27.僧侶
巡査に誰何された。
面倒なことになったと思いつつ、正直に身元を明かす。
この家に雇われた探偵で、香炉の行方を追っている。もし、盗まれたなら、賊はどこからどう入り、どう逃げたのか、実地に見ながら考えていたのだ、と。
訝しむ巡査へ、逆に質問する。
「最近、この辺りで、他に空巣でもありませんでしたか?」
「そんなことに答える義務はない」
にべもない。
「最近、お縄になった泥棒で、香炉を盗んでいた者はありませんか?」
「貴様に答える義務はない」
「そうですか。では、私も私の仕事へ戻ります」
生垣の観察に戻ると、巡査はそれ以上言わず、離れて行った。
宍粟探偵はその後ろ姿を見送り、養父邸のぐるりを一周する。生垣に切れ目はない。途中から土塀になる。昼日中にこれを乗り越えれば、嫌でも人目につく。
生垣の前で立ち止まり、中を窺うことさえ目につき、巡査に声を掛けられたのだ。
機を窺うにしても、生垣の内部に入ってからのことだろう。
かじかんだ手に息を吹きかけ、移動した。
養父夫人から、本日のお茶会は、出石邸で行われると聞いている。
週に一度の裁縫教室の後、仲良しの家が持ち回りでお茶会を催す。
夫人によると、過去に何度か、傍で遊んでいた下の子の玩具が混じり、誤って持ち帰ったことがあると言う。
気付かずに香炉を持ち帰り、その後、裁縫箱を開けなかったにしても、今日にはわかる筈だ。
日高家と村岡家は、事業で大きな失敗をし、資金繰りが苦しくなっている。
動機は充分あるが、そんな短絡的な事をすれば、得るカネより失う物の方が大きい。
子供らの縁談などにも障る。しかも、知り合いから盗ったとあらば、猶更だ。
カネ目当てでの盗みの線は、薄いような気がしてきた。
翌朝も雪は溶けずに残り、人通りの多い所は凍りついていた。
骨董屋妙見は、雲教区にある。どこかその近所の者の犯行かもしれない。
宍粟探偵は、石畳の雪に足を取られぬよう気を付けつつ、雲教区内の寺を回った。
双魚の言葉通り、雑妖が憑いた薄気味悪い香炉なら、持て余して寺に預けた可能性がある。
最初の寺では、住職が腰を痛めて入院中で、若い僧が応対した。
「さる骨董屋さんで小耳に挟んだんですが、付喪神だか何だかが取り憑いた香炉で、お困りのご婦人が居るそうなんですよ。売ろうとしたら、断られたそうですが、こちらにそんな物が持ち込まれたと言うことは……」
「いや、全く。あなたはそれを知って、どうなさるお積もりか?」
「いえ、面白そうなんで、ちょっと見てみたいと思いまして……」
「そのような物を興味本位で見るのは、感心しませんな。魅入られると危ない」
「魅入られますか?」
「その惧れは大いにある。浮ついた気持ちで対してはなりません」
「気を付けます。では、ご婦人はどうやれば助かるんでしょう?」
自分の半分程の年齢の僧に、宍粟探偵は素直に頭を下げた。
「見て見ないことにはわかりませんが、その物を手放し、その物への執着心も共に手放し、心を平らかにすれば、怪異も免れましょう」
合掌した若い僧からは、意外にしっかりした答えが返って来た。
「私は、そのご婦人がどこのどなたか存じませんが、お坊さんのお話が伝わるように、骨董屋さんに伝言します。有難うございました」
持ち込まれた香炉が、本当に危険な存在なら、興味本位の赤の他人になど、その所在すら教えてくれぬだろう。
宍粟探偵は、雲を掴むような思いで、寺社回りに半日を費やした。




