39.再開
「ん? まぁ、ちょっとした伝手がありましてね。私もちょっと考えてみようかと……仕事ではありませんから、まぁ、お遊びみたいなもんです」
今聞いたことを記事にしたり、シロアリ盗賊団担当の葺合記者に話したりしないよう、厳重に言い置き、宍粟探偵は話を続けた。
奉公人として入り込んだ者が女中の場合は、数カ月かけて盗む物の目星を付ける。
頃合いを見て仲間を手引きし、夜間に招じ入れ、少しずつ盗み出させる。熱が冷めた頃、尤もらしい理由を付けて辞めるらしい。
後でそれと気づくが、女中の行方は掴めなくなっている。
下男の場合は、蔵の中身など、普段気に掛けない品から順に、鼠が引いて行くように持ち出す。潮時を見て、引き揚げる時には、金庫の現金などをごっそり持ち逃げする。
人相書きは二十数枚にもなるが、同一人物や兄弟姉妹らしき図は一枚もない。数十人から成る大盗賊団なのか、手引き役をその都度、調達しているのか。
「それで、何で女中が、仲間とわかるんですか?」
「女中も辞める時に、金庫破りをするからですよ」
宍粟探偵は、灘記者の疑問にあっさり答えた。
金庫の扉に傷はなく、元通りに施錠してある為、逃げた当日に気付くこともあるが、数日、気付かないこともある。
いずれにせよ、その頃には「実家」も、もぬけの殻。後の祭りである。
「シロアリ盗賊団……と一括りにされていますが、案外、手口を真似た個別の事件かもしれませんよ」
「う~ん……そうなんでしょうか?」
灘記者は、自社の手柄だと思っていた考えを否定され、首を捻った。
松の内が明け、正月気分が抜けた頃、宍粟探偵は再び、警察行脚をした。
千代草第三警察署で、係官に訊かれた。
「何で、病院へ香炉なんて持って行ったんだ」
「いえ、行き先は病院じゃないんです。親の形見のような香炉なんですが、ちょっと事情があって、お寺さんへ預けに行く途中で、病院へ寄ったんです。風邪引いてましたもんで……」
宍粟探偵は予め考えてあった作り話をした。
「それで、置き忘れたのか」
「いよいよお別れだと思うと名残惜しくて、順番待ちの間、袋から出して見てたんです」
「それで、何で置き忘れんるんだ」
係官が呆れて言った。
「熱でぼんやりしておりましたし、思いの他、早く呼ばれて、思わず、長椅子へ置いたんだと思いますが、何分、そこら辺りをよく覚えておりませんので……」
「そんなら、診療が終わって戻れば、すぐわかるだろう」
「その時には、長椅子になくてですね、自分でも袋に戻したと思って、そのままお寺さんへ行ったら、ないんですよ」
「ははぁ、さては、置引だな」
ここでも、千代草第一警察署と同じ事を言われた。
宍粟探偵は、何も言い返さずに俯く。年配の係官は気の毒に思ったのか、優しく声を掛けた。
「じゃあ、こっちでも気にして見とくから、また来なさい」
流感が落ち着き、書生の有年を呼び戻したのは、印暦二一一六年の二月も半ばを過ぎてからだった。
ひっそりした街で、医院の周辺だけは人が多いが、新聞に載る保健所の週間発表によると、患者数は逓減している。
養父医院も、一段落していた。
流感の診療もそうだが、噂の方も、流感騒ぎで吹っ飛んでいた。
中には「私事はどうあれ、腕は確かなんだから、悪く言うもんじゃない」と妙な庇い方をする者も出る。現金なものだ。
宍粟探偵は、養父氏からの連絡を待った。
香炉が売りに出されていないか、念の為、他の仕事の合間に古道具屋などを回り、探してもいる。
疑わしいと目される六花の女将・海上夫人の身辺にも、目を光らせている。
月が変わった弥生三月。
風が漸う、温みゆく頃、事件は起こった。




