表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

破滅の残響、歌の刺繍



星図が示したのは、『破滅の残響』――

宇宙の祖にして、今なおひび割れ続ける“始まりの穴”。


それは「成人の儀」などと呼ばれていたが、実質は選別だった。

星図に名を刻まれた者は、裂け目に触れ、そのまま還元される。

だが彼はその星図に、奇妙な震えを感じた。

祈りのようだった。誰のものかも分からない、切実な鼓動。


彼は胸にあの日の野の花束を抱き、糸の魔物の星間用の紗幕スーツを纏って、静かに旅へ出た。


――破滅の残響へ。



始原の座へと近づくにつれ、宇宙が軋み出す。

風は金属の悲鳴を孕み、紗幕の外殻を削っていく。

 

紗幕が欠けるたび、彼は祈るように歩いた。 

足跡の白雪が、途切れ途切れに銀糸のように残っていった。

 

熱は奪われ、視界は歪む。

指先がひび割れ、骨の中で凍結音が弾ける。


一歩ごとに、命の一部が剥がれ落ちていった。

それでも彼は、脱ぎ捨てるように、静かに進んだ。

“始点”だけを見つめて。

 

極寒の嵐が吹き荒れるたび、

彼の意識は塵になりかけ、心の火は燻るだけになった。

恐怖の核が、思考の底にへばりつく。


 

それでも。誰かの切実な祈りは、きっと――

 


そして辿り着いた。

世界の始まり――『破滅の残響』。


そこには寒さも風もなかった。

残っていたのは、音のない断末魔、過去の嘆き、未来の死、あらゆる「おしまい」が滲み出す空白。


誰かの涙。

何かの断末魔。

歴史の終息。

夢の崩壊――

世界に遍在する終焉が、ここに集約されていた。


だが彼は気づいた。

この“裂け目”から漏れ出す震えこそが、

どこか、胎動に似ていることに。


終わりの裏には、まだ名もない“はじまり”が蠢いていた。


だから誰も、戻れなかった。

だから誰も、塞がなかった。



その奥にいたのは、“終わりそのもの”。

静かに座し、空虚な目で彼を見つめ返していた。


名前もなく、未来も望まず、

ただ終わるために、そこにある存在。

それは膝を抱えて座っていた。

この宇宙で最も古く、最も幼い。

あらゆる終わりが集積して生まれた、名もない“孤独”。


誰にも触れられず、寒さに耐えていた。

あるいは訪れた者を喰らって、終わり続ける有機体のように。

 

怖ろしくて、孤独で、だからこそ、自分によく似ていた。 

それなのに、美しい。

 

“終わり”を、そっと抱き寄せる。

そして静かに告げた。


「おまえは、あたたかいな……」


微かな明滅に、満足してまぶたをおろした。





……それから、幾星霜。

紗幕の、祈りの破片が、一匹の魔物に届いた。 

 

「……この白雪、ずいぶん遠くから来たのね。どこか見覚えのある祈りの破片」

 

それを見とめ、彼女は歌を手に、破滅の残響へやってきた。


お気に入りの角には蔦星花、尾の先にはひとつまみの星砂。

身に纏った銀河のショールは彼女のリズムで煌めいている。


「うん、いい素材ね。――このままなんて、勿体ないわ」

そう言って、周囲をまあるく囲む。


立体刺繍の椅子。

裁縫道具は宙に舞い、好きな高さで、好きな順に並んでいく。

まるでその場が、彼女の工房になると決めたかのように。 


魔物はやさしく、かすかに――歌う。

その歌声を、糸にして。

ただ、一針、一針。

柔らかな沈黙のなかで、銀の糸を通していく。


それは、どこか懐かしい色だった。

触れれば消える祈りのように、ひび割れた空間をなぞる。


「裂け目は、美しい。でも――継がないと、残せない」


そう言って、彼女は針を刺した。

傷を飾るためではない。

傷が、ちゃんと“ここにあった”ことを忘れないために。


彼女は“終わり”の影に膝をつき、宇宙のほつれに、そっと刺繍を始めた。

見えないほど細く、誰にも気づかれぬほど繊細に。

けれど、確かにそこに――花が咲いた。


白い花。

青い花。

三色の花。


誰かが供えた野の花によく似ていた。


“終わり”は動かない。

その沈黙のなかに、小さな音楽が生まれた。

それは、かつての子守唄のように、微かで、あたたかかった。 


縫い進めるたびに、宇宙の鼓動が――ふっ、と蘇る。

それは、始まりではない。

けれど、終わりだけでも、なかった。


「……縫えるのよ。どこまでだって」

彼女は、裂け目の向こう、広がる“無”へと、針を投げた。

針は鳥になり、風に似た音楽を連れて、彼方の果てへ縫い進む。


そして、笑った。

悲しみも、絶望も、糸に変えて。

言葉にならなかったすべてを縫いながら――


世界は、しんしんと、縫い込まれてゆく。

誰にも気づかれぬまま、終わりの裂け目から、新しい物語が滲み始めていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ