04.妻女
噂をすれば何とやら。妻女の丹季枝が、お茶を持ってきた。
「養父の家内にございます。この度の件、お恥ずかしい話ですが、何卒、よろしくお願い致します」
「探偵の宍粟と申します。こちらこそ、よろしくお願いします。丁度、奥様に二三、お尋ねしたいことがあったのです」
妻女は一瞬、身を固くしたが、すぐに顔を上げ、頷いた。
養父氏より少し若い。四十前後の落ち着いた女性だ。
春の日差しを思わせる人物で、養父医師が惚気るのも成程と頷けた。
目を見張る美女と言うのではないが、日溜りの中、微風に揺れる菫の花のような美しさがあった。
宍粟探偵は、妻女に向き直り、問うた。
「三日前、このお部屋から香炉が行方知れずになった、とお伺いしました。当日、お客様がお見えだったそうですが、どう言った方々か、お聞かせ願えますか?」
妻女は居住まいを正し、口を開いた。
「洋裁教室の同輩にございます。手前ども同様、母娘で通う方々で……お名前も、申し上げた方が宜しゅうございますか?」
「お願いします」
宍粟探偵の柔らかな物言いに安心したのか、妻女の口は滑らかに動いた。
薬種商・出石の奥様と次女の桜さん。
貿易商・日高の奥様と三女の梅代さん。
料亭六花の奥様と長女の深雪ちゃん。
村岡酒店の奥様と一人娘の桃乃さん。
「……お客人が八名と、奥様とお嬢様で、合わせて十人でしたか」
手帳に記した名を読み上げ、確認する。
「十一人居りました。六花の深雪ちゃんと、ウチの小春が仲良しで、お稽古は姉のお夏なんですが、深雪ちゃんがいらっしゃると、小春が遊びたがるものですから、入れておりました」
「小春お嬢さんと、深雪お嬢さんは、まだお小さいので?」
「えぇ、数えで七つです」
客人を通した時、香炉は確かに床の間で大人しくしていた。
それは茶を運んできた女中も見ている。
客人を帰し、片付けに入った時には、影も形もなかった。
玩具と一緒に片付けてしまったのか、と小春の手箱を探したが、なかった。
茶と一緒に下げたかと、台所を探しても見当たらない。その後、掃除のついでに家中を探したが、香炉の姿はどこにもなかった。
「天井や床下までは見ておりませんが、あれがそんな所へ行くなら、とっくに行っているかと存じますし……」
「成程。お子様方もおいででしたし、誤ってお道具に混ぜてしまったことも、考えられますね」
宍粟探偵の言葉に養父氏が頷いた。
「香炉が自分の足で歩いて行ったと言うより、説得力は、ありますな」
「実際、以前にもおうちで、おままごとをしておりました折に、お互いの玩具が混ざってしまって、後でお返ししたことがございます。お互い様で、あちら様からも、小春の玩具をお返しいただきましたし……」
どうやら妻女は、この線で客人に問合せたいらしい。
だが、養父氏は、泥棒扱いするようでいけない、と止めているようだ。
妻女は、宍粟探偵に救いを求める眼差しを向けた。
「おままごとの玩具なら、形も似通っており、お子様が誤って持ち帰ることもあるやも知れません。ですが、奥様、香炉と似た裁縫道具というのは……いえ、自分は裁縫を致しませんので、詳しくは存じませんが、その、大陸式の裁縫道具には、香炉と似た形の物があるのでしょうか?」
「いえ、ございません」
即答した後、妻女はきつく目を閉じた。
教室の同輩に泥棒がいるのか、香炉が自ら歩く怪異であるのか。いずれも、信じたくはないことだ。
十畳の部屋に十一人。
中央に応接用の座卓があり、道具を広げれば、かなり手狭になろう。
広げた布地や作品の陰にし、道具に紛れ込ませれば、故意に持ち去るのは、そう難しくなさそうだ。