31.枝葉
「そんな、紹介って言う程の者じゃありませんよ。ウチの女中なんです」
村岡の奥さんは、苦笑した。
「お隣のお姑さんと噂しあってましてね。まぁ、二人も他所で聞きかじって来たみたいで、今お話した以上は、知らないと思いますよ」
宍粟探偵は、それでも念の為、その話をどこで耳にしたのか教えてもらいたい、と食い下がり、女中からも話を聞いた。
女中は、市場へ買物に行った際、八百屋と魚屋、荒物屋で耳にしたと言う。また、隣のお姑さんは、雲教区の下町にある古道具屋で聞いたらしい、と語った。
今朝、宍粟探偵も訪れたあの店だ。
女中は、昨日、一昨日、客同士や客と店主が話すのを、聞いただけだと言う。
宍粟探偵は礼を言い、次の店へ移った。
引き続き、千代草通商店街で、客の入りが多い所へ入り、品定めのフリをして噂を拾って歩く。
芝居、役者の色恋沙汰、近所で生まれた猫の柄、外国から入った新しい食べ物、子供らの学校の話、シロアリ盗賊団の話……
養父医師と六花の女将を、名指しで語る話は、ふたつ。
どこの誰を指すものか、全く不明な話も出回っている。
「どっかの偉いセンセイが、カフェーの女給をお妾にしたんだとさ」
「時代が変わったなんて言っても、やるこたぁ変わんないんだねぇ」
料亭がカフェー、女将が女給、医師が教授、次男が単に息子など、話の枝葉は語り手によって、少しずつ変わっている。
拾った情報をまとめると、幹の部分が見えてきた。
養父医師と六花の女将は、海上氏の生前から不義を重ねていた。
海上家の次男、八鹿君は、養父医師の子である。その為、六花の亭主亡き後、資金の援助をしていた……と言うものだ。村岡夫人の話とほぼ、同じ。
薬種商出石では、客同士が、六花の女将の日頃の行いを責めていた。
出石のお嬢ちゃんと六花のお嬢ちゃん、もう後、何人かで遊んだ帰り、おままごとの道具が混ざってしまったことがあった。
出石他数名は、間違いに気付いてすぐ、本来の持ち主に返し、お互いさまで済ませたが、六花の女将は、誤って持ち帰った子を盗人呼ばわりして責めた。
それまでにも何度か、おままごとの道具や髪飾りなどの細々した物は、失くすることがあった。
裕福な大人にとって、大したものではないので、どこかで置き忘れたか、落としたのだろうと、特段、探すこともなかった。
普段使いの髪飾りは、然して高価なものでもなく、親が挿すから着けるだけで、本人は気に入りの品と言うのでもなかった。
子供らは、しばらく探していたが、小さくてたくさんある内のひとつで、すぐに興味を失い、探さなくなった。一等大切なお人形があれば、おままごとは、木の葉や花で幾らでも替えがきく。
わざとではなく、よく似た物が混ざっただけだ。その程度のことで、稚い子供を盗人呼ばわりするなんて……と、その時も、親達は眉を顰めた。
今、再び、同じことで眉を顰められている。
「あんな小さい子を盗人呼ばわりしといて、自分は泥棒猫だよ」
「自己紹介だったんだねぇ。自分が他人の亭主を寝取るから、他人も、他所様のものに手を付けると思うんだろうねぇ」
外の寒さと、店内の暖かさに頬を熱くしながら、宍粟探偵は噂を拾って歩いた。
日が傾き、風が更に冷える。
師走の街が、淡く染まった。




