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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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39/61

39.再開

 「ん? まぁ、ちょっとした伝手(つて)がありましてね。私もちょっと考えてみようかと……仕事ではありませんから、まぁ、お遊びみたいなもんです」

 今聞いたことを記事にしたり、シロアリ盗賊団担当の葺合(ふきあい)記者に話したりしないよう、厳重に言い置き、宍粟(しそう)探偵は話を続けた。


 奉公人として入り込んだ者が女中の場合は、数カ月かけて盗む物の目星を付ける。

 頃合いを見て仲間を手引きし、夜間に招じ入れ、少しずつ盗み出させる。(ほとぼり)が冷めた頃、(もっと)もらしい理由を付けて辞めるらしい。

 後でそれと気づくが、女中の行方は掴めなくなっている。


 下男の場合は、蔵の中身など、普段気に掛けない品から順に、鼠が引いて行くように持ち出す。潮時を見て、引き揚げる時には、金庫の現金などをごっそり持ち逃げする。


 人相書きは二十数枚にもなるが、同一人物や兄弟姉妹らしき図は一枚もない。数十人から成る大盗賊団なのか、手引き役をその都度、調達しているのか。


 「それで、何で女中が、仲間とわかるんですか?」

 「女中も辞める時に、金庫破りをするからですよ」

 宍粟(しそう)探偵は、(なだ)記者の疑問にあっさり答えた。


 金庫の扉に傷はなく、元通りに施錠してある為、逃げた当日に気付くこともあるが、数日、気付かないこともある。

 いずれにせよ、その頃には「実家」も、もぬけの殻。後の祭りである。


 「シロアリ盗賊団……と一括(ひとくく)りにされていますが、案外、手口を真似た個別の事件かもしれませんよ」

 「う~ん……そうなんでしょうか?」

 灘記者は、自社の手柄だと思っていた考えを否定され、首を(ひね)った。


 松の内が明け、正月気分が抜けた頃、宍粟(しそう)探偵は再び、警察行脚(あんぎゃ)をした。


 千代草第三警察署で、係官に訊かれた。

 「何で、病院へ香炉なんて持って行ったんだ」

 「いえ、行き先は病院じゃないんです。親の形見のような香炉なんですが、ちょっと事情があって、お寺さんへ預けに行く途中で、病院へ寄ったんです。風邪引いてましたもんで……」

 宍粟(しそう)探偵は(あらかじ)め考えてあった作り話をした。


 「それで、置き忘れたのか」

 「いよいよお別れだと思うと名残惜しくて、順番待ちの間、袋から出して見てたんです」

 「それで、何で置き忘れんるんだ」

 係官が呆れて言った。


 「熱でぼんやりしておりましたし、思いの他、早く呼ばれて、思わず、長椅子へ置いたんだと思いますが、何分(なにぶん)、そこら辺りをよく覚えておりませんので……」

 「そんなら、診療が終わって戻れば、すぐわかるだろう」

 「その時には、長椅子になくてですね、自分でも袋に戻したと思って、そのままお寺さんへ行ったら、ないんですよ」

 「ははぁ、さては、置引だな」


 ここでも、千代草第一警察署と同じ事を言われた。

 宍粟(しそう)探偵は、何も言い返さずに(うつむ)く。年配の係官は気の毒に思ったのか、優しく声を掛けた。

 「じゃあ、こっちでも気にして見とくから、また来なさい」


 流感が落ち着き、書生の有年(うね)を呼び戻したのは、印暦二一一六年の二月も半ばを過ぎてからだった。

 ひっそりした街で、医院の周辺だけは人が多いが、新聞に載る保健所の週間発表によると、患者数は逓減(ていげん)している。


 養父(やぶ)医院も、一段落していた。

 流感の診療もそうだが、噂の方も、流感騒ぎで吹っ飛んでいた。


 中には「私事はどうあれ、腕は確かなんだから、悪く言うもんじゃない」と妙な(かば)い方をする者も出る。現金なものだ。


 宍粟(しそう)探偵は、養父(やぶ)氏からの連絡を待った。

 香炉が売りに出されていないか、念の為、他の仕事の合間に古道具屋などを回り、探してもいる。

 疑わしいと目される六花(むつのはな)の女将・海上(うみがみ)夫人の身辺にも、目を光らせている。


 月が変わった弥生(やよい)三月。

 風が(ようよ)う、(ぬる)みゆく頃、事件は起こった。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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