、家へ上げなかったのに」

 「洋食を作らせていた、と言う人ですか?」

 海上夫人が、こくりと頷く。


 「帯留(おびどめ)(かんざし)も箸置きも玩具(おもちゃ)も、幸せのかけらは、みんな、盗られて、家宝の絵皿やお金まで盗られた上に、板長には、私のせいだって、(なじ)られて……私は、何もかも盗まれた被害者なのに、盗人の手引をしたのなんのって、あることないこと……板長のせいで、警察に引っ張られて、危うく罪人に仕立て上げられるとこだったんですよ。長男は亡くなったし、次男も今、病気で寝付いて、娘も寝込んで……これでも、香炉の呪いじゃないって言うんですかッ?」

  口を差し挟む暇もなく、一気に(まく)し立てられた。


 「先程も申し上げましたが、香炉には呪いなんて掛かっていません。息子さんの病気は偶然で、亡くなったのは、お医者に掛からなかったからです」

 「長男の但馬(たじま)君は、本当に亡くなったのか? お弔いはどうした?」


 海上(うみがみ)夫人は、ご隠居の問いに目を伏せた。

 「……だって、あんまりにも、あの子が可哀想です。まだ十五なのに……呪いのせいなんですから、解けばきっと生き返ります。お葬式なんて、とんでもない」


 宍粟(しそう)探偵が訳すと、双魚は首を振った。

 「死者を甦らせる魔法なんてない。あるのは、死体を操る術だけだ」

 そもそも、呪いなど掛かっていない。


 双魚の言葉を訳すと、ご隠居は頷き、海上(うみがみ)夫人は火を噴くような目で睨みつけた。

 「香炉のせいだと思うなら、何故、寺へ預けなんだのだ」

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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