夢の先に
美奈は日記を閉じた。
閉じなければ、大事な日記が自分の涙で滲んでしまいそうだった。
「美奈」
優しい父の声で、さらに声を上げて泣いてしまった。
母の苦しみが、悲しみが、自分の中で染み入るようだった。
しばらして泣き止むと、父がココアを作ってくれた。カップで手を温めると気持ちが少しずつ落ち着いてきた。
「お母さんがこんな辛い思いしてたなんて知らなかった」
母の日記の端を優しく撫でた。
「お父さんは知ってたの?」
「詳しくは知らないけど、なんとなくな」
「すごいね。私は全然知らなかったよ」
父は「夫婦だからな」と微笑んだ。
「母さんは毎年伸之さんのお墓参りに行ったり、星夜祭に行ってたしな」
「それでもお母さんと結婚したんだね」
「まぁな」
「どうして結婚したの?伸之さんは確かにこの世にはいないけど、ずっとお母さんの心の中にいるって気にならなかった?」
「まぁ母さんのことが好きだったからなぁ。他の人と結婚なんて考えられなかったし、伸之さんとの思い出も含めて母さんだからな」
父が照れくさそうに笑うと、お茶の湯気がゆらりと揺れた。
「愛してたんだ」
私の問いには答えず、父はお茶を啜った。
「お母さんは、伸之さんが亡くなったのは夢のために無理をしたせいだって思ってたんだね」
だから、母は私の夢を追いかけることを反対したのかもしれない。
「本当はわかってたはずだけどな」
父は同意を得るようにお母さんの写真を見た。
「ライブが原因じゃなくて、病気のせいだってわかってたはずだよ。でも自分を責めて、夢を追いかけたせいにしないと悲しみに耐えられなかったんじゃないかな」
「お母さん・・・」
母のことを強い人だと思っていた。
でもそんな弱いところがあったのだ。
「じゃあどうして私の夢を反対したの?」
「そりゃ、美奈のことが大事だからだ。万が一にでも伸之さんみたいになってほしくないからだろ」
「・・・やっぱり納得できないな」
私は母の写真を見た。
「伸之さんが亡くなったのは不幸なことだけど・・・でも伸之さんは不幸な人生じゃなかったと思うよ」
「それは母さんもわかってたと思う。美奈の夢を応援するつもりもあったと思うよ」
そういうと、父は奥から通帳を取り出した。
「結婚するって言ってたから、式代にって思ってたけど、好きに使えばいい。母さんが美奈のためにコツコツ貯めてたんだ」
通帳の表紙をぺらっとめくると、付箋が付いている。
“美奈、頑張れ”
懐かしい母の優しい文字が揺れる。
窓からの光で母の写真がきらりと光った。
美奈は小さなトランクに荷物を詰めると、家を出た。
綺麗に青空が広がっている。
「気をつけてな」
「うん」
父に手を振ると、田舎道を歩き始めた。
(この道を次に歩くのはいつかな)
私はスマホを取り出すと、大翔にマッサージを打つ。
“今日戻るから大事な話をしたい”
私に迷いはない。
「美奈さん」
駅前に着くと、蒼汰が立っていた。
「どうして…」
驚いていると、恥ずかしそうに蒼汰が笑った。
「今日東京に帰るって聞いたので」
「お見送りありがとうございます」
「なんだか表情が明るいですね。初めて会った時以上に綺麗になってる」
蒼汰の言葉にくすぐったくなる。
「ありがとうございます」
「悩みは解決しました?」
「・・・はい。蒼汰さんが手伝ってくれたおかげです」
「美奈さんの力になれたのなら良かった。これから、どうするんですか?」
「伸之さんとお母さんの夢は途中で終わってしまったけど、やっぱり好きなことを追いかけるっていいなって私は思うから」
美由紀は鞄つけたピアノのキーホルダーを握った。
「私は夢を追いかけます」
「じゃあ僕はここから美奈さんの夢を応援します」
蒼汰は柔らかく笑った。
「じゃあ行きますね」
「あの・・・またここで会えますか?」
「夢を叶えて絶対帰ってきます」
美由紀は蒼汰に背を向けると、夢を叶える一歩踏み出した。




