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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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30/61

30.噂話

 「相変わらず、どこの誰だか言わなかったし、他人ちの物、投げ壊しときながら、()びの一言もなし」

 「それは、とんだ災難で……我が国の同胞が、ご迷惑をお掛けしまして……」

 「いや、いいよ。あんたは何も悪くない。ここに限らず、どこにでも、あの手合いは居るもんだ」

 箸を置き、頭を下げた宍粟(しそう)探偵に、双魚(そうぎょ)は顔を上げさせた。


 「こっちこそ、長々と愚痴聞かせちまって、悪かったな。すまない」

 「いえ、こちらこそ、参考になりました。香炉の手掛かりが掴めましたから、調査が進みそうです。ありがとうございます」


 亡き夫から店を引継いだ女主人。女中や見習いが居る。

 業種は不明だが、それなりの店だ。

 子が何人かあり、跡取り息子を(やまい)で亡くした。次男も病で、今、危険な状態。

 カナリヤが死んだことと、壺や着物がダメになったことは、近所でも愚痴を(こぼ)しているだろう。


 宍粟(しそう)探偵は、双魚に香炉の見立てについて、養父(やぶ)医師に説明してくれるよう、頼んだ。

 双魚は快く引き受け、説明の日取りは、後日、改めて相談することにし、別れた。


 薔薇園亭(ばらえんてい)女主人(マダム)に、カナリヤと家宝の壺を失った話を聞きに行く。


 道々、他の商店でも噂を拾う。

 村岡酒店で葡萄酒(ワイン)を一本買い、先日の品が先方に大層喜ばれた礼を言う。そのついでに世間話として、カナリヤと家宝の壺の話を振ってみた。


 たまたま、店に出ていた奥さんが話に乗って来た。

 「あぁ、それ、海上(うみがみ)さんとこですよ。今日、洋裁教室でご一緒した時に、深雪(みゆき)ちゃん……娘さんが塞いでましたよ。可愛がってたカナリヤが死んじゃったってね」

 「あぁ、それはお気の毒に。ここしばらくの寒さにやられたんでしょうか」


 村岡の奥さんは、いかにも気の毒そうな声音で話を続けた。

 「さぁねぇ。可哀想に。……奥さんは奥さんで、女中が家宝の壺を割ってしまって、どうしたもんでしょうって、悩んでらして……悪いことって重なるものなんですねぇ」

 眉根を寄せ、気の毒がって見せるその口元は、引き()れて(かす)かに(ゆが)んでいる。


 「壺が割れても、怪我がなかったなら、不幸中の幸い。それはそれで、日頃の行いが良かったからなんでしょうね」

 宍粟(しそう)探偵は、ありきたりの慰めを口にして、村岡夫人の反応を見た。


 夫人は真顔になり、声を潜める。

 「日頃の行い……まぁ、あんまりこんなことを申し上げてはアレですが、海上(うみがみ)さん、あまりいいお話を聞きませんし……」

 「どんなお話ですか?」

 「私が喋ったって、言わないで下さいましね。私も、他所で小耳に挟んだだけなんですから……」

 村岡夫人は言い訳めいた前置きをし、つい最近、仕入れたばかりの醜聞を語った。


 料亭六花(りょうていむつのはな)は、養父(やぶ)医院の援助で安定している。

 養父氏が支援するのは、六花(むつのはな)の次男が我が子だからだ。


 女将と養父医師は、六花の亭主の存命中から関係していた。亭主亡き後は、息子の為に養育費や店の資金を惜しみなく与えている。

 その証拠に、接待や会合には、必ず六花を使っている……と言う噂だった。


 宍粟(しそう)探偵は、面食らった顔で聞いた。

 「私も商社に居た頃は、よく利用していましたが、それだけで、そんな目で見られてしまうもんなんですか?」

 「さぁ? 私も、人から聞いただけですから、ちょっとよくわかりません」

 呆れる宍粟(しそう)探偵に、村岡夫人は首を(ひね)った。


 「六花(むつのはな)の息子さんには、お会いしたことがありませんが、そんなに養父先生と似てるんですか?」

 「う~ん……私は、別に似てないと思いますけど……ねぇ」

 「養父先生には、以前、診ていただいたことがありますけど、そんな……実直そうな御仁に見えましたけど……」

 探偵へ依頼を説明する最中にまで、惚気話(のろけばなし)を始めるような人物が、不義の子を成すものだろうか。


 村岡夫人も、養父医師に惚気話を聞かされたことがあるのか、首を傾げる。

 「私も、愛妻家でいらっしゃるように思いましたけどねぇ……今日も、養父先生の奥様や、六花の海上さんとお茶してたんですけど、とてもお二人の間に何かあるようには……」

 「六花が巧くいっているのを妬んで、根も葉もない噂を流されているんでしょうかね? 評判を落とす為に……」

 「さぁ……? 私も、人から聞いただけですし……」


 宍粟(しそう)探偵は、番頭にも聞かせるように、やや声を大きくした。

 「私も、今、独立して仕事をしておりまして、接待に使おうかと思ってたんです。十年も間が開きましたし、大将も亡くなって、味や評判がどうかと、気にしてたんです。そのお話、詳しく知りたいんで、差し(さわ)りなければ、奥さんに知らせてくれた方を、紹介して下さいませんか?」

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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