15.酒屋
石畳の街路を行く人々は、まだまだ和装が多い。
上から洋式の防寒着を羽織ったり、履き物だけ革靴と言う、折衷の者も居る。
宍粟探偵と灘記者は、完全な洋装だ。
大通りの中央を行くのは、乗合馬車、荷馬車、人力車、荷を満載した大八車。開国前後の新旧が入り乱れ、かと言って、ぶつかるでもなく、秩序ある混沌を生成している。
宍粟探偵は、偵察と情報収集を兼ね、村岡酒店へ足を運んだ。
構えは昔ながらの造り酒屋だが、一足、店内に踏み入れると、真新しい棚が設えられ、色とりどりの洋酒が肩を並べていた。
確かに、薔薇園亭の女主人の言う通り、見ているだけでも心躍る。
それだけ、劣化した葡萄酒を口にした落胆と、怒りは大きかろう。
灘記者は、きらびやかな棚に目を奪われ、値札に圧倒されていた。
新聞記者の月給では、とても手が出ない。
他に客はなかったが、番頭は二人を見ているだけで、何も言わない。
「お久し振りです」
「これは、宍粟さん。お久しゅうございます」
「しばらく見ない間に随分、思い切った商いをするようになったんですねぇ。圧倒されましたよ」
「恐れ入ります」
「清酒は、もう、よしたんですか?」
「いえ、そちらも、従前通り、扱っております」
「六花さん辺りの料亭に卸す上物も?」
「勿論でございます」
「じゃあ、『杜氏の村』を一升、熨斗は無地で」
「かしこまりました」
品を用意する番頭を相手に話を続ける。
「ここがこんなに変わったんなら、六花さんや星見さん、秋津さんも随分、変わったんでしょうね」
商社時代を懐かしむ風を装い、水を向ける。
番頭は、小さく首を振った。
「秋津さんは、何らお変わりありませんよ。寧ろ、異国の方は、本邦の昔ながらのお食事を珍しがって、喜ばれるそうで……六花さんは、大将が残念なことになりましたが、女将さんの頑張りと、板長さんの働きで、従前のお味をきちっと守っておいでです」
「成程。まぁ、庶民の懐には厳しくて、もう敷居は跨げませんが、お変わりないと聞いて、何やら安心しましたよ。大将は……」
「流行病で……人間、儚いものでございますねぇ」
番頭のしんみりした調子に、灘記者の取材が確かだと言うことがわかった。開国の年に生まれたと言う若者は、なかなかに腕利きだ。
「そうでしたか。商社時代は、色々とよくしていただきましたし、また折を見て、線香の一本も上げにお伺いしたいものです」
以前と同じ金額を支払い、紫の風呂敷に包んでもらった一升瓶を受け取る。
番頭は、表まで出て二人を見送った。
村岡酒店を出て、しばらく歩いてようやく、灘記者が口を開いた。
「自分が取材して来たことくらいしか、わかりませんでしたね」
「なぁに。構やしませんよ」
番頭は、星見について触れなかった。料亭星見は、村岡酒店が最も懇意にしていた取引先だ。
六花の訃報は、易々と口にしていた。
料亭ではなく、村岡酒店の事情で、星見の様子を言えなかったのだろう。
勿論、評判くらいは耳に入るだろうが、あの番頭は、堅い男だ。自分の目で確めたこと以外、軽々しく口にしない。
料亭星見程の老舗が店を畳めば、大きなニュースになる。特にそう言う話は聞かないので、村岡酒店が、取引を切られたのだろう。
以前は、幾人もの奉公人を置いていたが、今や番頭一人。商社の同輩・波賀君から聞いた以上に、資金繰りが悪化しているようだ。




