表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彷徨う香炉  作者: 髙津 央


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/61

44.変容

 女将が膝の上で拳を握る。

 「去年、嫁の客として来た時に持ち出して、何故、今頃になって、返しに来たのだ?」

 「いえ、決して、そんな……」

 女将は尚も認めない。

 香炉から目を逸らしたのか、ご隠居の厳しい面から逃れたのか、顔を畳へ向けた。


 ご隠居は茶を一口すすり、宍粟(しそう)探偵に頷いて見せた。

 「では、この香炉がどのような品か、お聞き下さい」

 女将は宍粟(しそう)探偵に目を向け、(かす)かに顎を引いた。

 宍粟探偵はご隠居に目礼し、由来を語った。

 「この香炉は元々……」


 この香炉は元々、この国のさる武家の一人娘の持ち物だった。

 ご令嬢は、開国の五十年程前にこれを作らせた。


 婿を取ってお(いえ)を継いだものの、開国後、家運が傾いた。

 ご令嬢が天寿を(まっと)うした後、いよいよ家計が行き詰まり、家督を継いだ息子が、骨董屋氷ノ山(ひょうのせん)を呼び、他の品と共に買取らせた。


 氷ノ山が店へ並べてすぐに、養父氏が一目惚れして、これを買った。

 ご隠居は、この新しい世に骨董趣味に(うつつ)を抜かす息子を()らしめようと、夜中に香炉を動かし、(あたか)も、付喪神(つくもがみ)が憑いているかのように装った。


 「何ですって? でも、ウチでは確かに……」

 「双魚さんから、説明されましたよね」

 思わず声を発した女将に、宍粟(しそう)探偵は静かに説明を続ける。


 香炉の中には、生身の体も、定まった形も持たぬ小さな妖魔が入り込んでいる。

 雑妖が憑いたのは、香炉が人間の(よこしま)な思念に(まみ)れ、(けが)れていたからだろう、と異国の魔法使いは言った。


 雑妖は、自然の気が(よど)(こご)ったモノや、人間の心の闇、(ちまた)の物理的な汚れなど、様々なものから発生する。

 どこにでも涌くが、小さく弱い。お清めの塩や陽の光、簡単な清掃などで、あっさり祓われる。

 並の人の目には視えず、触れることもできず、物を動かすような力もない。人を取り殺すような大きな力はなく、せいぜい、小さな不運を呼び寄せるだけだ。


 雑妖は、邪念を喰らって、力を付ける。

 力を得た雑妖は形を成し、もっと酷い悪さを始める。


 どの時点で憑いたか不明だが、海上家(うみがみけ)で力を付けた雑妖が、香炉を動かし、夜な夜な歩いたのだ。


 海上(うみがみ)夫人は、蒼白な顔で香炉を見詰めている。

 宍粟(しそう)探偵がここまでの話を訳すと、今度は双魚が、骨董屋妙見に海上夫人が来た時の騒動を語った。大陸から来た魔法使いが話す要所要所で、宍粟は二人に訳して聞かせる。


 最初の来店時、香炉に憑いた雑妖はまだ、小さく弱い存在だった。せいぜい、夜中に香炉を少し動かしたり、お茶を(こぼ)す程度のささやかな悪さしかできない。


 人を病気にしたり、ましてや、取り殺すなど、大それたことはできない。

 海上夫人は、我が子の病を、香炉の呪いだと決めつけていたが、単なるこじつけだ。


 器物に呪いなどの術を掛けると、雑妖は締め出され、取り憑くことができなくなる。

 小さく弱い雑妖が入っていると言うことは、気持ちのいいことではないが、反面、呪いが掛かっていないことの証となる。


 盗みの露見を恐れたのか、海上(うみがみ)夫人は、子供を養父(やぶ)医師に診せなかった。今更、言っても(せん)なきことだが、治療を受けていれば、助かったやも知れぬ。


 「違う……違うんです……そんなつもりじゃ……」

 六花(むつのはな)の女将・海上(うみがみ)夫人は香炉から視線を外さず、口の中で呟いた。ご隠居が聞き(とが)める。

 「では、どう言うつもりだったのだ」


 海上夫人は、血の気を失った唇を戦慄(わなな)かせた。ご隠居が重ねて問う。夫人は能面のようになった顔を上げ、(ほとん)ど口を動かさずに答えた。

 「そんなつもりじゃなかったんです。ただ……幸せが欲しかったんです」


 「盗品で幸せにはなれないでしょう」

 宍粟(しそう)探偵は思わず言った。

 現に、盗みの発覚を恐れたせいで、医師に診せられず、長男を失っている。


 「違うんです。盗むとかじゃないんです。ただ、こちらの奥様が、あんまりに幸せそうで……(あやか)りたかっただけなんです」

 「あやかる?」

 ご隠居と宍粟(しそう)探偵の声が重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ