夜が嘘をついた日
『約束だよ?』
その声は、今も耳の奥に残っている。
笑いながら、確かに、言ったのだ。
約束の結晶をひとつひとつ繋げて、腕輪を作った。
互いの時間を閉じ込めるように。壊れぬよう、祈るように。
けれど──千切ってしまった。
あんなに何重にも祈って結んだはずだった。
恐れが手を震わせ、震えが糸を裂いた。
音は、小さく、でも脳裏に焼きつくほどに──ぷちん、と。
結晶は無惨に散らばり、まるで誰かに放り捨てられたよう。
それでも時折、光を掠めて、誰かの手のぬくもりでも思い出したように、また沈黙する。
誰かに奪われるくらいなら、忘れるほどに沈めてしまって。
月は高く、冷ややかに笑った。
『守る気なんかなかったんだろうよ』
宵待草が風に揺れながら、甘く囁く。
『都合のいい約束なんて、最初から嘘でしょう? 守られた約束なんて、恋と似ていて、どこかで崩れるものよ』
黒猫が足元で、にゃおんと泣いた。
その瞳の奥に映っているのが、誰なのかは、もう分からない。言葉にならない痛みを代弁するように。奥には、まだ残滓のような光が瞬いていた。
『夜のせいにしても、約束は戻らねぇよ』
それは──誰の言葉だったか。
あのひとのものか、自分のものか。あるいは、もっと別の約束の、亡霊か。
沈黙の中で、結晶を拾い上げる手があった。
砕けたままの破片を、そっと、ひとつまたひとつ。
血が滲んでも構わないとでも言うように、静かに、確かに。
その手が、夜を駆け出した。
たとえ、かつて自分の手を握ってくれたあの人ではなくても。そうであっても。
けれども、それでも──間に合わなくても、何も残されていなくても。
追わずには、いられなかった。
──守れなかった癖に、抱え込むくらいなら。
砕いた方が、ずっと誠実だった。
……それでも。
夜はまだ、黙っていた。
何も語らず、ただ月を抱きながら、影を伸ばしていく。
どこまでも、どこまでも。
沈黙だけが、最後の約束のように、月の下にぽつりと残された。




