22.狂言
「あの奥さんは、香炉に呪いが掛かってて、そのせいで息子が死んだなんて言ってたが、呪いなんてない。あれに人を取り殺す程の力はない。タダの偶然だ」
「人に害を成す程の力はないのに、持っていない方がいい、と言うのは……?」
「物が香炉だから、火が入ってる時に動いて、火事にでもなったらイヤだろう」
常識的な答えだ。
思いがけず、祟りや呪いもあっさり否定され、宍粟探偵は拍子抜けした。
「じゃあ、鉄の鳥籠にでも入れれば、大丈夫ですね。どうしても、それが欲しいんです」
「あんな物が? それにあの奥さん、俺に『視てくれ』とは言ったが、『売りたい』とは言ってなかったような……?」
「我が子を取り殺したかもしれない香炉を、ずっと持ってる気なんですか?」
「さぁなぁ? 店長が買わないって言ったから、どこか他所へ持ちこんだか、聖職者に預ける気かもしれんが、どうするかは聞いとらん」
双魚が首を捻る。
宍粟探偵は、ダメで元々で聞いてみた。
「その奥さんが、どこのどなたかは……」
「知らんなぁ。俺はこの国に知り合いは殆ど居ないからな」
「そうですか、ありがとうございます」
店を出てすぐ、表に出てきた双魚に呼び止められた。
「シソーさんとやら、ひょっとして、あの奥さんを探して、あれを売ってもらう交渉をする気かい?」
「そのつもりです。何か手掛かりがあれば……」
「やめときなよ。あんなおっかない女。俺が何回、呪いなんてないって説明しても、聞きゃしなかった。店長さんが通訳しながら、何度も宥めてくれたけど、そんな筈はない、嘘吐きって、罵られたんだ。子を亡くして気が立ってるのかもしれんが、コトバが通じん。やめときなよ」
「ご忠告、ありがとうございます」
改めて、骨董屋妙見を後にした。
来客の内、最近、息子を亡くした者が持ち出したのだ。
近くの寺と店で葬儀の有無を聞き込んだが、出石家、日高家、村岡家、海上家のいずれも、葬儀は出していなかった。
事情通の薔薇園亭の女主人も、耳にしていなかった。
盗んだ者から、既に第三者の手へ渡り、その者に禍があったのだろうか。
今日の所は、事務所へ戻る。
判明したことを取りまとめ、中間報告書を作成した。
養父夫人は、特に誰かから恨まれて意地悪される覚えもないと言う。
夫の手前、黙っているが、誤って持って帰った説を支持していた。同じ教室で学ぶ同輩が盗みを働くなど、考えたくないのであろう。
香炉は養父氏の趣味の品で、これなくしては暮しが立ちゆかぬと言う物でもない。
それどころか、夜な夜な歩く怪しい品で、誤って持ち帰った先で、何か害があるといけないので回収したいと言う、全くの親切心による依頼だ。
ただ、それを客人達に尋ねるとなると、泥棒扱いするようで、聞くに聞けない。
おままごとの玩具であれば、子供のすることであり、玩具も然して高価なものでもない為、気軽に聞けたが、こちらは流石に、そうは行かぬ品であった。
香炉は当日、床の間に据えてあった。
一段高く、香炉が自ら歩いて客人の荷に忍び込んだのでもなければ、うっかり混ざって持ち帰るような位置ではなかった。
カネ目当てと考えるならば、村岡夫人と日高夫人は、充分、疑いの余地がある。
だが、知り合いの家から白昼堂々、盗み出す程、大胆なことをするように思えない。
また、骨董では、換金しようにも持ち込み先が限られ、足がつきやすい。発覚した場合、今度こそ立ち直れなくなってしまう。
わざわざそんな危険を冒すだろうか。
貧すれば鈍するとも言う。今の段階ではまだ、何とも言えなかった。