後宮入り
「あ、あの、私も何かおてつ…」
「ハナコ様、ごゆるりと。あ、マリーそれはそちらへ!」
「かしこまりました。」
…。
「あ、本をしまうくらいなら…」
「ハナコ様、どうぞ、おくつろぎを。あ、メリーシア、それはこちらへ!」
「はい!」
……。
「アイリーンさん、あの、私も…」
「ハナコ様、どうぞ、ハナコ様のお好きなお茶でございます。」
「あ、いただきます…。」
王様に後宮入りをして1ヶ月。私の方の準備も…、アイリーンさんが取り仕切って瞬く間に終わり、本日めでたく後宮入りしました。
そして、お部屋に通され、カッパニーニ邸から私と一緒に来てくれた、アイリーンさん、マリーさん、メリーシアさんは忙しなく荷ほどきに追われています。
私も何か手伝おうとしたのですが、やんわりと…いえ、雰囲気的にはきっぱりと断られております。
それでも懲りずに何か出来ることはないかと目論んでいると、コンコン、とノックの音が聞こえてきました。
アイリーンさんがドアを開けると、女性の方々、10人前後でしょうか、がいらっしゃいました。
「ハナコ様、こちらの方々はこの後宮の女官でございます。」
「ハナコ様、お初に御目にかかります。私、女官長のサラサと申します。後ろの者達は主にハナコ様の身の回り、この青の間のお世話をさせていただく者達でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
そう言って一斉に頭を下げられました。
そこで、私は思わず焦りだしてしまいます。
「え、え!?アイリーンさんやマリーさん、メリーシアさんは!?帰ってしまうのですか?」
急に、物凄い心細さが私を襲います。
すると、そっと、手に触れるものを感じたかと思うと、
「まさか、ハナコ様。ハナコ様の身の回りのお世話は今まで通り、私たちがやらせていただきます。しかし、お屋敷とは些か勝手が違うため、女官のかたにもお手伝い願うのですよ。」
優しく、優しく、目尻に皺をよせ、私の手にアイリーンさんのそれを添えながら説明してくださいます。
「そう、ですか。ごめんなさい、私ったら…。えっと、女官長、それから皆さんも、ハナコ.ノハラと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
自分の勘違いを恥ずかしがりながらも、仕切り直しとばかりに、立ち上がり、淑女の礼をとる。
すると、
…。
……。
………。
えっと、私、また何かいけないことをしてしまったでしょうか?女官長はじめ、女官の方々が目を見開いて固まっておいでです。
「えっと、あの、ご、ごめんなさい?」
私は大分慣れたとはいえ、この世界に来てまだ半年足らず。こちらの常識や分からないことなど山のようにあります。なので…
取り敢えず謝ってしまえ!と、再び頭を下げようとすると、俄にドアの向こう側が騒がしくなります。
おや?と、様子を伺っていると、ゆっくりとドアが開き、
「王様!」
王様が姿を表しました。
思わず、駆け寄りそうになり、思い止まります。ここは王様の執務室でも、カッパニーニ邸でもありませんでした。
そんな私を見て、王様の目が細められます。
「ハナコ、良く来た。おいで。」
と、おっしゃって下さいます。
王様がそうおっしゃっるのなら、ということで、そろそろと、王様に近付く私。
王様が手を広げて下さいます。
ぽふ、と王様の胸に飛び込めば、優しく包んでくれる、お洋服の上からでは一見わかりずらい逞しい腕と、王様の匂い。
…落ち着きます。
「ゴホン。」
私が思わず王様の腕の中で寛いでしまいそうになっていると、王様の後ろから人の気配が…
「グレースさん!」
何だか苦笑い気味のグレースさんが立っていました。
「気が付いて頂けて良かったですよ、ハナコ嬢。」
そう、グレースさんがおっしゃるのが早いかどうか、スルッ、と王様をすり抜けてグレースさんの元へ。
「わあ、本当に王様以外の男の方も入れるのですね、この後宮は!」
「クスクス。ハナコ嬢の故郷の後宮では入れなかったのですか?」
「う~ん、確か、そうだったような。」
マミーがちょこちょこチャンネルを変えるのでその辺は実は曖昧なのです。でも、確か、
「私の生まれた国以外でも、後宮はありましたが、その多くは王様以外の男性は入れなかったと思います。」
私がそう言うと、グレースさんはその端正で麗しいお顔を、更に美しく微笑みを讃えたものにし、
「では、こうして度々ご機嫌伺いに参りましょう。」
とおっしゃってくれました!
「本当ですか!?」
私は、この後宮という独特の場で、アイリーンさんや王様以外の、気心が知れた方が度々来てくれると思うと、嬉しくて、思わず、グレースさん飛び付きそうになります。
しかし、
あれ?
と、思うと既に再び王様の腕の中にいました。
「王様?」
背中から抱き締められる形のため、顔だけを後ろを向き、コテン、と首を傾けます。
すると、やや慌てた顔の王様がいらっしゃいました。
「ハナコ…グレース、だから付いてこぬとも良いと申したのをっ。」
「おや、王。カッパニーニ家はハナコ嬢の保証人。云わばこの世界での実家のようなもの。様子を見に来るのは、当然ですし、これからもそれは義務のようなものですよ。」
悠然としたグレースさんの微笑み。う、麗しいです。
グレースさんの絶世の微笑みに、私が悶えていると、王様が、
「ハナコ、あれは毒のようなものだから見るな。」
と、腕に力を込めます。
言われた意味がわからず、まだまだ私、勉強が足りないのね!ここでも勉強を続けなくては!と、秘かに決意していると、
「王様、宰相様も、ハナコ様は今日はお疲れですよ。」
と、優しい声が聞こえる。
「アイリーンさん。私はだいじょ…」
「お話しされるのでしたら、こちらへどうぞ。お茶の準備が整ってございます。」
そう、優しく、けど、有無を言わさぬ感じでアイリーンさんがおっしゃる。
ふと見ると、いつの間にやら復活した女官さん達が荷ほどきをほぼ終らせ、マリーさんと、メリーシアさんがお茶の準備をし、控えております。
「この香り、ハチミツ入り!?」
「ええ。ハナコ様がお好きですし、今日はお疲れでしょうから。」
そう言って優しく微笑んでくれるアイリーンさん。
「ありがとう、アイリーンさん。」
私がそう言うと、再び女官さん達が一時停止します。
なんでしょう?後宮ではこういうマナーがあるのでしょうか?取り敢えず、
「女官長、皆さんも、今日はありがとうございました。皆さんこそお疲れでしょう?明日から、よろしくお願いしますね。」
そう言って微笑んでみる。すると、女官長が、
「ハナコ様、私共に礼など…」
と、困ったような、狼狽えたような様子で畏まる。
「良い。良いのだ。ハナコはこれで。」
すぐ横で、落ち着いた、穏やかな声が聞こえたと思うと、王様がそうおっしゃる。それを聞いた女官長はじめ、女官さん達が目を見開き、そして、落ち着きを取り戻した女官長が、
「かしこまりました。ハナコ様、こちらこそよろしくお願いいたします。」
と満面の笑みで言う。
「はい!」
私はまだまだ勉強不足で、知らなくてはいけないことが沢山あるけど、何とか頑張れそう、そう思えたら、淑女らしからぬ元気な返事をしてしまいました。
…だけど、皆の目が優しいものだったから、大丈夫ですよね?




