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彷徨う香炉  作者: 髙津 央


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15/61

15.酒屋

 石畳の街路を行く人々は、まだまだ和装が多い。

 上から洋式の防寒着を羽織ったり、履き物だけ革靴と言う、折衷の者も居る。

 宍粟(しそう)探偵と(なだ)記者は、完全な洋装だ。


 大通りの中央を行くのは、乗合馬車、荷馬車、人力車、荷を満載した大八車(だいはちぐるま)。開国前後の新旧が入り乱れ、かと言って、ぶつかるでもなく、秩序ある混沌を生成している。


 宍粟(しそう)探偵は、偵察と情報収集を兼ね、村岡酒店へ足を運んだ。

 構えは昔ながらの造り酒屋だが、一足、店内に踏み入れると、真新しい棚が(しつら)えられ、色とりどりの洋酒が肩を並べていた。


 確かに、薔薇園亭(ばらえんてい)女主人(マダム)の言う通り、見ているだけでも心躍る。

 それだけ、劣化した葡萄酒(ワイン)を口にした落胆と、怒りは大きかろう。


 灘記者は、きらびやかな棚に目を奪われ、値札に圧倒されていた。

 新聞記者の月給では、とても手が出ない。

 他に客はなかったが、番頭は二人を見ているだけで、何も言わない。


 「お久し振りです」 

 「これは、宍粟(しそう)さん。お久しゅうございます」

 「しばらく見ない間に随分、思い切った商いをするようになったんですねぇ。圧倒されましたよ」

 「恐れ入ります」

 「清酒は、もう、よしたんですか?」

 「いえ、そちらも、従前(じゅうぜん)通り、扱っております」


 「六花(むつのはな)さん辺りの料亭に(おろ)上物(じょうもの)も?」

 「勿論(もちろん)でございます」

 「じゃあ、『杜氏(とうじ)の村』を一升、熨斗(のし)は無地で」

 「かしこまりました」


 品を用意する番頭を相手に話を続ける。

 「ここがこんなに変わったんなら、六花(むつのはな)さんや星見さん、秋津さんも随分、変わったんでしょうね」

 商社時代を懐かしむ風を装い、水を向ける。


 番頭は、小さく首を振った。

 「秋津さんは、何らお変わりありませんよ。(むし)ろ、異国の方は、本邦の昔ながらのお食事を珍しがって、喜ばれるそうで……六花(むつのはな)さんは、大将が残念なことになりましたが、女将さんの頑張りと、板長さんの働きで、従前のお味をきちっと守っておいでです」


 「成程。まぁ、庶民の懐には厳しくて、もう敷居は(また)げませんが、お変わりないと聞いて、何やら安心しましたよ。大将は……」

 「流行病(はやりやまい)で……人間、儚いものでございますねぇ」

 番頭のしんみりした調子に、(なだ)記者の取材が確かだと言うことがわかった。開国の年に生まれたと言う若者は、なかなかに腕利きだ。


 「そうでしたか。商社時代は、色々とよくしていただきましたし、また折を見て、線香の一本も上げにお(うかが)いしたいものです」

 以前と同じ金額を支払い、紫の風呂敷に包んでもらった一升瓶を受け取る。

 番頭は、表まで出て二人を見送った。


 村岡酒店を出て、しばらく歩いてようやく、灘記者が口を開いた。

 「自分が取材して来たことくらいしか、わかりませんでしたね」

 「なぁに。構やしませんよ」

 番頭は、星見について触れなかった。料亭星見は、村岡酒店が最も懇意(こんい)にしていた取引先だ。


 六花(むつのはな)訃報(ふほう)は、易々と口にしていた。

 料亭ではなく、村岡酒店の事情で、星見の様子を言えなかったのだろう。

 勿論(もちろん)、評判くらいは耳に入るだろうが、あの番頭は、堅い男だ。自分の目で確めたこと以外、軽々しく口にしない。


 料亭星見程の老舗が店を畳めば、大きなニュースになる。特にそう言う話は聞かないので、村岡酒店が、取引を切られたのだろう。


 以前は、幾人もの奉公人(ほうこうにん)を置いていたが、今や番頭一人。商社の同輩・波賀(はが)君から聞いた以上に、資金繰りが悪化しているようだ。

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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