41.伝令
宍粟探偵はその足で、雲教区の骨董屋妙見へ向かった。
日之本帝国の古陶は、外国人にも愛好家が居る。双魚ならば、居留地とも付き合いがあるだろう。
丁度、主人と一緒に双魚が店表へ出ていた。
手桶を床に置き、二人で話している。
まず、日之本語で主人の朝来氏に声を掛け、東方語で双魚にも挨拶する。
「例のお医者の件、いよいよ、お呼びが掛かるのかい?」
「いや、それとはちょっと別口で……」
六花の絵皿が盗まれた件を掻い摘んで説明する。
「妙見さんは、舶来品に切り替えてらっしゃいますが、組合の籍は、まだ置いてらっしゃいますよね?」
「えぇ、まぁ、毎月、会合には顔を出してますよ」
「多分、警察からも連絡があるかと思いますが、うっかり贓物を掴まされることがないよう、皆様に宜しくお伝え下さい。それから……」
双魚に向き直り、東方語で説明する。
「居留地の方とも、お付き合いがありますよね? 先ほど申し上げた絵皿を見かけても、買わないようにお伝えいただけましたら、助かります」
「うん、まぁ、会ったら一応、伝えはするが、最近、あんまりあっちにゃ行かねぇからなぁ」
「この国では、それと知りつつ、盗品を買ったりもらったりした人も、処罰されるんですよ」
「……それ、居留地の連中にゃ、教えねぇ方がいいんじゃねぇか? 盗品と知った後で手に入れたら、お縄になるんだろ?」
双魚が首を捻った。
「そのまま売られて、外国に持ち出されたら、六花の人たちが気の毒ですよ」
「う~ん……それもそうだなぁ。何か用ができたら、ついでに言っとくゎ」
「ありがとうございます」
あまり期待できそうにもないが、他に打てる手がない。
宍粟探偵の直接の知り合いは、数年前に帰国していた。
昼餉時が終わった頃に、千代草区の養父医院を訪う。
正午から午後二時までは、医院を閉めている。
居間へ通され、食後のお茶を飲む医師の兄弟とご隠居に、このところの状況を報告する。
「何と! あの女狐め、とうとう手が後ろに回ったか!」
「まだ、罪人と決まった訳ではありませんよ」
ご隠居が膝を打つのを、次男の健二医師が窘めた。
「それで、如何致しましょう?」
宍粟探偵の問いに、三人は考え込んだ。
「もしや、泥棒に入られたのも、香炉のせいなのでは……」
「双魚さんは、あれにはそんな力はないと仰ってましたよ」
健二医師が辺りを憚るように言う。宍粟探偵は即座に、その不安を打ち消した。
ご隠居が身を乗り出し、宍粟探偵に問う。
「そうだ。その双魚さんとやら、女将との面通しは当面、できぬだろうが、一度、その話を詳しく聞いてみたい。ひとつ、話を通してくれぬだろうか?」
「双魚さんのご都合が合いましたら、連絡と通訳はお引き受けしますよ」
専門家として店を手伝っている者を借りるのだから、と幾許か包むことが決まり、宍粟探偵は妙見へ取って返した。
店主の朝来氏と双魚に、それぞれ伝言する。
明日から、ゲオドルムへ買付けに行くので、帰国後、今月半ばに養父邸を訪れることで話がまとまった。
養父氏の方は、ご隠居が応対する為、日取りは自由だ。
妙見の意向を伝えに、養父邸へ戻る。
ついでに、氷ノ山へも贓物の件で声を掛ける。
一日、伝令役として駆けずり回り、事務所へ戻る頃には、すっかり日が暮れた。
「魔法が使えれば、簡単に連絡がつくんでしょうにねぇ」
宍粟探偵が書生にぼやくと、有年にしては珍しく、笑った。
贓物=犯罪で手に入れた品物。盗品など。




