23.報告
翌日、昼過ぎに中間報告書を持って養父邸を訪れた。
生憎、養父氏は医院へ出ていて留守だったが、女中が預かってくれた。
……さて、次はどこをどう調べようか。
歩きながら考えていたところ、肩を掴まれた。
先程の女中が、走って追いかけてきたのだ。息切れが治まるのを待って聞くと、ご隠居がお呼びだと言う。
女中と共に引き返し、ご隠居の部屋へ通された。
ご隠居は、背筋をぴんと伸ばして端坐し、待っていた。
女中が茶を置いて去り、足音が充分、離れるのを待って、口を開く。
「多忙のところ、申し訳ない。だが、貴殿をたばかり続けるのも、如何なものかと思い、呼び戻した次第」
「いえ、お構いなく。私をたばかる……とは……」
「香炉の件だ」
「はい、鋭意、捜索中です」
老人は茶で口を湿し、膝を乗り出した。
「その香炉が、夜歩くなどと、愚息が申したであろう」
「はい、だんだん、書斎の戸に近付いて来る、とお伺いしました」
「あれは嘘だ」
「嘘ですか?」
老人は厳しい顔で、重々しく顎を引いた。宍粟探偵の目をひたと見据え、吐露する。
「すまぬ。あれは儂の仕業だ」
夜、養父氏が寝た頃合いを見計らい、書斎へ入って香炉を動かしていた。
息子が骨董に現を抜かすのを止めさせる為、曰く付きに見せたかったのだ、と言う。
「お顔を上げて下さい」
宍粟探偵が土下座を止めさせる。
……では、あの魔法使い双魚は、嘘を吐いていたのか。何の為に……
いや、ここではなく、盗人の手に渡った後、雑妖が憑いたとも考えられる。
元の持ち主の所でも、買取った氷ノ山でも、特に怪異はなかったと言っていた。
ここでも、ご隠居が動かしていたなら、香炉は自ら荷物に紛れたのではなく、人の手で持ち去られたと見て、間違いない。
「その件は、他言致しません。私は、人の手によるものとして調査をしておりますので、ご安心下さい」
「そうか。斯様なことになり、貴殿を邪魔立てする気は毛頭なかった。この通りだ」
再び土下座する老人を止め、宍粟探偵は問うた。
「ところで最近、この辺りで子供が何人か在って、みんな寝込んで、長男が亡くなった家……と言うのをお耳に入れたことはありませんか? 香炉がなくなった後の話です」
「いや、聞かんな。家ではなるべく医院の話をさせんようにしておるので、息子らに直接、聞いて下さらんか」
「左様で」
更に重ねて、最近、使用人の増減があったかも聞く。
養父邸では、彼が隠居する以前から、仕える者しか居ない。それも、親子二代に亘って、長く忠義に仕える者ばかりだと言う。
「それではまた、後程……」
夕刻に再訪する約束をし、養父邸を出た。
フィオーレで焼き菓子を求め、料亭六花の海上氏宅へ向かう。
途中、また灘記者に捕まった。
「どちらまで?」
「海上さんの所ですよ。ご主人が亡くなったそうですから、知り合いとして、線香を上げに行くんです」
「お供して宜しいですか?」
「黙ってて下さるんなら……」
「勿論です。今までも、俺、余計な差し出口を挟んだりしなかったでしょう」
宍粟探偵はすっかり諦め、木枯らしに背を押されて道を急いだ。
店舗の裏へ回り、海上氏宅の玄関で声を掛ける。ややあって、女中が出てきた。用件を告げると、奥様を呼んでまいります、と玄関先で待たされた。
風は除けられるが、陰になって寒い。小刻みに足踏みしながら待つ。
ようよう待たされ、手指がかじかむ頃、やっと中へ通された。
「お待たせ致しまして、恐れ入ります。店の仕込み中だったものですから……」
「いえ、こちらこそ急にお邪魔いたしまして……この近くに来ましたら、ご主人が亡くなられたと小耳に挟みまして、お線香の一本をと……」
「これはこれは、ありがとうございます。宍粟さんに覚えていただいて、主人も草葉の陰で喜んでおります」
女将は、宍粟に訃報を知らせたのは彼だと承知したのか、灘記者に目礼した。




