26.検証
養父邸を出ると、うっすらと雪が積もっていた。
粉雪が疎らに降る夜道を、糸橋区の事務所へ取って返す。
新聞の切抜きを集めた中から、窃盗事件の綴りを引っ張り出す。
ひったくりや押し込み強盗の類を除外し、家屋侵入盗の記事にざっと目を通す。
来客でないなら、見送りに出た僅かな隙を狙われたのだろう。
茶を片付けに戻った時には、なくなっていたと言う。庭に潜み、機を窺っていたのだろうか。それとも、生垣の外からだろうか。
帝都、特に養父邸周辺の事件を探す。
紙幅の都合上、全ての事件が載る訳ではないが、それにしても、シロアリ盗賊団の記事が多過ぎる。
殊に、灘記者のおひさん新聞……帝都日日日報の力の入れ具合には、目を見張る。
シロアリ盗賊団の事件だけで、別の綴りを用意せねばならない程の分量だ。
事件の詳細な経緯、警察の発表、口入れ屋の審査が厳しくなるなどの社会的影響、届けのあった盗品一覧、識者や被害者の談話なども、事細かに掲載し、他の事件は申し訳程度に数行、入れているに過ぎない。
シロアリ盗賊団の手口は、使用人として狙った家に入り込み、充分な下見を行った上での手引や持ち逃げだ。先代からの雇い人しか居ない養父家の事件とは、全く毛色が異なる。
現金、貴金属、小ぶりな骨董などを、ごっそり持ち出す大胆な手口だ。
養父邸から持ち出された物は、小ぶりな香炉が一点きり。この点でも様子が異なる。
外部犯でも、巷を騒がすシロアリ盗賊団は、除外して良かろう。
シロアリ盗賊団の他、区内では空巣も数件、取り逃がされていることがわかった。
翌朝、足首まで積もった雪を踏みしめ、宍粟探偵は街へ出た。
空はすっぱりと晴れ、風の冷たさに耳が痛む。石畳の上で踏み固められた雪は、殊の他よく滑る。あちこちに転倒の跡があり、同じ轍を踏まぬよう、慎重に歩を進めた。
店先の雪を除けるおばさん達が、噂話をしている。
「帝大の偉い先生でも、隠し子なんてあるんだねぇ」
「偉い人だからなんじゃない?」
「そうかねぇ? そうかもねぇ」
「どんな偉い先生なの?」
「お医者の先生らしいよ」
「母親はどこの誰よ?」
「どっかの料亭の女将だか、女給だかって、まぁ、よくある話しさね」
この爽やかな朝から生臭い話をするものだ、と宍粟探偵は苦笑しつつ、養父邸へ向かった。
中へは入らず、生垣の外から、控えの客間を窺う。
枝葉の隙間から、辛うじて様子はわかるが、人が入る余地はない。裏口か表玄関へ回る他はなさそうだ。生垣の柊には、無理に超えた跡はない。
庭のこの辺りには、他に身を隠せる場所はなかった。
寒くて障子は閉めていたそうだが、障子ならば、縁側に誰か居れば、影が差す。
隣室か、縁の下にでも潜んでいたのであろうか。
養父邸と医院は隣接しており、患者や付き添いなど、人目は多い。
昼日中に、そのような形で犯行に及ぶだろうか。
ご隠居は、敢えて宍粟探偵に「怪異」は自分の仕業だと告げた。
一時的に香炉を隠して「香炉が逃げた」風を装い、息子の道楽を戒めるつもりだったのだろうか。それにしては、告白が中途半端だ。
目論見の途中、ご隠居が隠す前に香炉が消えたのではないか。
宍粟は、見鬼でも魔法使いでもない。日之本帝国で生まれ育った平凡な男だ。
不惑を越え、分別は付くつもりだ。
適う限り、証拠と証言を積み重ね、情報を精査する。
可能性について考え、実行可能か検証し、賊の足取りを追跡する。地味で地道な作業の積み重ねの行き着く先は、どこか。
香炉の行方は……
「貴様、こんな所で何をしておる」




