10.手配
続いて南隣りの水戸区へ足を運ぶ。
湊第二警察署でも、遺失物の窓口で同様の問合せをした。係官は乗り気ではなかったが、暇を見て調べてくれるとは言ってくれた。
署内の廊下や玄関脇に掲示板がある。
管内での事件や事故の発生件数や、防犯・安全の標語、指名手配書などが、びっしりと貼り出されていた。
圧倒的に、シロアリ盗賊団の手配書が多い。
背恰好や年齢は似通っているが、顔立ちはまちまち。入団の条件が、同年代で身長・体格が同じであることなのか。
手配書は、男女ほぼ同数。男は三十代半ばから四十代半ば頃、女は三十代前半とみられる。
シロアリ盗賊団の他にもスリや強盗、詐欺師の手配書、家出人探しなどがある。見知った顔は、ひとつもなかった。
「なんだ。ヘボ探偵じゃないか。心当たりでもあるのか」
掲示板を見ていると、不意に声を掛けられた。
「あ、これはどうも。篠山さん、お久し振りです。いえ、シロアリ盗賊団と言うのは随分、人数の多いものなんだなぁと思いまして……」
よれよれの背広姿の篠山刑事は、鼻を鳴らした。
「首魁は不明。人数も、犯行の正確な件数すらわからん。使用人が一人減った後、初めてそれと知れるんだが、つい出来心でやらかしたもんが、シロアリ盗賊団に数えられることもあれば、盗賊団の仕業が、出来心と看做されることもあろうからな」
「はぁ、そういうもんなんですか……」
篠山刑事は今、シロアリ盗賊団の担当だと言う。
犯行後、すぐに遠方へ逃げているのか。
使用人が減った時期と、金品を失った時期が一致する件について、口入れ屋の書類などを基に追跡する。
身元引受先は「実家」で、帝都やその近在にある下町の長屋。捜査の手が伸びる頃には、既にもぬけの殻か、別の家族が入居していた。
「泥棒が、書類にわざわざ本当の実家を書きますかね?」
「まぁな。口入れ屋が、雇い入れの時に身元照会の手紙を出しても、必ずきちんとした返事がある。返事をする係も居るのだろうな。筆跡はバラバラだ」
「誰かに頼んで書いてもらってるんでしょうね」
「筆耕なら商売だ。いちいち仲間に引き入れる必要もないからな」
「篠山さんも大変ですねぇ」
篠山刑事は、宍粟探偵の同情に口許を歪めた。
「何を嗅ぎ回ってるか知らんが、シロアリの手掛かりが見つかったら、必ず教えろよ」
「心得てます」
宍粟探偵は軽く手を振り、警察署を後にした。
その足で千代草区、水戸区、淡谷区、雲教区の警察署を順繰りに回り、千代草区へ戻った。
道々、シロアリ盗賊団について考える。
もしかすると、養父氏の香炉の件も、巷を騒がす盗賊団の仕業かもしれない。
シロアリ盗賊団の事件は、宍粟探偵も新聞で経過を追っている。
記事の切抜きや噂話の記録用に、別の綴りを用意してまで、微細な情報まで蓄積していながら、最近、使用人の増減がなかったかなど、依頼人に基本的な質問をするのを失念していた。
骨董の香炉が歩くと言われ、動揺したせいだなどと、言い訳にもならない。
おひさん新聞の灘記者と、湊第二警察署の篠山刑事。
顔見知りが、二人も事件を追っている。
警察の旦那はなかなかどうして、口が堅い。先手を打って、こちらを利用するつもりであると宣言されてしまった。
灘記者の方は、巧くすれば、葺合記者がまだ、記事化していない情報を聞きだせるかもしれない。
担当は違うが、灘記者は俄然、張り切っている。
こちらも、そう簡単にスクープを漏らすとは思えないが、取引次第では、警察よりも何とかなりそうな分、一考に値する。
口入れ屋=現代で言う派遣会社のような業者。