29 最終回
契約結婚は楽しくもあるが、日々、ミユちゃんへの思いが募り、俺は最近色々辛くなってきた。
彼女に、触れたい。でも、触れられない。めちゃくちゃ近くにいても、出来ないのが余計辛い。
そんな悶々とした日々を過ごしていたら、ある土曜日の午後に事件がおこった。
その日は何故か朝から胸騒ぎがした。
お出かけしていたミユちゃんから、昼過ぎにお持ち帰り専門の焼き鳥屋に寄ってから帰ると、Limeでメッセージが届いた。
俺の好物が焼き鳥なので、近くを通ったので買って帰ると言ってくれたのだ。
何となく心が落ち着かない日だったので、そんなのいいから早く帰って来てくれと言いたかったが、彼女も焼き鳥が食べたいのかもと思い、ありがとう、早く食べたい。とだけ返した。
そしたらしばらくして、元彼と偶然会った、ウザイ、助けて、迎えに来て。
と、またLimeで連絡があったので、急いで車でお持ち帰りの焼き鳥屋へ向かい、近くの駐車場に車を停めて店に行ったが、ミユちゃんが店の側に居ない。
おかしい。迎えに来てって言っといて居ないのはおかしい。
店の人に聞いてみよう。
「あの、少し前、ここにサラサラロング髪の綺麗な女性が焼き鳥買いに来ませんでした?」
俺は結婚式のみゆちゃんの写真をスマホの待ち受けにしていたので、それを焼き鳥屋の店主に見せた。
「あー! この綺麗な人! 来てましたね、知り合いの男性が後から来て、何か揉めてるようでした」
「え!? 何処に行ったからわかりませんよね?」
「タクシーでどこかに行ったみたいですが、行き先までは」
「揉めてたのに? 通報は?」
「すみません、元カノだのやり直したいだの言ってたから、ただの痴話喧嘩なのかと」
!!
「彼女、タクシーには自主的に乗ってたんですか?」
「なんか手を引かれてましたが……すみません」
鼓動がバクバクと跳ねる。
目の前が揺らぐ。いや、倒れてる場合ではない。
なんか昔の男と揉めて、それからタクシーに強引に引っ張られて行ったのか?
店の人は痴話喧嘩に見えたと言うし、面倒事にはかかわりたくなかったのだろう。この人に怒っても仕方ない。
とりあえず本人に連絡!
『ミユちゃん、今どこ? 焼き鳥屋に迎えに行ったらタクシーに乗せられたらしいから心配してる』
……数分待つが、彼女から返事はないし、既読もつかない。
俺は万が一に備え、ミユちゃんのタブレットから、紛失した端末、スマホを探すモードを使って居場所を探ることした。たまに一緒に動画見るのに使わせて貰うので、暗証番号は教えて貰ってる。
出た! 探したらスマホの現在地が移動してる。
まだタクシーで移動中か!!
絶対に逃がさんぞ!!
地図を見たら、とあるアパートにてミユちゃんのスマホの移動が止まった。
俺は近くのコンビニに車を停め、車に備え付けていた閉じ込め防止の緊急脱出用ハンマーを取り出し、リュックに入れてそれを背負い、すぐにタブレットごとミユちゃんの元へ向かった。
そして地図を頼りにそれらしい場所に着いた。
古いボロそうなアパートだ。
サビのある階段をかけ上がり、俺はとある部屋の前で足を止めた。
……この部屋か? この部屋だよな、スマホの位置が示す場所は。
ひとまずインターホンを鳴らしてみた。
しかし、返事がない。……イライラする。胸騒ぎが収まらない!
でも、人の気配はするのだしいるはず!。
ドンドドンドン!!
次にドアを拳で殴ってみた。
ドアノブも回そうとしたが、鍵はかかっていて、開かない!! くそ!!
「警察だ! 開けなさい! 女性が拉致されたと通報があった!!」
警察じゃないし、通報も嘘だけど!この際嘘も方便!
するとガタン! という音が中から物音が聞こえた。絶対に中にいる!!
「居留守は通用しません! 開けないならドアを破壊します!」
と。俺は言葉を続け脅してみた。
しかし、やはり返事がない。
そうか、あくまで居留守を使うか……どうする?ガチで警察呼ぶか?
いや、俺がこの扉破壊した方が早いか。
ミユちゃんがこの部屋で何されてるかわからん!
一刻の猶予もないかもしれない!!
俺はリュックを下ろし、ハンマーを取り出してドアを破壊することにした。
鍵の側を狙って。
ドガンドカンと派手に破壊音をさせて、俺は破壊したドアの穴から手を伸ばし、無理やり鍵を開けた。
破れたドアがギザギザして、突っ込んだ腕から血が流れたが、そんなのどうでもいい。
俺は地を流しつつ部屋に踏み込んだ。
中にいたのはカメラを構えた男が一人と、奥に知らない女が一人。
それと後ろ手に縛られて意識なく倒れてるミユちゃん!!
着衣の乱れもある!俺は頭に血が昇り、土足のまま彼女に駆け寄り、そばに居た男を蹴飛ばした。
「ぐあっ!!」
吹っ飛んで声を上げた男を尻目にミユちゃんに声をかける。
「ミユちゃん!!」
着位の乱れを直して彼女を抱き起こしたが、目覚めない。
「な、なんだよ、いってーな! お前警察じゃないのかよ!」
「お前こそ俺の妻に何をした!? ぶち殺されたいのか!?」
俺は血濡れのハンマーを持って土足で上がり込んでるので、相手はドン引きしてる。
「ひいっ! な、なんも!」
男がふざけた事を言う。
「何もしなくてなんで、俺の妻が倒れてる!?」
「ちょ、ちよっとクロロフォルムで気絶させただけで!」
奥にいた女がそんな事を言う。
「クロロフォルムで気絶させて何する気だったんだ! そしてなんでそんなもんを都合よく持ってんだよ!」
俺は男に近寄り、胸ぐらをつかんだ。
「クロロフォルムは昔、薬学部にいたからで……そんで今はお金に困ってるから少し寝てる間にちょっと協力して貰おうと」
「何の協力だよ!?」
「さ、撮影、ほら、ミユって美人だし、スタイルもいいから」
女がいるならやり直したいとか言ってたらしいのも嘘か。なんなんだこいつ。
「はあ!? 撮影なら自分の女に頼めよ! 何を人の妻を攫ってやがる!」
「ひい!! け、警察!」
女がスマホで警察を呼ぼうとした。
「呼べよ! くそ誘拐犯どもが!」
「わ、わたしは関係ない! マサルが勝手にやった!!」
女が言い訳をした。
「おい! それはないだろ! お前の金使いが荒いせいでこんなことになったんだぞ!」
二人が仲間割れを始めたが、やがてサイレンがこちらに向かって来る音がした。
「誰かが通報してくれたらしいな」
恐らく俺がこの部屋のドアを破壊したせいだろう。
やがて、警察が来て、
「なんで先に通報しないんですか!」 と、俺は怒られた。
「妻が誘拐されたんですよ! Limeで助けを求めてきたのに現場にいなくて、タブレットの追跡機能で 追いかけて運良く見つけたはいいが、警察を待ってる間にレイプとか完了したら取り返しつかないでしょう!!」
「むう、それは確かに……」
犯人の男が金に困ってエロい動画を撮影しようとし、クロロフォルムなんかも持っててタチが悪い犯行だったため、俺は事情を考慮されて破壊したドアの修理費を出すだけで無罪になった。
そして当然、みゆちゃんの元カレと元友人は普通に警察に捕まった。
ざまみろ。
◆ ◆ ◆
「いや、大変な目にあった……マサルのやつ、あそこまで落ちぶれていたとは」
ミユちゃんは警察から帰って来て、まだ青ざめていた。よほど怖かったのだろう、可哀想に。
犯人のやつ、殺したいほどムカつくけど、流石に俺が刑務所に入ってはその間彼女を守れない。
「タブレットの追跡が機能してて良かったよ。生きた心地がしなかった」
「助けてくれてありがとう……でも、自分でドア破壊するより普通に警察に通報してよ」
「警察が来るまでに、酷いことされて間に合わなかったらと思ったらとても……」
今度は俺が震え始めた。
情けない。
そしたら、ミユちゃんが俺を抱きしめて背中をポンポン叩いてくれた。
「ごめんね、そうだよね……私を心配してくれたんだもんね」
……もう、俺はミユちゃんに嘘をつきたくない。
白状しよう。
「俺、ミユちゃんに嘘ついてたことある」
「え?」
「両親の死因さ、事故って言ってたけど、本当は、強盗殺人だったんだ」
「な……」
思わず絶句して二の句が継げないミユちゃんが、俺を抱きしめたまま、動きが止まった。
「……重いから、素直に言えなくてごめん」
「それは……仕方ないね」
「もう1つ、嘘がある」
「え? まだ? 実は借金あるとか!?」
借金ではないと、俺は頭を振った。
「ミユちゃんが……好きだ」
「うん?」
ミユちゃんはびっくりしたのか、俺から体を離した。
そして、俺の目を見た。
「友達としてではなく、一人の女性として、どうしても好きで、側にいられるならただの契約結婚でもいいと思ってた……でも、だんだんしんどくなって来て……」
「しんどくなると、どうなるの?」
「ミユちゃんが現実の男に幻滅して嫌気がさしてるのはきっと例のあの男のせいだと今は分かるけど、俺はもっとミユちゃんに触れたくなって……でも、嫌だよね? 俺も三次元の男だし」
「……実は、私も隠してたことがある」
「うん」
「ユウジ君のこと、……好きみたい」
ミユちゃんの頬が赤く染まってる。
「特別に?」
「うん、夏コミでさー、ユウジ君、女の子達にめちゃくちゃモテてたじゃない?」
「まぁ、コスプレしてたキャラが人気あるから」
「かっこよかったよ、そんで嫉妬しちゃったの、ユウジ君に馴れ馴れしくしてる人を見て」
「つまり……?」
「どうやら、私達、両思いらしいし、本当の夫婦になろっか?」
心が、震える瞬間とは、この時のことだろうか?
「嬉しくて……死にそうだ」
俺は顔を覆ったまま、天を仰いだ。
と言っても、上にあるのはアパートの天井。
「いや、死なないでよ。そしてずっと私のそばにいて」
またミユちゃんが、俺を抱きしめてくれた。
「夏は……一緒に花火見てくれるんだよね」
「うん、一緒に花火大会行こう、そして……」
「そして?」
「乙女ゲームのスチルみたいな記念写真も撮ろう」
流石にブレない乙女ゲーム好きである。
「うん、ミユちゃん、浴衣も着てくれる?」
「着るよ、約束したもん」
こうして、俺達の契約結婚は終わり、本当の夫婦になった。
~ エピローグ ~
夏が来た。眩しい夏。
「浴衣似合うね」
「ありがとう、ユウジ君も浴衣似合ってる」
「ありがとう」
今年は約束通り、夕方になって電車に乗り、一緒に浴衣で花火を見に行く。彼女は群青にアヤメ柄の浴衣を着た。美しい!!俺はシンプルイズベストで紺地に細縞柄だ。
そして出店も沢山並んでるし、人もあほみたいに多い。
花火大会のある場所に着いた。
「流石に人多いね」
「それは祭りだから仕方ない。あ、出店で何か食べたい?」
「暑いからかき氷かなー」
「いいね、何味にする?」
「私はいちご」
「俺はブルーハワイ」
「あはは、ブルーハワイね、さわやかな青でユウジ君に似合いそー」
俺は見た目だけは筋肉質の爽やかイケメンらしい。キレるととんでもない事もするけど。
「実際のところ味は同じなんだっけ?」
「まー、どうでもいい! こーゆーのは 気分よ気分!」
「そうだね」
ドォン!!
花火が始まった。夜空に花が咲く様を見る為に、多くの人が空を見上げてる。
「綺麗……」
俺は花火を一瞬見た後で、花火を見つめるミユちゃんの顔を見た。
「うん、とても綺麗だ」
「どこ見て言ってるの?」
「空と……俺の隣の美人妻」
「全く、ちゃんと花火見なさい、これの為に来たんでしょ」
「はーい、そうでしたー」
どうでもいい返事をして、俺は笑った。
彼女も照れながら笑った。愛らしい。
それと、多分その時の夏の夜の俺達は、世界一、幸せそうに笑ってたと思うし、
星になった両親も、きっと空で笑ってくれてるだろう。
もう、俺は、一人ではないのだと。
終。




