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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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36/61

36.収集

 卸売市場の昼食時が過ぎるのを待ち、改めて別の飯屋へ入った。

 ここは八百屋系で、野菜と屑肉を煮込んだ物が、丼飯(どんぶりめし)の上に盛られている。


 宍粟(しそう)探偵は、昨日の新聞を側へ置き、丼をゆっくりと口に運ぶ。

 醤油の濃い味付けが食欲をそそり、二杯目になる丼飯も残さずいけそうだ。


 お茶を足しに来たおかみさんに、隣の卓の男が冗談口を叩く。

 「あんたんとこにゃ、六花(むつのはな)みたいな旦那は居ねぇのか?」

 「はははっ。私とあんな美人を一緒にしちゃ、女将さんが気の毒だよ」

 おかみさんが愛嬌のある笑顔で(かわ)し、奥へ引っ込む。


 宍粟(しそう)探偵は、隣の男に声を掛けた。

 「それって、この件ですよね?」

 記事を指差す手元を見て、男はニヤリと口を歪めた。

 「何だ、新聞にまで出たのか。大事(おおごと)になったもんだ」

 「跡継ぎが居ないってんならともかく、姦通罪(かんつうざい)なんてものができたこの物騒なご時世に、ちゃんとお子さんのある大先生がねぇ」

 男の連れが、首を横に振った。


 「お兄さん方は、新聞に出る前から、ご存じだったんですか?」

 宍粟(しそう)探偵の問いに男は胸を反らした。

 「そらぁもう、ご存じも何も、ここらじゃ知らない奴を探す方が難しいさね。わざわざ一人で買付けに来た女将が、自分でポロッとバラしてったんだ」

 「みんな、マズいと思って黙ってたんだがね、やっぱり、人の口に戸は建てられねェもんだから、とうとう、記者の耳にまで入っちまったんだろ」

 連れの男は、恐ろしいモノでも居るかのように声を潜め、縮こまった。


 宍粟(しそう)探偵も、男に合わせて恐々、尋ねた。

 「何だって、そんなこと、口滑らせてしまったんでしょうね?」

 「秘密に堪えられなくなったんじゃねぇか?」


 「あんた、ここらじゃ見ねぇ顔だが、どっから来なすったね?」

 「人から頼まれて、探し物をしてまして……」

 「へぇ、何探してんだい? (あわび)上物(じょうもの)かい?」

 「香炉です。持ち出された後、売り飛ばされた線を追って、あちこち古道具屋を回ってるんですが、なかなか……」

 特に隠す用事でもないので、正直に話す。


 「香炉かぁ……知らねぇなぁ」

 「俺ら、ナマモノしか扱ってねぇからな。力になってやれんで、すまんね」

 人の良さそうな二人は、宍粟(しそう)探偵を気の毒がって見せた。


 宍粟(しそう)探偵は、礼を述べ、耳寄りな情報をと前置きして語った。

 「いえいえ、私の方こそ、思いがけず面白いお話が聞けました。私が他所で聞いた話では、六花(むつのはな)に援助している旦那さんとやらは、不義の子が産まれる前後数年、大陸へ渡っていて、一度も日之本帝国へ戻ってなかったそうなんですよ」

 「そいつはホントのことかい?」

 「確かな証拠でもあんのかい?」

 二人が、初対面の宍粟(しそう)探偵の話に、興味津々で食いつく。


 「開国十年事業の官費留学だから、官報に名前と行き先と期間が出てるそうですよ」

 宍粟(しそう)探偵の説明に、二人は首を傾げた。

 「それじゃ、確かに日数が合わねぇな」

 「誰の子を先生の子だってんだろうな」

 事情通の男が、連れに答えた。


 「普通に考えたら、大将がピンピンしてた頃なんだから、大将の子だろう」

 「他にも旦那が居るんじゃなければ、そうですよね?」

 宍粟(しそう)探偵もそれを追認する。

 「女って奴ぁ、コワイもんだねぇ……」

 二人は同時に首を振り、肩をすくめた。


 場所を変え、談笑している人の輪に混じる。

 香炉を探していることを切り口に、先程耳にしたのだが……と、六花(むつのはな)の噂に話を持って行く。

 一仕事終えた労務者たちは、皆、知っていた。


 自分が耳にした話を、旦那が羨ましいだの何だのと、軽口混じりに語る。

 この集まりが知っている噂は、帝大教授と料亭の女給系と、養父医師とカフェーの女給系だった。

 七人中、五人は帝大教授と料亭の女給、二人が養父医師とカフェーの女給として噂を聞いていた。


 宍粟(しそう)探偵は新聞を見せ、官費留学の件を語った。

 「何でぇ。そしたら、新聞も全部デタラメじゃねぇか」

 「話が食い違うから、おかしいと思ってたんだよなぁ」

 「大方、名前の似た誰かが、間違って伝わったんだろ」

 「ヤブ先生……じゃあ、あれか? ヤギ先生か何かか」

 「そんなこったろうなぁ。カフェーと料亭じゃ、どっちだと思う?」

 「俺ぁ、カフェーだと思うな。スカートやら履いて、はっちゃけた女ばっかじゃねぇか」

 「その辺は、まぁ、わかりませんねぇ」

 宍粟(しそう)探偵は適当に(にご)し、しばらく世間話に付き合った後、離れた。

 同様に休憩を取る一団や、店先の縁台で将棋を指す者たち、その見物人らに混じり、噂を拾って回る。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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