17.社長
「実はですね、今、失せ物探しを一件、引受けているのですが、それはどうも、魔物が一枚噛んでいるようなのです」
宍粟探偵は、殊更に声を潜めて語った。
日高社長も、座卓に身を乗り出し、話に聞き入る。
「私は見鬼でもなければ、魔術の心得もございません。ですが、一度引き受けたからには、きちんとしたいのですよ」
「結構なお心掛けですな」
「それでですね、こちらでは、魔術の心得のない者にも扱える、魔法の品を取り寄せていただける、と小耳に挟んだのですが……」
宍粟探偵は、なるべく不安げな調子で聞いた。
その質問に、日高社長が喜色満面で答える。
「いゃあ、お耳が聡い。流石、探偵さんと言ったところでしょうか。チヌカルクル・ノチウ大陸から取り寄せた品を多数、取り揃えてございますよ。専門店への卸が中心ですが、小売も致しております。どう言った品が、ご要り用でしょう?」
宍粟探偵は、不安げな声音を崩さず、小声で聞いた。
「魔物から身を守る品がありましたら、大いに心強いのですが……」
「それでしたら、まだ在庫がございますので、すぐお渡しできます」
日高社長が腰を浮かせかける。
宍粟探偵は、声を潜めて引き留めた。
「あの……魔法の品は、大変に高価だと聞き及んでおるのですが、参考までに……」
「呪符は場所を取りませんのでね、在庫と型録をご用意致しております」
社長が卓鈴を鳴らすと、受付嬢が入って来た。社長の指示で一礼し、すぐに退がる。
「型録は、たくさんございますので、どうぞお持ち帰り下さい。探偵さんでしたら、その内、守護符以外の品も要り用になりましょうから」
「なるべくなら、魔物絡みの事件は、ご免蒙りたいのですがね」
互いに曖昧な笑みを浮かべ、相手の腹を探る。
受付から探偵と聞いて、社長直々に応対したのは、訴訟のどちらかの陣営が、正面から乗り込んできたと思ったからではないか。
程なく、薄手の帳面程の型録が届けられた。
社長がパラパラと頁を繰り、当該商品の項目を指す。
呪符の名称と写真、効能の簡単な説明文、販売単位、単価が記されていた。かなりの経費が掛かっている。相当な力の入れ具合だ。
宍粟探偵が、その値段に本気で呻吟し、型録から顔を上げる。社長の期待に満ちた眼差しがあった。
「一応、覚悟はしておりましたが……聞きしに勝る……しかし、あれに対抗するには……あの、経理の者と相談致したく思いますので、一度、型録を持ち帰らせていただいて、宜しいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。型録はご自由にお持ち下さい。呪符を常備しておりますのは、恐らく、この辺りでは、手前共のみと存じます。お決まりになりましたら、いつなと、お声掛け下さい」
社長に愛想良く送り出され、帰途に就く。
今日の灘記者は、厚かましくも事務所までついて来た。
ドアノブに掛けた手を止め、宍粟探偵が聞く。
「会社へ戻らなくていいんですか?」
「手ぶらじゃ帰れませんよ。その型録、用が済んだらいただけませんか? 将来の資料として」
「構いませんが、失せ物がみつかって、全て解決してからですよ」
「ありがとうございます」
灘記者は、小躍りせんばかりに喜んだ。
事務所の戸を開けると、いつも通り、書生の有年青年が簡潔に報告した。
「手紙一通」
同じくらいの年頃だが、有年青年と灘記者は、好対照だ。
……足して二で割れば、丁度いい按配なんだがなぁ。
内心ぼやきながら、手紙を受け取り、二人を引きあわせた。




