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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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20/61

20.妙見

 帝国大学の構内を歩きながら考える。

 銀杏並木はすっかり葉を落とし、足下で黄色い葉がカサカサと音を立てた。


 呪符は使い捨てで、一枚が事務所の家賃三カ月分にもなる。

 事務所の資金は潤沢ではない。本当に付喪神(つくもがみ)だったとしても、呪符が不要だとわかったことに安堵する。


 香炉は、元の持ち主が呼び戻したのではない。

 金に困って母の形見のような香炉まで売ったのだ。高価な呪具を手に入れることは、考えられない。


 来客の荷物に紛れたか、来客の誰かが、故意に持ち帰ったか。

 荷物に紛れたなら、気付いて連絡のひとつも寄越すであろう。


 故意の可能性が高い。


 目的は何か。

 カネ目当てか。

 香炉その物が欲しくなったか。

 困らせてやろうと言う悪戯心か。

 何らかの恨みでもあるのか。


 来客の内、村岡家と日高家は資金繰りが苦しく、カネ目当てなら、一応の動機はある。養父(やぶ)家の余裕ある暮らしぶりに嫉妬し、つい発作的に……と言うことも考え得る。

 海上(うみがみ)家は、亭主こそ亡くなったものの、料亭六花(りょうていむつのはな)の経営は、まずまずと聞いた。出石(いずし)家の薬店も順調。

 カネ目当ての可能性を当たる為、帝大近くの骨董屋へ、足を向けた。


 骨董屋妙見(こっとうやみょうけん)は、帝大前の大通りを少し入ったところに在った。


 店構えは、開国前からの伝統的なものだが、店内には舶来品が所狭(ところせま)しと並んでいた。

 陶器、絵画、小型の家具、飾り棚の中には装身具。

 薔薇園亭(ばらえんてい)から少女趣味を差し引いたような、落ち着いた品揃えだ。


 店内を一通り見て回ったが、養父(やぶ)氏の香炉らしきものは見当たらない。この国で開国前に作られた物は、扱っていないようだ。


 「どういった品をお探しで?」

 店主が愛想良く聞く。

 「うん。香道(こうどう)で使う香炉……小ぶりのが欲しいんですが、ここは扱ってなさそうですね」

 「へぇ。五、六年前に思い切って、舶来品をやってみることにしまして、在庫は同業の者へ譲りましたもんで……香炉なら、氷ノ山(ひょうのせん)さんに大分、お譲りしましたよ。まだ、あるかわかりませんが……」

 「氷ノ山へは、もう行ったんです。大きいのばかりでしたよ。鶏の卵くらいのがあれば、ひとつ欲しいんですけどね」

 申し訳なさそうな店主に、宍粟(しそう)探偵は言った。


 店主の顔から表情が消え、改めて宍粟(しそう)探偵の姿を見る。

 「丁度良さそうな品に、心当たりがあるんですか?」

 「見せてはいただきましたが、ウチでは引き取りませんでしたので、どこか他所へ行かれたかも知れませんよ」

 店主は目を閉じ、そっと息を吐いた。


 「どんな香炉ですか? 売りに出ていれば、欲しいですね」

 「あんまり、その、縁起の(よろ)しくない品のようなので、お勧めはしませんねぇ」

 店主はチラリと店の奥へ目を遣り、宍粟(しそう)探偵に告げた。


 「縁起? 香木の代わりに人の骨でも焚きましたか?」

 「いいえ、そんな気色の悪いことは……いや、どうでしょう……お持ちになった方は、香炉が夜な夜な歩き回って、そのせいでお子さんが寝込んでしまって、とうとう、長男坊が亡くなったんだそうで……」

 店主の語尾が震える。

 気味悪がっていると言うより、心底怯えているようだ。


 「はははっ。絵に描いたような怪談話ですね。面白いから家に置いて、一晩中、見張ってみたいもんです。持ち主を紹介していただけませんか?」

 「旦那。笑いごっちゃありませんよ。……持ち主は、初めてのご婦人で、買取はお断り致しましたんで、どこのどなたか、ちょっと……」

 滅相(めっそう)もない、と店主は青い顔で答えた。


 「ご婦人ですか……じゃあ大方、お子さんにご不幸があったのを、香炉のせいだとこじつけて、悲しみを紛らわそうとしたんじゃありませんか?」

 「香炉は、視る目のある人に視てもらって、確かに、良くない品だと言われたんですよ」

 店主は声を潜め、宍粟(しそう)探偵の推理を否定した。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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