表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/61

01.依頼

 それっぽい時代なので一応、「明治/大正」タグは入れましたが、別の世界の話なので、リアル「明治時代」ではありません。

 世界については、「野茨の環シリーズ 設定資料」でご確認ください。

 「探偵さんにこんなことをお願いするのは、誠に恐縮ですが、話だけでもお聞きいただけませんか?」

 養父(やぶ)氏は、洋行帰りの医師とは思えぬ程、腰が低かった。

 宍粟(しそう)探偵もつられて、低姿勢になる。


 「いえいえ、お構いなく。当方、現在は一件の依頼とてなく、開店休業の様。何なりとお話し下さい」

 養父氏は安堵の息を漏らすと、事の次第を語り始めた。

 「うちの家内の丹季枝(にきえ)のことなんですがね……」


 養父家は、千代草(ちよぐさ)区に居を構えていた。

 宍粟(しそう)探偵事務所のある糸橋(いとばし)区からは、三里余り離れている。わざわざ、遠方まで足を運ぶ理由はわからない。


 ……何か、近所に知れると困る醜聞(しゅうぶん)なのか。


 「これがまた、よくできた女房なんですよ」

 宍粟(しそう)探偵は、突然の惚気話(のろけばなし)に面食らったが、気を取り直して身を乗り出した。

 「その、奥様がどうされました?」


 「私は若い時分、官費留学(かんぴりゅうがく)で三年間、バルバツム連邦にてアルトン・ガザ大陸の医術を(おさ)めに行ったんです。この日之本帝国を離れ、家を空けていたんですが、その三年もの間、しっかり家を守り、子供らのこともちゃんとしていたんですよ」

 「奥様は、大層な良妻賢母(りょうさいけんぼ)なのですね」

 宍粟(しそう)探偵は心底感じ入った風を装い、養父(やぶ)氏が本題に入るのを辛抱強く待った。


 惚気話の次は、自慢話が始まる。

 「私は今も、医院での診療の他、帝国大学で教鞭(きょうべん)()っておりましてね、何かと多忙なんです」

 「あ、これはどうも。ご多忙の中、お運び戴きまして恐れ入ります」 

 宍粟探偵が頭を下げると、養父氏は鷹揚(おうよう)(うなず)いて話を続けた。


 「そんな訳で、家のことは家内に丸投げしているような有様(ありさま)ですが、丹季枝(にきえ)は実に気配り(こま)やかに支えてくれるんですよ。何も言わずとも痒いところに手が届くと言った按配(あんばい)で……」

 「ほほぅ……よく気の付く奥様で、(うらや)ましい限りです」


 「流石(さすが)、私が見込んだだけのことはあります。我が養父家(やぶけ)は、開国前から続く、医師の家系なんですよ。進取(しんしゅ)気風(きふう)が家訓のようなもので、結婚も、昔ながらの見合いではありませんでした」

 「……と、おっしゃいますと?」

 宍粟(しそう)探偵が水を向けると、養父(やぶ)氏は頬をほんのり染めて語った。


 「丹季枝(にきえ)とは、学生時分(がくせいじぶん)に知り合いました。丹季枝(にきえ)のご両親は、家格(かかく)が釣り合わないから、と渋ってらしたんですが、こちらが惚れこんで、先方さんを説き伏せましてね……」

 照れながらも、養父(やぶ)氏は惚気(のろけ)と自慢が混ざった話を続ける。


 「そうやって何とか結婚に漕ぎつけまして、子も二男二女に恵まれました。これまで特にこれと言って、難儀するようなこともありませんで、万事恙(ばんじつつが)なく過ごして参りました」

 「その平穏なご家庭に何ぞ、困りごとが持ち上がったのですね?」

 「えぇ……なんと申し上げましょうか……」


 ようやく本題に入った養父(やぶ)氏の話を要約すると、こうだ。

 丹季枝(にきえ)夫人は近頃、長女お(なつ)のお稽古で知り合った母親らと、付き合いを始めた。


 お稽古は七日に一遍(いっぺん)

 その帰りに、親しい家の持ち回りで、ちょっとしたお茶会を(もよお)している。話の内容は、子供の教育やら世間話など、他愛のないものだ。


 三日前、養父家(やぶけ)がそのお茶会の当番になった。

 丁度、ご隠居に来客があり、いつもの客間が使えず、別の部屋へ母親とその子供らを通した。少し気掛かりなこともあったが、お茶会は(つつが)なくお開きとなった。

 妻と女中が客を見送り、片付けに戻ったところ、異変に気付いた。


 「まぁ、案の定と申しましょうか……」

 「異変が起こることを、予測されていたのですか?」


 ……起きることがわかっていて、何故、何ら対策を(こう)じなかったんだ?


 「いえ、ね。これまでは、家人が寝静まった夜中に起きていたものですから、昼日中(ひるひなか)と思い、油断しておりました」

 それっぽい雰囲気を出す為、言い回しや単語を古めかしくしてあります。

 時々、後書きの部分にわかりにくそうな語句の説明を入れます。


 進取(しんしゅ)気風(きふう)=自ら進んで物事をしようとすること。前例や従来の慣習にとらわれず、積極的に新しいことに取り組む気質のこと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ