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19.教授

 帝国大学魔道学部は、雲教区(うんきょうく)にある。

 宍粟(しそう)探偵は、約束の時間きっかりに、研究室を訪れた。


 部屋の壁一面が書架で埋まり、窓を背に教授の机、その前に作業机と助手達の席。いずれの席にも、革表紙の分厚い本と紙束、壺や小皿、秤、乳鉢と乳棒、水差し、薬草らしき束、何だかよくわからない生物の乾物などが満載されている。

 床にも本と資料、壺や箱が積み上がっていた。


 宍粟(しそう)探偵は、それらに触れぬよう、体を横にして、慎重に教授の前へ進んだ。


 生来、魔力を持たぬ日之本帝国人でも、魔術の研究はできる。

 魔法文明圏では、魔力は持たないが、一定以上の学識を持ち、魔術の発展に貢献した人物を【碩学(せきがく)の無能力者】或いは、【可能性の卵】と呼んでいる。


 知識だけでは、魔法を使えない。


 どれ程、勉学に励み知識を蓄えようと、後天的に魔力を得ることはできない。魔力を蓄積させた宝石類を使えば、一時的に魔術を行使し得るが、それらは非常に高価だった。


 丹波(たんば)教授は、その【碩学(せきがく)の無能力者】の一人だ。

 退官間際の教授は、弁当の白米を頬張りながら本を読んでいる。助手が宍粟(しそう)探偵の訪問を告げても、顔を上げない。


 「丹波先生、初めまして。私、探偵業をしております、宍粟(しそう)と申します。つまらない物ですが、こちら、どうぞご笑納(しょうのう)下さい」

 そこで一旦切る。


 助手が資料を積み直して、机上に開けてくれた隙間へ一升瓶を置いた。

 「さて、早速で恐れ入りますが、現在引き受けている件が、どうも魔物が一枚噛んでいるようなのです」

 教授は本からちらりと目を上げたが、すぐに逸らした。


 宍粟(しそう)探偵は、構わず続ける。

 「身を守る役に立つかと思い、呪符の型録(カタログ)を取り寄せました。ウチの書生が言うには、説明の順序が入れ違っていたり、全く別の説明が入っていたり……と、デタラメなんだそうですが、先生、この型録は大丈夫なんでしょうか?」

 宍粟(しそう)探偵は鞄から型録を取り出し、ひとまず助手に手渡した。


 教授が口の中身を飲み下し、箸を置く。その手に型録(カタログ)が渡った。

 「ふむ……これとこれが入れ替わって……こっちは前の(ページ)……三枚が入れ替わって、これとこれは上下逆……この説明は、ここにない呪符……確かに、デタラメだな」

 型録(カタログ)を置き、読書と昼食を再開する。


 「ここで買わない方が、無難だとは思うのですが、他に宛がなくてですね……」

 教授は、卵焼きを頬張ったまま、答えた。

 「現物に間違いないなら、説明を読み替えればよろしい。何の魔物だ?」


 「付喪神(つくもがみ)のようなものではないかと……私は現物を見ておりませんので、何とも……それが逃げたので、捕まえて欲しいと言う依頼なんですよ」

 困り顔の宍粟(しそう)探偵を一瞥し、丹波(たんば)教授は卵焼きを飲み込んで、ふんと鼻を鳴らした。

 「それならそんな、高い呪符なんぞ要らん」


 「百年経たなくても、化けるもんなんでしょうか? 或いは、物を生き物同然に操る術か、呪具のような物があるんでしょうか?」

 教授は箸を止め、本から目を上げた。

 「そのモノが化けずとも、何か憑かせれば、動くこともあろう。傀儡(くぐつ)の術はあるが、まぁ、この国の人間に使える物ではない。呪具もあるにはあるが、扱いが難しい。糸の付いた操り人形。あれをもっと複雑にした物を、目をつぶって動かすようなものだ」


 「付喪神なら、呪符がなくとも、素手で対応できるんですね?」

 「物は何だ?」

 「香炉です」

 「頭に当たれば、(こぶ)のひとつもできるだろう。壊してしまえば(よろ)しい」

 「ありがとうございます。お忙しいところ、お邪魔致しました」

 宍粟(しそう)探偵は、そそくさと研究室から辞した。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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