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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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43/61

43.珍客

 生垣の上に出た顔は、料亭六花(りょうていむつのはな)の女将・海上(うみがみ)夫人だった。

 「おや、女将さんじゃありませんか。どうされました? 何か、落とされましたか?」

 「あら、宍粟(しそう)さん、こんな所で……」

 女将も、意外な顔触(かおぶ)れに驚く。


 双魚(そうぎょ)が東方語で、宍粟(しそう)探偵に告げた。

 「あの女だ。香炉の呪いを解けって騒いで、俺をケチ呼ばわりした奴だ」

 宍粟(しそう)探偵は東方語で小さく、わかった、と返した。


 「ご隠居さんも、お久し振りでございます。とんだ噂が立ってしまって、先生方にもご迷惑を……」

 「いや、根も葉もない噂だ。それより、今日は如何(いかが)なされた。どこぞ具合でも悪いのか?」

 「いえ、野暮用で通りかかりまして。ここに、こんな物が落ちているのを見つけて……」

 海上(うみがみ)夫人は、手に持っていた何かを生垣に差し出した。


 香炉だ。


 「おや、そんな所にありましたか。失うたかと思うておりましたゎ。そんな所まで転がっておりましたか。有難い。お急ぎでなければ、お茶のひとつも、如何かな?」

 ご隠居がとぼけて、礼を申し出る。


 そこへ、六花(むつのはな)の見習いが駆けてきた。

 女将の姿を見つけ、驚いて足を止めたが、息が切れて話にならない。

 「どうしたの? また、何かあったの?」

 見習いは息を整えながら、女将に首を横へ振って見せた。宍粟(しそう)探偵に顔を向ける。


 以前、板場からゴミを出していた青年だ。荒い息を吐きながらも、用件を告げる。

 「シソウさん……ですよね? 板長が、すぐ、来て、欲しいって、言って……事務所行ったら、留守番の人に、ここって……」

 「板長さんが?」

 「シソウさん、例のアレでわかるからって」

 「その件について、今、非常に重要なことがわかったので、後程(のちほど)、お伺いします、とお伝えください」


 帰りかける見習いに、宍粟(しそう)探偵は更に言った。

 「……あぁ、それから、例のアレの現在の所在もわかっているので、ご安心下さい、とも言っていただけますか」

 見習いの青年は短く返事をし、女将を一瞥すると、来た時と同じ勢いで駆けて行った。


 「宍粟さん、ウチの板長が何か……?」

 「あぁ、板長さんから、頼まれ事がありまして、女将さんもご存じの、お店の絵皿の件など色々と……」

 「盗まれた品を、取り返して下さるんですか?」

 女将が(すが)るような眼差しを向ける。


 宍粟(しそう)探偵は柔和な笑みを浮かべ、女将を招いた。

 「ご隠居さんもお招き下さってますし、立ち話もアレですから、こちらへどうぞ」

 女将は迷っていたが、結局、正面へ回り、客間へ上がった。


 女中が追加の茶を淹れ、客間から下がるのを待って、ご隠居が口を開いた。

 「海上(うみがみ)さん、その香炉がどのような品か、ご存じか?」

 「いえ、何も……今し方、そこで拾ったばかりで……」

 二人は、座卓の中央に置かれた香炉を挟み、相対している。


 「宍粟(しそう)さんとは、お知り合いでしたな?」

 「はい。以前によく、会社のご用でお店にお越しいただいておりました」

 「その節はどうも……」

 宍粟(しそう)探偵が、型通りの言葉を口にすると、女将は仕事用の微笑を返した。


 床の間を背にご隠居、座卓の右手側に宍粟、左手側に双魚、ご隠居の正面に女将が座っている。

 ご隠居は、掌で双魚を示し、問うた。

 「では、この御仁(ごじん)は、如何(いかが)かな?」

 「いえ、存じません」

 女将は即答した。


 「言葉がわからぬだけで、異国の方にも、人の顔の見分けはつく。海上(うみがみ)さん、何故、そのような嘘を()く? お前さんは骨董屋の妙見(みょうけん)で、随分、騒いだそうではないか。何なら、妙見の店主もここへ呼び、面通しさせるが?」

 六花(むつのはな)の女将は、ご隠居の言葉で改めて双魚の顔を見、あっと息を飲んだ。


 嘘を()いていた訳ではないようだ。

 単純に忘れていたか、香炉のことで頭がいっぱいで、そもそも、顔をよく見ていなかったのかもしれない。


 宍粟(しそう)探偵がやりとりを掻い摘んで訳すと、双魚は呆れた。

 「おいおい、あんだけ大騒ぎして、俺に湯呑まで投げつけといて、忘れたってのか?」

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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