25.困惑
夕食後、すっかり暗くなった空から、白いものが降って来る。
このまま続けば、帰りには積もりそうだ。
宍粟探偵事務所で原稿を書いていた灘記者を帰社させ、宍粟は養父家を再訪した。
中間報告会には、養父氏の他、夫人の丹季枝とご隠居も加わった。養父氏は既に報告書を読み終えたらしく、畳の上に広げたまま、目を閉じている。
宍粟探偵が改めて、夫人に来客の家族構成を尋ねると、自信なさそうに答えた。
薬種商の出石家は一男二女、貿易商の日高家は二男三女、酒店の村岡家は一人娘、料亭六花の海上家は二男一女。そして、依頼人の養父家は二男二女。
知っている限りのことを答え、夫人は訝しげに問うた。
「あの、それが何か……」
「骨董屋の妙見さんに、それらしき香炉を持ち込んだ女性は、つい最近……香炉を手に入れてから、男の子を亡くしたと言っていたそうなんですよ」
「まあ……でも……」
「そんな最近に葬儀のお知らせは、ありませんでしたよ」
養父医師が断言する。
宍粟探偵が重ねて問う。
「それともう一点。六花の海上さんのご長男は、いつ頃、亡くなられましたか?」
三人が口々に驚きを口にする。
「えっ? 亡くなられたんですか?」
「事故にでも遭ったんですか?」
「ついこの間まで、元気に悪さしておったがの……」
宍粟探偵が海上家で見聞きしたことを語ると、困惑が広がった。
「一言、言ってくれれば往診したものを……」
「でも、お葬式にも呼ばれないなんて……私、何か海上さんのお気に障るようなことでも……」
夫人が俯く。
「それが奥様、海上さんは、葬儀を出さなかったようなんです」
宍粟探偵が、寺と千代草通商店街で聞き込んだ内容を、かいつまんで話すと、更に困惑が広がる。
「但馬君は、本当に亡くなったんですか?」
「海上さんは、そう仰ってました」
宍粟探偵に念押しし、養父氏は首を捻った。
経済状態が悪い訳でもないのに、何故、長男の葬儀を執り行わないのか。
「普通なら、葬儀をして、喪が明けてから、次男の八鹿君を、跡継ぎとしてお披露目する筈ですが……」
「申し訳ありません。そこまでの調査はまだ……」
「いや、お気になさらず。これは、香炉の件とは別の話ですから。後日、海上さんに直接、お伺いします」
「明日、お教室ですけれど、海上さん、いらっしゃるかしら?」
「その件が真なら、洋裁どころではなかろう。もし、明日の教室で見かけても、余計なことは言わず、様子を見よ」
ご隠居が、息子の嫁に命じる。
夫人はそれに頷き返した。
もし、長男を亡くしたことが本当なら、葬儀も出さずに趣味の教室へ顔を出せる人物に、どんな顔で、何と声を掛けてよいやら。
事情を聞き出せと言われなかったことに、安堵している様子だ。
長男が生きているなら、現在の職業を明かさず、旧知として、夫の弔問に来た宍粟に嘘を吐く理由がわからない。
料亭六花の女将、海上夫人にこだわらず、外部犯の可能性について、改めて考えることにした。