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劉皇国戦記  作者: リューク
第二部江南地方制圧戦
29/78

試験終了

 歓声で沸いたのは最初だけだった。

 理由としては、1回戦が始まって20分が経過したが、両軍ともに派手な動きはないまま時間だけが過ぎていたからだ。

 それもそのはずで、この試験は元々軍掌握能力をはかる為のものだからだ。

 これまで顔も知らない人がいきなり司令官として出てきても、この時代の軍は機能しない。

 軍を機能させるには、司令官と兵卒の関係がしっかりと構築されていないといけないのだ。

 

 「まぁ、予想通りではあるが、1時間経っても動きが無い場合は、試験を終了させるか」

 

 「かしこまりました」

 俺の呟きに横で控えていた尹魁が返事をして、兵に何事か伝えていた。

 まぁそう簡単に指揮官が手に入るとは思っていない。

 この状況でどうやって兵を動かすか、知恵の回る奴が欲しいというのが本音だ。

 その為に、試験の告知をした時に合格者の数を発表していないのだ。

 

 「せめて一人くらいは候補が欲しいものだな……」

 今度のつぶやきは尹魁にも聞こえていなかったのか反応が無かった。

 

 当然と言えば当然だが、動きの無いまま2回戦終わってしまった。

 1回戦は動けず、2回戦は無理な命令を出して自壊する醜態を演じていた。

 

 そして、3回戦である。

 対戦者は、林冲という初老のおっさんと、史明という20代半ばの男だった。

 両者は共に開始から10分は動かなかったものの、10分が過ぎた頃から陣形が動き始めた。

 林冲は逆三角形を形作る魚鱗の陣、史明は両翼がㇵの字になる鶴翼の陣を敷いていた。

 

 「ほう、あの短時間で軍を掌握したぞあいつら」

 

 「ただ、陣形の相性としては林冲の方が、分が悪い感じですね」

 俺の隣で尹魁が同意しながら分析をしていた。

 こいつ、文官だよな?なんで陣形の相性なんかしっているんだ?

 

 「一応勉強させて頂いております。主の求めにいつでも応じられるように」

 そういって、尹魁は若干隈のできた目で俺を見てきた。

 

 「そ、そうか。嬉しいがあまり無茶するなよ」

 

 そんなやり取りをしていると演習場で動きがあった。

 なんと、林冲が戦闘に立っていきなり突っ込み始めたのだ。

 一応規則として、頭部、胸部中央に当たらない限り大将の一発退場は無しとしているが、先陣切って突っ込む奴が居るとは思っていなかった。

 

 この動きに、史明も若干戸惑ったのか反応が鈍かったが、すぐさま矢を番えて射始めた。

 ただ、林冲が止まらない。魚鱗の陣の先頭に立っているのだが、遠目で見る限り矢が当たっていないのだ。

 

 しかも兵がしっかりと魚鱗の陣を形作ったまま鶴翼の陣に流れ込んだ。

 こうなると大将同士の一騎打ちになってしまう。

 と思っていると、林冲が一撃で史明を打ち取ってしまったのだ。

 

 それまで動きの無かった戦いから一変したこの戦いに、固唾を飲んでいた観客も一気に盛り上がり、林冲と史明を讃える拍手と歓声が響いた。

 

 「これは、かなりの拾い者じゃないか?2人も居たぞ!」

 流石にこの2人には俺も興奮を隠しきれず、立って拍手喝さいを送ってしまった。

 

 ただ、この後は酷かった。

 4回戦、5回戦と素人丸出しの戦いが行われたのだ。

 流石に今回の様な急場の募集ではこうなっても仕方が無いと言える。

 しかし、観客は3回戦の両名の試合を口々に語りながら、満足している様子だったので、その点に関しては安心している。

 

 全ての試験が終了した後、閉会の宣言と今回の合格者の発表である。

 俺が自席から立ち上がると、全員が注目してきた。

 

「さて、今回試験を受けに来てくれた事、誠に感謝している。この場で採用される者、後日便りの行く者とあるが、まずは全員の健闘を称え拍手を送りたい」

俺が言うのと同時に、会場から割れんばかりの拍手が鳴った。


「では、合格者の発表である。今回の採用試験で合格した者は、林冲、史明の2名である。両者共に係りの者に従って、後ほど我が執務室に来るように。残りのものは、残念ながら今回は見送りとさせて頂く」

そういうと、2人は係りに連れられて会場を後にした。


「これで、今回の試験を終わるのだが、その前に1つここに集まる者に報告がある。私の隣に立っている楊玉麗を我妻として迎え、大々的に式を執り行うことをここで宣言する。日程については、明日立て札にて知らせるのでそれまで待ってほしい」

そこまで話すと、観客からは驚きと祝福の声が響いた。


「最後は私的な報告になったが、こにて指揮官採用試験を終わりとする」

そう宣言すると同時に銅鑼の音が鳴り、俺と重臣達が退室していった。


俺は会場を後にすると、すぐに執務室に向かった。

執務室に入ると、林冲と史明らしき人物が既に入室して待っていた。


「両名ともお疲れの所ご足労頂いてすまんな」

自分の席に座りながら、そう二人を労うと、史明は恐縮し、林冲は泰然自若といった感じでこちらを見た。


「さて、2人にはこれから我が軍で戦ってもらうのだが、史明殿には林冲殿を補佐して頂こうかと考えている」


「ほぅ、それは一体どういったお考えで、ですかな?」

俺の提案を聞いた林冲が、俺に補佐など要らないと睨みつけんばかりの勢いで見てきた。

こいつ、年下の俺を見て試そうとして来てるな。


「それは、林冲殿の戦い方に不安があるからですよ」

俺がそう言いながら、お返しとばかりに睨みつけてやった。


「私の戦い方のどこに不安があるのですかな?」

なまじ自分の力に自信がある奴は、突出する傾向がある。

中には自制して中央で戦う者も居るが、どうも先頭に立ちたがるのだ。


「それは林冲殿が戦闘に立って戦うからです。この方法の場合、もし万に一つの事があった場合、軍全体が機能しなくなります。その点史明殿なら軍中央から陣を変更する事も可能ですので、林冲殿と組んで万が一に備えて頂きたいのです」

俺がそこまで言うと、林冲が今度は笑顔で問うてきた。


「では、某に起こる万が一とはどの様な時に起こるのでしょうか?」


「そんなもの簡単です。突出してくるなら、左右に兵を伏せ、前と左右から弓で戦闘を射ってしまえばその時点で終わりです。何もできないまま終わるでしょう」

そこまで聞いた林冲は大声で笑い始めたのだった。


「はーはっはっはっ!確かに確かに、いくら某が達人でも四方八方から弓を撃たれてはどうしようにもなりませんな。かしこまりました。史明殿さえ良ければ私の副官として一緒に行動して頂きたい」

了承する林冲を見ながら俺は、「やっぱり試してやがった」と思いつつもにこやかに笑って史明に話を振った。


「では、史明殿。林冲殿の副官という事で異存はありませんかな?」

俺がそう問うと、史明も苦笑しながら異存がない事を言ってきた。


「もちろん異存などありません。頑張って林老人の手綱を握ってみましょう」

彼なりのささやかなやり返しも、林冲は気にしていないのか、大いに笑いながら肩を叩いていた。


彼らが出陣するのは、この2週間後の事だった。


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