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屍王子は、安楽椅子に座る。秘密を握られた探偵助手のワタシ〜泥だらけの罪と、学園のささやかな事件簿〜  作者: cross-kei
第01部:最悪の出会い

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【第3の謎】隠された予備の鍵

 翌日。

 放課後のチャイムが鳴り終わるのを待って、私は足早に教室を抜け出した。

 向かう先は、本校舎の最上階の奥に位置する生徒会室だ。


 昨日、別れ際に蓮から指定された時間は、きっかり午後4時。


『特別生徒会長室は防犯のために常に施錠しているんだ。予備の鍵は、非常用に入り口の周辺に隠してあるから、自力で見つけて中に入ってきて。見事カギを見つけられたら、君は助手試験合格だよ〜』


 まるで宝探しでも提案するかのような、無邪気で軽い口調だった。

 学園の王子であり、生徒会長でもある彼からの誘い。

 断るという選択肢は、私には最初から用意されていなかった。


 ひんやりとした静寂が漂う廊下を進み、重厚な両開きの扉を開ける。

 まず広がるのは、長机やパイプ椅子が整然と並ぶ、一般的な生徒会役員の作業スペースだ。

 放課後だというのに他の役員の姿はなく、不気味なほど静まり返っている。

 その部屋の最奥に、さらにもう一つ、立派なマホガニー調の扉が存在していた。

 学園長の息子である一条蓮専用の個室、『特別生徒会長室』へと続く扉だ。


 真鍮製のドアノブに手を掛けて回してみるが、ガチャリと冷たい音が鳴るだけで、やはり開かない。


 内側からなのか外側からなのか、しっかりと鍵がかかっていた。


 私は小さく息を吐き、壁掛け時計を見上げた。

 約束の午後4時まで、あと1分。

 急いで予備の鍵を探さなければならない。

 扉の周辺を見渡す。

 消火器、壁に掛けられた予定表。

 そして、大きなパキラの鉢植え。

 怪しいとすれば、そこくらいしかなかった。


 私は鉢植えの前にしゃがみ込み、根元を覆う黒々とした培養土をじっと見つめた。

 予備の鍵が隠されているとすれば、この中だろう。

 ゆっくりと、右手を伸ばす。

 指先が、冷たく湿った土に触れた。


 ぞわり、と。


 背筋を不快な悪寒が駆け抜けた。

 爪の間に土が入り込む感覚。

 湿った土の独特の匂い。


 それらが引き金となって、突然、胃袋が裏返るような激しい吐き気が込み上げてきた。


 視界が明滅し、昨日と同じあの『頭の奥を突き抜けるような鋭い痛み』が走る。指先が、何かひどく恐ろしいものを触っていると警鐘を鳴らしているのに、肝心の理由がすっぽりと抜け落ちていた。


(……なんだろう、この嫌な感じ。早く出してしまおう)


 私は奥歯を強く噛み締め、得体の知れない恐怖から逃れるように、土へ深く指を突き入れた。


 ただの土だ。 


 園芸用の、綺麗な土でしかない。

 自分にそう言い聞かせながら浅く土を掘り返すと、すぐに、カツンと硬い感触があった。

 土の中から引きずり出したのは、小さな透明のビニール袋に包まれた、銀色の鍵だった。


 泥を軽く払い落とし、その鍵をドアノブの鍵穴に差し込む。

 カチャリ、と小気味良い音がして、重厚な扉が静かに開いた。


 気がつけば、時計の針は約束の4時を少しだけ過ぎていた。


 扉の向こうは、先ほどの殺風景な部屋とは打って変わった、豪華絢爛な空間だった。

 アンティーク調の家具が並び、床にはふかふかの絨毯が敷かれている。

 その窓際の豪奢なソファに、彼はいた。

 一条蓮は、差し込む夕日を背に受けながら、優雅に足を組んで座っていた。

 マスターキーを持っている彼は、とっくに中に入って私を待っていたのだ。


「遅かったね、白石さん。待ちくたびれちゃったよ」


 彼は立ち上がることもなく、ただ優しく微笑んで私を迎え入れた。


「おめでとう。カギを見つけられた君は、見事、助手試験合格だよ。僕の見込んだ通り、君は『隠されたもの』を見つけ出すのが上手いね」


 その言葉の裏に他意はないはずなのに、土で汚れた自分の指先を見るたび、ひどい胸のざわめきに襲われる。


「……すみません。遅くなりました」


 私は鼓動を悟られないよう深く息を吸い込み、自分が持ち込んだ手元のメモ帳に視線を落とした。


「先輩に言われた通り、美術部の部費紛失の件で、関係者に聞き込みをしていました」


 蓮は「学園の平和を守る生徒会長として見過ごせない」などと爽やかに嘯いていたが、彼自身はこの生徒会長室から一歩も動こうとしない。


「それで? 何かわかったかい?」

「はい。最後に部室の鍵を閉めたのは副部長の男子生徒で、その直後に鍵は職員室のキーボックスに戻されています。外部からの侵入の形跡はありませんでした」


 私が報告を終えると、蓮は満足そうに頷いた。


「素晴らしい働きだね。君の足を使った丁寧な調査のおかげで、事件の輪郭がはっきりと見えてきたよ」


 彼はソファに深く腰掛けたまま、優雅に微笑んだ。


「ところで白石さん。さっき君が聞き込みのついでに美術室から持ってきてくれた、その赤い背表紙のバインダーだけど」


 私は手元にある分厚いファイルに視線を落とす。

 美術部の備品購入履歴を確認するため、私が自分の判断で借りてきたものだ。


「そのまま中を開いてみてくれないかな。僕、少し潔癖症でね。他人の触ったファイルはあまり直接触りたくないんだ。どこかに、不自然なものが挟まっていないかな」


 言われた通りにページをめくると、裏表紙のポケットに一枚のレシートがねじ込まれるように挟まっていた。

 高価な画材を購入した日付が、部費が紛失した日の直後になっている。


「えっ……これって……」

「うん。おそらく副部長の彼が、自分の画材を買うために部費を使い込んだんだろうね。隠す場所がなくて、咄嗟に手元にあったバインダーにレシートを隠して、そのまま提出してしまったんだ」


 蓮の声は、犯人を糾弾するような刺々しさはなく、ただパズルが解けたことを純粋に喜んでいるようだった。


「先輩、すごいですね。ここから一歩も動かずに、犯人がわかるなんて」

「君の優秀な足があったからだよ。僕一人じゃ、絶対に解決できなかった」


 無邪気に笑う彼。彼と一緒にいれば、私の秘密は絶対に安全なはずだ。それなのに、なぜか私の心は、真綿でゆっくりと首を絞められるような、奇妙な息苦しさを感じ始めていた。

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