宵星生体美術館1
「宵星生体美術館、ね」
その時桃の目にとまったのは、恒星ネットワークチャンネルの広告だった。シバカリ中のジジがいつも流しっぱなしにしていた。耳の遠いジジが流すのはいつだってうるさい。
「お前も興味あんのか? なら行ってこい」
「いかないよ。興味ない」
行きたい、なんて言えなかった。だってこの星じゃ、止めさせれば『自由侵略罪』で捕まってしまう。それにババのいない今、桃が離れればジジはひとりになってしまう。
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「分かった。言い方が悪かったな――行ってきてくれんか。あいつが美術館に行ってもうひと月になる。わしら夫婦が星府から任されている仕事を、わしはほっぽり出して行くわけにはいかんのじゃ」
真っ白なヒゲをしゅんとさせて弱く笑うジジに、桃は思わず抱きついた。いつも孤高に振る舞うふわふわ白猫人のジジがそんな隙を見せるのは珍しい。
「ジジ――寂しいの、苦手でしょ」
「そんな訳あるか。そろそろ保存食の期限が切れる前に片付けたいだけだ」
イカ耳にぶすくれた声だが、保存食を食べるのは桃とジジだけだ。違法改造猫人のババが摂取する固形燃料に期限はない。ジジは今日もまぶしい。あ、やば。
「っ――ちょっと待って」
喉の奥から熱い息が漏れた。まずい、発作の前兆だ。桃は慌ててマスクを口周りに吸着させた。背のシリンダーに繋がるマスクの表は布だが中は固い。冷たい感触にほっと息をもらせば、そのまま発作が襲ってきた。絞りだすように、高速で歌を紡ぎあげる。高く低く音を絞り出せば、胸のつかえが薄れていく。
この光源症は稀有な病なのだそうだ。光に焦がれ、吸い寄せられ、歌を生成する。幸いこの奇病の症状は、多少の発熱と歌の発作だけだ。ただ発作を我慢しすぎると、箍が外れた瞬間から死ぬまで歌がとまらなくなる。
「分かった、美術館からババと一緒に帰ってくる」
「よし、ちょっと待っとれ」
ジジはそう言うなり、隣部屋へ飛び込んだ。
白猫人ジジと黒猫人ババの仕事はネズミ取りだ。この星に不法侵入しようとする生命体を鹵獲、侵入禁止のタグと感知センサをつけて星外へ強制送還する。
この星は半分宇宙塵に覆われている。そのゴミに紛れて星に不法侵入しようとするものは後を絶たない。だからネズミ捕りが仕事として成り立つ。シャトン・ドゥは特別な星だから仕方ない。
赤子だった桃が入っていた冷凍睡眠航行船も、そうしてこの船に捕まったらしい。しかも名前の由来は、シールドに激突した拍子に桃のように割れて出てきたからだという。ジジとババに大事にされた自覚はある。だけど時折、ババのあっさりとした告白が、今も桃の胸をちくちくと刺激する。
「持ってけ」
ジジがガラクタ部屋からはたいて持ってきたのは、指先程の丸がいくつもついたチャーム。
「なにこれ」
「ババ特製のKIBi-d@ngoだ」
「きび――なんだって?」
「キビ・ダンゴ、だと。長ったらしい名前は忘れた。お前の特性じゃ、みすみす餌になりに行くようなもの。困った時はこれを使ってどうにかするといい」
受け取れば、主要端末・猫係がひと鳴きして、接続を知らせてきた。ババ特製ならクセは強いが役に立つ。この船が星雲一の稼ぎ頭なのは、伊達じゃない。ババのこういうところが眩しくて発作がおきるんだよな。本人がいたらヤバかった。まあ、どうにかすれば良いか。軽く考えて鞄の留め金にひっかけた。
「これでどうにかなるの――いや、ならない訳はないと思っているけどさぁ、大体余計な苦労が増えるじゃない」
「それは作成者に言え。桃、頼んだぞ」
「はぁい、行ってきます!」
下ろしてもらった大気圏外駅は、観光客でごった返していた。銀河系星団のうちでも、ひときわ煌びやかなガス星雲の中心星シャントン・ドゥは古い歴史持つ由緒正しい開拓星だ。過去の遺産をひと目見ようと訪れる旅のものは絶えない。星府は大量の観光客を捌くため、居住地と観光地をしっかり分けた。だがそれでも分けきれないのは生きた街だからこそ。桃はマスクをつけて、視線を猫係に落とした。
暇に任せて調べてみれば、宵星生体美術館はいわゆる動物園を模したところだった。
「この星系で野生動物は全生命体のうち、既に0.1パーセントを切るほどしかいないのにゃ。保護の為、動物園が認められているのは星系の中心にある一ヶ所だけですにゃ」
ピアス端末が猫係からボイスを受け取る。最近導入された、時折紛れむ媚びの語尾は未だに気に入らない。それでも変えられないので、聞き流すのにも段々慣れてきた。
動物園はひとつでも、立ち入り禁止の保護区が多数あるのは、動物の生息地を変えないようにする為だという。
「しかしこれでは動物の存在は忘れられるばかり。情操教育の問題もあり、代替として『デザニマル』たちが編み出されましたにゃ。彼らは生きた工業芸術品ですが、環境保護の為飼育環境は厳しく管理されています。デザニマルたちは当初は野生に似せられていましたが、今では人型に任意の要素を任意の割合で混ぜこむキメラばかりですにゃ。その生存期間は精々数十年。しかし、飼育当初は守られていた育成環境が、飼い主の喪失や経済的理由で育成が難しくなるケースも多々発生しました」
野生化したデザニマル達のトラブル解消に建てられたのが、生体美術館だ。
「陳列される彼らのバックヤードには、同族が穏やかに暮らしていけるだけの設備と資材が投じられます。税金も投じられていますが、より良い環境と飼育の為に入館料もしっかりとっているようですね。来館者たちがこぞって安すぎると言うので、取り組みとしては上手くやっているようですにゃ」
桃が美術館の前にやって来た時には、とっくに日は暮れ、もう閉館間際だった。
ぐるりと広場を取り囲む三階建の建物は、王朝時代に作られたと言うだけあって、優美で壮麗だ。『宵星』とは更けきらない薄闇に浮かぶ星だという。確かに、建物から落ちる光はどれもうっすらと浮かぶばかりで、眩しくはない。
「ババが居そうなところってどこだろ」
見まわす辺りには誰もいない。この美術館のほとんどはこの広場の地下にあるのだという。広場中央の小さな温室がその入り口だという。
桃は金色の羊歯の装飾ノブを開いて中に入った。思ったよりひんやりとした空気を割って、目の前にあった大きな螺旋階段を降りはじめた。




